吸血姫は、貪る
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それから無事にカミルを家に送り届け、私たちは里に帰る。……一緒の家に。
今年から、私たちは一緒に暮らし始めていた。
「……ねえ、ノックス。どうして私を好きになったの?」
彼が私の首筋に牙をたてかけている最中、問いかける。
「何を今更?」
ノックスは首筋から顔を離した。
電気のついていない部屋は、暗い。
それでも種族的に夜目が効くせいで、彼の表情がくっきりと見える。
「今更……そうね、今更ね。エルマとヤキモチの話になって、気になったからかしら」
「ああ、あの時か。……好きになる理由なんて、幾らでも後付けができる。欲しいと衝動的に思えるか、じゃないのか?」
「ご尤もだけど、時には言葉が欲しいものよ。……真祖だから? それとも転生前の知識が興味深いから?」
「今日はやけに突っかかるな……」
「自分でも、不思議」
何がおかしいのか、顔を隠して思わず笑ってしまった。
「でも……貴方の中に、私はどんな風に存在しているのかしら」
隠すためにあった両の手を、彼の頬をに添える。
ジッと彼の表情を観察するように、見つめた。
急に、彼が再び私の首筋に牙を立てる。
どうしたのかしら、という疑問が頭に過った。
それを問いかけられないまま、ただ待つ。
そうして随分と私の血を飲んで、再び彼が顔を上げたとき、その瞳はまるで獣の鋭かった。
その瞳に、ゾクゾクとする。
「……アウローラが、逃げそうだった」
「逃げる? 私が……何から?」
「さっきの表情。追い求めないと、繋いどかないと、ヒラヒラとこの腕の中から消えるって思った。……頼むから、街中でそんな色香を撒き散らさないでくれよ? 信奉者が出て、大変なことになりそうだ」
コツリと、彼の額に私の額を合わせる。
「消えて欲しい?」
「まさか」
「私もよ。貴方の中から消えたくないわ」
そっと、彼が私を持ち上げる。
座った彼の膝の間に置かれるようにして、座った。
「……逃げないところ」
「……何の話?」
「アウローラを好きになった理由。無理矢理言葉に当てはめるなら、それ」
言葉を聞きながら、彼の胸にもたれかかった。
「自分が真祖だからこそ、敏感になるんだろうけど……他人と違うと、どうしても爪弾きにされる。その上、アウローラは転生者だ。それも、望んで元いた世界からこの世界に来た訳じゃないんだろう? それでも、腐らない。嫌なことからも嫌な人からも、最後は逃げないで向き合う。そんなところを尊敬したし、支えたいと思った」
低い声が、耳を撫でる。
「……貴方が、いてくれたからこそよ。貴方が、私の中の孤独を埋めてくれた」
「……それは俺も一緒。でも、アウローラみたいに他者と繋がろうとも、世界を広げようとも思えない。究極的に、アウローラだけがいれば良いから」
あの時、自分一人だったらエミルに声をかけようとも思わなかったよ……とノックスは苦笑した。
「アウローラは? 何故、俺を好きになった?」
「私を私として、あるがままに受け入れてくれたから。それが、とても心地良いの」
くるりと、彼と向き合う形で座り直した。
そしてそのまま、彼の首筋に唇を寄せる。
「……私、語彙力がないわ」
「どうした?」
「私の想いを、全然伝えることができていないもの。貴方をどうして好きになったか、どれだけ愛しているのかを、ね」
そのまま牙を立てた。
「だからこそ、なんだろうな」
「何が?」
「言葉じゃ足りなくて、色んな方法で気持ちを伝えようとする」
「……そうね」
そのまま、彼の血を貪る。
彼の愛を、確かめるように。




