吸血姫と友だち
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パーティーの日から、三年が経った。
学園を卒業してからは、ノックスと遊び歩く毎日。
たまに人間の街に行っては、エルマやカミルのモデルを引き受けつつ遊ぶ。
その日も、ノックスと人間の街に来ていた。
私はエルマのところに、ノックスはカミルのところに。
いわゆる、女子会・男子会だった。
「へえ……結婚を前提に告白されたんだ。それで? どうしたの?」
そんな訳で、私とエルマは恋話に花を咲かせていた。
話題は、エルマが告白された話だ。
「勿論、断ったよ」
「そっか……そうだよねえ……」
彼女と知り合って、三年とちょっとという期間。
けれども、エルマが誰に目を向けているかなんてすぐに分かった。
目は口程にものを言うとはよく言ったものだなあと感心するぐらい、彼女の目は彼だけに向けられていたから。
「あははっ……アウローラの反応、何か新鮮。周りは“早く結婚相手を見つけないと”っていう雰囲気になっているから、今回の話を断ったことを知った人からは勿体ないって言われててね」
私からしたら、十七歳でそんな雰囲気になることの方が驚きなのだけど。
前世もそうだし、今世で自分の置かれた環境を思えば特にそう。
けれどもまあ……結婚する歳なんて、時代や環境によって変わるもの、か。
「……ねえ、エルマ。カミルに告白されたら、どうしてた?」
私が問いかけると、エルマは少し驚いた顔をして……けれども、笑った。少し、悲しげに。
「勿論、断っていたよ」
「そう、なの?」
「うん。私は不器用だから、さ。一つのことにしか、集中できないの。だから、どうしても夢と天秤にかけちゃう。けれども今更、夢を諦めるなんてできないんだよ。だから、私はたとえカミルが告白してくれたとしても、断る」
「そっか……」
あれだけカミルのことが好きだという目をしていたのに……と意外に思った。
けれども、理由を聞いて納得。
むしろ、エルマらしいとすら。
「それに、ね。カミルも多分、そんな余裕はないよ。彼もやっぱり、夢に向かって走り続けてる。それ以外のことは、見えていない。私は彼の邪魔をしたくないし、そんな彼のことが好きになったから……ずっと走り続けて欲しいと思ってる。だから私は彼に告白しないし、もし奇跡的に彼が私を好きでいてくれたとしても……彼から告白して欲しくない」
そう言ったエルマの目に浮かぶのは、強い覚悟の光。
眩しくて、目を細めそうになった。
「……すごいなあ」
だからか、つい私は素直に自分の思いを口にする。
「どうしたの?急に」
「ずっと、思ってたよ。エルマが夢に向かって進む姿はかっこいいなって、それこそ初めて会った時から」
「そんなに褒めてくれても、何もでないよ」
「純粋に、そう思っただけですー」
「あははっ……アウローラだけよ、理解してくれたのは」
「幸せの形なんて、人それぞれだと思うよ。だから、それがエルマの望みなら、私は応援する」
「ありがとう、アウローラ。……あ、次はこれを着てくれない?」
「えー、また?」
既に今日だけで、一体何着着たことか。
若干飽きてきて、つい口を尖らせる。
「私の夢を応援してくれるんでしょ?」
「……分かったわよ。はい、貸して」
それから、彼女が満足するまで暫く大人しく彼女の着せ替え人形になっていた。
「もう良いでしょう? そろそろ二人と合流する時間よ」
太陽が沈みかけた頃、彼女を止める。
「どうせあっちも、カミルが同じように足止めしてるって」
「そんなこと言ってたら、いつまで経っても合流できないでしょう? ホラ、行きましょ」
それからノックスとカミルと待ち合わせした場所に向かう。
二人も同じタイミングでの到着だったから、ひょっとしたらノックスもカミルを急かしたのかもしれない。
「そういえば、ノックスとアウローラはいつ結婚するの?」
直球すぎるエルマの問いに、飲み物が変なところに入ってむせた。
「一応、来年の予定」
そんな状態の私を気遣いつつ、ノックスが答える。
「へえ! 準備はどうしてるの?」
「まだ、特には何も。そろそろ始めないといけないな」
「衣装は?!」
「当日のセットは?!」
エルマとカミルが同時に凄い勢いで聞いてきた。
鬼気迫る様子に押されて、私もノックスも若干体を引く。
「衣装もセットも未だ決めてない。まあ……結婚式は故郷で挙げる予定だから、カミルに髪をセットして貰うのは、難しいかな」
「でもでも、衣装ならいけるよね!? 私、ノックスとアウローラの結婚式用の服、作りたい!」
「ありがとう。私たちもね、エルマにお願いしたいなあって話してたの」
「本当!?やった!任せて」
「ちえ……俺も、お前らのセットをしたかったぞ」
嬉しそうなエルマとは対照的に、カミルは残念そうな表情を浮かべている。
「……それなら、こっちでも街の皆でお祝い会を開くのはどう? 勿論、ノックスとアウローラの負担にならなければの話だけど」
エルマとカミルのおかげで、大分この街にも知り合いができた。
特に同世代の人たちと集まることは、今世ではなかったことだったから新鮮で楽しい。
ノックスも、戸惑いつつも皆と遊ぶのを楽しんでいる様子だった。
皆が祝ってくれるのなら、そんなに嬉しいことはない。
「むしろ、俺たちの方がお願いしたいぐらいだ」
「そうね。……でも、二人の負担にならない?」
「全然! 流石に二人の故郷にはついていけないけど、二人をお祝いしたいもの。あ、仕事の方は心配しないでね。二人が私たちのドレスとセットで街中歩いてくれるだけで、むしろ私たちの方が助かっちゃうもの」
「エルマの言う通りだな。盛大に、二人の門出を祝おうぜ!」
「という訳で、次回はノックスも私のところに来てね。アウローラはともかく、ノックスは採寸から始めなきゃ」
「打ち合わせには俺も立ち会わせてくれ。ドレスのイメージに合わせて、セットも考えるから」
「そうね。腕がなるわ」
二人の息があったやり取りに、けれども少しだけ寂しくなった。
傍目から見て、二人は互いに互いを信頼し合い、思い合っている。
けれどもエルマは、これ以上踏み込まないようにと線引きをしている。
そして多分……カミルも、そう。
まるで自分の思いを拒絶しているかのように、一定の距離を保っていた。
二人の夢を応援する思いは真実だし、私がどうこう言える話じゃない。
だからこそ……二人のやり取りを見ていると、やりきれない思いが込み上げてくる。
「アウローラは、どう思う?」
「あ……ごめん、ごめん。ちょっと考え事をしてて、話をちゃんと聞いてなかった。それで、なんの話?」
「来年はちょうど、王が即位して三十周年を迎えるから、王都で大きな式典があるみたいなの。勿論式典の参加者は貴族だけだけど、それに合わせて城下でも祭があるんですって。アウローラは、それ見てみたい?」
「気になるわね。王都に行ったことはないし、見てみたいかも。エルマとカミルは?」
「一度は行ってみたいのよね。やっぱり、流行の中心は王都だから、この目で見てみたい。というより、一度そこで修行するべきじゃないかしらって考えているところ」
「俺もエルマと同じ意見」
「そう……。じゃあ、二人ともいずれはこの領地から旅立つかもしれないのね」
「まあ、まだ悩んでいるところだけどね。それはともかく、折角の祭だし、二人は新婚旅行も兼ねて見てくるのも良いかもね」
「そうね。……それにしても、三十周年か。随分とお年を召されていると思うけど、後継者はどうなっているのかしら?」
このメンバーだからか、気が緩んでつい正直に思ったことを口にしてしまっていた。
……自国の王のことを全く知らないとでも言うかのような発言は、流石に怪しく思われるだろうと慌てて口を再び開く。
「あ、ごめんなさい。田舎の村だったから、そういうことに疎くって……」
「ああ、そういうことね。確か、王子が二人。ただその内一人は、使用人の女性から産まれた方らしいから、王位を継承する可能性はほぼ無し。順当に行けば、正妃の子である第一王子が王位に就くという噂ね。とは言え、王もご壮健だし、まだまだ次代に継承されるってことはないみたいよ」
「へー……」
「俺としては、街に近づく魔物たちを国の方でどうにかして欲しいもんだ。大きな街では、軍部がしっかり守ってくれてるって噂だが……この辺境じゃ、そうもいかねえ」
「あら、自警団みたいなものはないの?」
「一応、領主が腕の立つ奴らを雇い入れている。でも、大きな街だけしか見ていないから、そいつらの目の届かない場所に魔物が出た場合は、皆で協力して何とかって感じだな」
「へえ……この街って黄昏の森近くで、他のところよりも魔物が現れるのにね」
「本当にな。領主が守りたいのは、自分たちのことだけなんだろう。……ま、貴族なんてそんなもんだ」
「そっか……」
「あー、こんな暗い話はヤメヤメ。ともかく、祭だ。噂じゃ王都で振る舞い酒があるらしいし、きっと盛大なやつなんだろうな」
それからも私たちは色んなことを話しながら、その日もゆっくりと食事をしていた。




