吸血姫の義兄
「あら、アウローラ。今日もお出かけ?」
出かけざま、お母さんに呼び止められる。
「うん。ノックスのところ」
「まあ……それなら、ちょっと待ってて。今、パイを焼いているから、それをお土産に持っていきなさいな」
「お母さんのパイ! やった!」
大好物を前に、私は大人しく待つ。
「そういえば、ヴラド君が警備隊の隊員になったんだって?」
警備隊の仕事は、外の魔物を対峙し、里の治安を守ること。
里でも指折りの魔法使いがなれる職業とあって、中々人気なそれだ。
「うん、そう。今度お祝い会を開きたいねって、ノックスと計画を立てているの」
「へえ、ヴラド君が警備隊の隊員か。それは凄いなあ」
リビングで新聞を読んでいたお父さんも、会話に参加してきた。
「さ、パイができたわ。皆によろしく伝えてね。それから、お祝い会には是非とも私とお父さんも呼んでね」
「勿論。それじゃ、行ってきます!」
そうしてその日も、ノックスに会いに出かけたのだった。
太陽の光が眩しい。
……そういえば、吸血鬼は夜にしか活動できないというのが、前世のイメージだっけ。
実際なってみれば、全くの事実無根な話だとすぐに分かったけれども。
「こんにちは!」
私とノックスの家は近くて、あっという間に到着した。
「あらあら、アウローラちゃん。こんにちは。ノックスなら二階よ」
「ありがとうございます。あ、これウチの母からです」
「まあ、ありがとう。メリーナさんのパイは絶品だから、とっても嬉しいわ。後で持って行くわね」
嬉しそうにパイを抱えつつ、ミーディエさんは部屋から出て行った。
そしてミーディエさんと入れ替わりで、ヴラドがやって来る。
「こんにちは、アウローラ」
ヴラドは、ノックスに似ている。
否、逆か。ノックスが、ヴラドに似ている。
パーツは違うけれども、全体的に見ると何となく似ていた。
ただ、ノックスは完璧に整い過ぎて冷たい人形に思えるのに対し、ヴラドは人間味あふれる温かさが感じられるイメージ。
「こんにちは、ヴラド義兄さん。……あ、それ、警備隊の制服ね。よく、似合ってるわ。今日はこれから仕事?」
「ありがとう。うん、そうなんだ……今日、これから初出勤でね。緊張して仕方ないけど、頑張ってくるよ」
ヴラドは、そう言って柔らかく微笑む。
その見た目通り、ヴラドはとても温和で優しい。
「そっか。ヴラド義兄さんなら大丈夫よ。頑張ってね」
私はヴラドを見送ると、二階のノックスの部屋に向かった。
「ヴラド義兄さん、今日、初出勤だってね」
「ああ。……そう言えば、今朝からずっと緊張した様子だった」
「まあ、仕方ないよね。魔物や犯罪者と戦う仕事だもの……危ないことも多いだろうし。むしろ、緊張してくれた方が危険を察知できて良いんじゃない?」
「まあ、そうか。……一応、何かあったときのために制服に通信機をつけておいたから、危なくなったら駆けつけるよ」
ノックスは、ヴラドのことを慕っている。
真祖として生まれたことを、家族の中でヴラドが一番に受け入れてくれたからだとか。
だから、この行き過ぎた兄弟愛も分かる。
……と言いたいところだけど、やっぱり通信機で常に見張るのはやり過ぎだ。
「つ、通信機? どんなの? それ、義兄さんにちゃんと伝えた?」
「大怪我をした時とか、魔力が急激に下がった時だけ居場所を知らせるようになっている。ちなみに、今朝できたばかりだったから、兄さんには伝えられてないな」
「ま、まあ……怪我した時とかだけのものだったら、良いか」
私は、そっと溜息を吐く。
「さて、今日は祝い会の計画を立てるんだったか」
「そうね。えっと……皆の予定も確認した、プレゼントも準備した……あとは、当日の流れかな」
それからノックスと共に、計画を詰めていった。




