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労働中毒者=偉大なる聖女

作者: 小鳥ミコ

 

 ―――きっと私は、どこか可笑しい。


 その自覚は、物心着いた時からあった。

 私は、働きたい、奉仕したい、体を酷使するという事を喜ぶ、俗に言う労働中毒者だったのだ。


 両親はそんな私の将来を不安に思い、思想の軌道修正しようと様々な職場に連れていった。両親は、平凡なマリアという少女を望んでいたのだ。


 教会に行くのも、その一環だった。

 教会では、麗しい聖女が微笑み、神の教えを説いていたのだ。

 聖女は、女の子にとって憧れの職業の一つだ。狭き門ではあるものの、珍しいとまではいかない。

 地域に一つは教会があり、教会に一人は聖女がいる。聖女は、その地域で、教会への人気を高める象徴のようなものだ。


 しかし、私にとっては、わずかな興味すら抱けない職種だった。たおやかに微笑むだけでは、私の労働欲求は満たせない、と考えていたからだ。


 しかし偶然、私は、美しい舞台の裏側を知った。忘れ物を取りに戻ると、虚ろな目をした聖女が、祭壇に向かって淡々と語りかけていたのだ。


「毎日毎日誰かの為に身を粉にする生活。気が狂いそうです。私は、聖女を誰かを救える素晴らしい存在だと思っていましたが、自分一人救う事は出来ないのですね」


 聖女は、一粒の涙を零した。


「祈り、清掃、寄付金集め、書類仕事、外側だけ必死に取り繕うのも、もう、疲れました。辞めたい、辞めたいのです……ああ、申し訳ありませんでした。主よ、聖女でありながら、このような弱音を吐く私をお許し下さいっ!」


 ぶっ壊れ寸前の彼女を見て、私の心は高鳴った。そして、憧れたのだ。ああなりたい、と。

 胸から湧き出る衝動のままに、彼女に駆け寄る。


「…………っマリアちゃん……これは、そのっ!」


 聖女は、見せてはいけないものを見せてしまったと顔を真っ青にしていた。けれど、私は気にせず口を開いた。


「―――聖女様は、休んでも良いんですよ」

「……え?」

「聖女様が働かなくてもいいぐらい、私が働きますから!」

「マリア、ちゃん?」

「私は、たった今、夢が出来ました」


 狂わしいほど、焦がれてしまったのだ。


「私は、全てを救う聖女になりたいのです」


 聖女は、涙した。

 重責からの解放、現れた救い、それらによって、聖女は私への信仰を抱いたのだった。

 幼かった私に縋ってしまうほど、聖女の心は疲れ果てていたのだろう。


 私はこの時から、平凡な少女ではなく、聖女マリアとしての一歩を歩み出したのだ。

 そのきっかけを与え、教育を施してくれたあの聖女には感謝している。

 しかし、あの出会いを私の聖女伝説の序章として語るのはご遠慮願いたい。




 そんな恩師の所為かどうかは定かでは無いが、私は数ある聖女の中でも、飛び抜けて有名だ。


 誰もが私の事を囁いた。

 誰もが私を完璧な聖女と呼んだ。


 民衆はもちろん、王侯貴族すらも、私を特別視している。


 いや、恩師の所為にせず、正直に話そう。理由は分かってる。


 戦場赴き、医療現場にて死者の数を減らし。

 各地の教会の労働体制の改革を成功させ。

 社交界の権力闘争による腐敗を淘汰したからに他ならない。


 だって、楽しかったんだもん。

 厄介事の渦中に飛び込む喜びを知っちゃったんだもん。

 しかしその結果、私にとって好ましくない風潮が出来てしまったのだ。


 教会の掃除をする為、雑巾を手に登場すると、一斉に人が近寄ってくる。


「マリア様、掃除なんておやめ下さい!」

「そうです、そんなの私達下っ端にさせて下さい!」

「マリア様は働き過ぎです。どうか、自分の好きなように過ごして下さい!」


 修道女達は私に心から労り、残酷にも私から仕事を奪って行く。私の好きなようにする事こそが、働く事だというのに。


 世間から愛される聖女マリアは、周囲の優しさによって、恋愛、娯楽、趣味へと邁進するように強要されていた。


「……でも、ほら、ユーリばかりが働いているように見えるわ。貴女達も他にやるべき事があるでしょうし、私も手伝うべきだと思うの」


 神官のユーリを指さして言った。


「……あの人は、特別ですよ」

「労働が生きがいみたいな人ですし、手伝わない方が優しさかもしれません」

「わぁ……最っ高の笑顔で拭き掃除と書類仕事を同時にやってる。あれ、人間業なの?」


 それらの返答に対し、私は苦笑いするしかなかった。

 そう、ユーリは私と同類の、労働中毒者だ。

 相違点があるとすれば、私は隠していて、ユーリは堂々と公言しているという事ぐらいだろう。


「ユーリさん、昔からああだったんですか?」

「そうね、昔からよ」


 そんなユーリは、私の同郷だ。

 小さな村だったし、幼馴染と言っても過言では無い。

 私は、聖女になると決めた。ユーリは教会での労働の過酷さを私から知り、神官を目指した。

 そんな私達が、共に王都に上京したのは自然な流れに違いない。


 そうして、一緒に各地を巡って協会の体制の改革をし、一緒に戦場まで行き、社交界の腐敗に対する活動を裏で支えてもらった。

 なのに、何故かユーリの功績は殆ど語られない。

 私ばかりが有名になってしまった。ずるい。


 見た目のせいなのだろうか。

 ユーリは分厚目眼鏡に、少しボサボサの白髪、奇行さえなければ存在感も薄めだ。

 対する私は、教会の象徴たる聖女として身嗜みも完璧だ。人目を引く容姿も、人気の一因だろう。


 しかし、優れた容姿も、私にとっては不幸の種でしかないのかもしれない、と最近思い始めた。


 バンッと教会の扉が開く。

 そこには、三人の男がいた。


 左の男性は、深緑色の髪の、知的そうな人。身なりは華やかで、お金持ちだと一目で分かる。

 右の男性は、無造作に流した黒髪の、体格の引き締まった人。無表情で何を考えているか、余り分からない。

 真ん中の男性は、高貴さを感じさせる金髪の、愛らしい顔立ちをした人。自信満々な表情は、如何にも支配者階級だと物語っている。


 そんな彼らはこの教会の常連であり、私への求婚者だ。ここは、風俗じゃないのだが。


「カイン様、なんて素敵な装いなのかしら。流石、国を股に掛ける大商人です!」

「戦争の英雄アース様、クールで格好良い……」

「ジーク殿下がこんな所に訪れるなんて、今でも信じられません」

「「「三人とも素敵、全員マリア様に相応しい方達です!」」」


 修道女達は、楽しげに三人の内誰が私と結婚するか話している。不本意な事に。

 あの三人が教会に訪れるなんて、今日は厄日だ。

 捕まらないうちにさっさと奥に引っこもう。掃除は諦め、書類仕事に忙殺されよう。うん、それがいい。


 しかし、私の願いとは裏腹に修道女達によって、三人の貴公子の前へと押し出される。


「マリア嬢、今日もお美しい。どうか、私に貴女の時間を預けてはくれませんか?後悔はさせません」

「……こんなの、どうでもいいから……俺と遊ぼ?」

「ははっ、何を言っている。マリア、私とこの国の将来を語り合おう。君はもっと上の立場にいるべきだ」


 あ、ユーリが今度のバザーの看板作ってる。楽しそう、いいな。


「マリア嬢、最高級のディナーをご馳走しましょう。私のオススメの店です」

「……鹿なら、何時でも取ってくる……」

「おいアース、女性に獣をプレゼントするな!この常識知らずが。ディナーなら私が王宮に招待しよう。父上もマリアの事を気に入るだろう」


 あれ、あの看板のクオリティ高くない?また工作の腕を上げたの?

 あり物の木材とペンキだけで芸術家も見惚れる一品を作るとは。多彩な色の中に佇む天使の美しさといったら、言葉では表現出来ない程だ。


「ジーク殿下、身分の高い者の誘いは、強要と変わりありませんよ」

「マリアは芯が強い。社交界の腐敗をその清き心と叡智で無くしてしまったのだから。強要など、私にも出来ないさ」

「面白い事を言いますね。心が強かろうが、断りずらいのは変わりありません。王宮に呼んで父親に会わせるなど……外堀を埋めようとしているようにしか思えませんよ」


 いや、私もやろうと思えばあのくらい作れる。

 ユーリが天使を描くというのなら、私はドラゴンを描いてあげるわ。


「……うるさい……マリアなら、派手なものを好まない。マリア……一緒に馬に乗ろう。戦場でも乗ってたし、好きでしょ?」


 どんな色を使おうかしら。

 目立つのはもちろんだけど、バザーの看板だから迫力満点にし過ぎても駄目だし。

 淡い色でバランスを取ろうかしら。


「……マリア?」


 あ、ユーリが木材を彫って、花々を作って飾り付けている。どこまで凝るつもりなの、ずるい。


「おや、どうしましたか?マリア嬢」

「調子が悪いのか?」


 カイン様とジーク殿下は、距離を詰めてそう言った。


「……あ、すみません。ちょっとぼんやりしてしまいまして」


 ユーリの工作姿に注目し過ぎてしまった。


「「「そんな、やっぱり働きすぎだったんですよ!」」」

「―――え?」

「「「こんな教会にいた所で、休みにもなりません。せっかく貴公子達が来てくれたんですから、デートにでも行って来てください!」」」


 それも、休みにならないよ?


「なら、私と行きましょう。マリア嬢」

「……俺と、行こ?」

「いいや、マリアは私と行くんだ」


 三人がバチバチの火花を散らして争う。

 自己肯定感高めの男程不要なものは無い。


「王族、貴族の方と出掛けるのは、マリア嬢も負担に思うはずです。愛する女性の為ならば、引くという選択も考えるべきでは?」

「……俺、元は平民出身。その考えなら……俺と行くのが一番」

「商人として莫大な富を持つカインもマリアにとっては同じ事だろう。アースだって、今や貴族だ」

「……マリア嬢、私ならディナーだけとは言わず、世界一周旅行にだって連れていけますよ」

「なっ、それなら私だって!王家に伝わる宝や芸術品が揃っている。マリアの為に銅像を建ててもいい!」

「俺なら……ジャングルの奥地でも……マリアを守れる」

「今、そういう話はしていません!」「していないっ!」


 私を巡って争わないで。

 どう足掻いてもヒロイン感強めのこの感想しか出てこない。

 私が誰かに肩入れすれば、争いは激化する。それに、肩入れした相手が婚姻を進めてくる可能性もある。

 傍観、その道しか私には残されていない。

 その為、第三者に介入をお願いしたいところだが、修道女達は頼りにならない。この醜い争いを、素敵と言ってうっとりしている彼女たちには。


 ―――ああ、もう……誰か助けてっ!


「すいません、ジーク殿下、アース様、カイン様。マリア様も目の前で言い争われて、困っています」


 心が悲鳴を上げた時、拍子抜けするぐらい平凡に、凡庸に、彼は現れた。

 私の幼馴染の神官、ユーリである。


「「「……」」」


 至ってまともな声掛けに、貴公子三人も黙るしか無い。


「この様な事態は一度や二度ではありません。多忙なマリア様も、幾度も時間を奪われれば、参ってしまいます。だから、もう終わりにしませんか?」


 しかし、終わりにしろと言われれば、文句も言いたくなるだろう。人の恋路に関わるな、と。


「そう、次の一回でお終いにしてしまいましょう」

「「「次の……一回?」」」


 ユーリは三人が文句を言う前に言い放った。


「改めてまとまった時間を取り、順番に自分を恋人にした時の利点をアピールしていくんです。そして、最後にお相手をマリア様に選んでもらいましょう」


 ユーリは、首を横に傾け、にっこり柔和な笑みを浮かべた。


「マリア様が御三方のいい所をそれぞれ見た後に選ぶのですから、公平ですよね?」


 あんまりにもスラスラ段取りを整えていくものだから、誰も否とは唱える事が出来なかった。


 そう、当事者である私すらも。





  ◆ ◆ ◆






「ねぇ、ユーリ?」

「どうしましたか、マリア様」


 勝手に人の結婚の話を進めた張本人とは思えないふてぶてしさであった。


「私に何か言う事は?」

「申し訳ありません。私では、偉大なる聖女様のお考えを察する事も出来ないのです」

「今、二人だけだし、その話し方止めて」


 今は、その丁寧な言葉遣いにも神経を逆撫でされるのだ。


「……僕もう、敬語で話す方がしっくりくるんだけど」

「私はしっくり来ないから止めて」

「はいはい」


 適当な返答に、ますます私の機嫌も悪くなっていく。

 最も悪なのは、あの三人の貴公子ではなく、修道女達でもなく、この男だったのではないだろうか。


「まあ、話を聞いてよ」

「最初からそうすれば良いのよ」

「そもそも、結婚するつもりはありません、と言えば、こんな事態にはならなかった。そう思わない?」

「したかったわよ!」


 やんわりお断りしても、「まだ自分の良さを伝えきれていない」と食い下がり、付き纏ってくる。

 告白された訳でもないから、ハッキリ振る事も出来ず、外堀を埋められていく。

 そんな腰抜け集団だが、張り合う事だけは一丁前なのだ。凄く迷惑。


「まあ、それは分かってる」

「あ、そうなの」

「大切なのは、直接的な状況を作り出す事だよ。これで、ハッキリお断りの言葉を言えるでしょ」

「でも、誰か一人を選ぶ雰囲気になってるじゃない」


 ユーリは可笑しな事を聞いたとばかりにクスクス笑う。


「そんなの、マリアが気にする必要ないでしょ。神の事だけを考えたいから、配偶者は要らないとでも言えば良いよ」

「そう……なんだけど」

「そこはほら、偉大なる聖女様もとい、実力派女優の腕の見せ所でしょ?」

「私、女優になった覚えないんだけど?」

「まあまあ、僕もマネージャーとしてお手伝いするから」

「ユーリをマネージャーにした覚えもないんだけど」


 呆れたように言った。

 けれど、不思議と不安は消えていった。


 戦場にも、国中を渡り歩いた時も、貴族ばかりの社交界に行く時も、着いてきたのはこの幼馴染だった。


 どんな時でも、一緒に窮地を潜り抜けた相棒が居る。それなら、大丈夫かもしれない。

 でも、大丈夫じゃなかったら覚えてろ、と密かに誓った。






  ◆ ◆ ◆






 どうも、マリアです。

 幼馴染に結婚相手の決定を主導され、哀れにも今日という日を迎えてしまったマリアです。

 どうしてだろう。とっても不思議な光景が広がっているの。


「誰が聖女様の結婚相手になるんだ?」

「あんな優良物件を選べるなんて……チョット羨ましい」

「あーもう、結果が気になるっ!」


 どうして、こんなにも観客が集まってるんだろう。

 右を見ても、左を見ても、人でいっぱい。

 かつての恩師の言葉を思い出す。


 ―――聖女を誰かを救える素晴らしい存在だと思っていましたが、自分一人救う事は出来ないのですね。


 救えないんだね、自分一人。本当に聖女って悲しい生き物だなぁ。


「良い感じに人が集まってくれたね」

「……もしかしてだけど、ユーリの仕業だったりする?」

「うん、そうだよ」


 主よ、この男に殺意を抱いてしまった事、どうかお許し下さい。


「ちゃんと理由があってだよ」

「分かってるわよ。後で約束を反故にされないようにでしょ」

「なら、怒らないでよ」

「嫌なものは、嫌なの!」


 理にかなっているから、責められない。

 責められないから、恨めしいのだ。


「本当に嫌な奴」

「そんな事言うんだったら、僕、手を引くよ」

「それは勘弁して下さい」

「宜しい」


 偉そうに振る舞うユーリは、もう出番だからと観客の真ん前に立った。


「はいっ、司会進行役は、この私、ユーリが務めさせて頂きます!」


 そう、今日のイベントの司会者は、ユーリである。シャリシャリ前に出る癖に、主役にはならない男。得な体質していると思う。


「では、早速カイン様にアピールをして頂きます!どうぞ!」

「―――一番手は私ですか。後ろの方達が霞まないか心配ですね」

「巨万の富を持つ男。何処に行こうが、この男を知らぬ者はいない。我が国が誇る、世界一の大商人、カイン様だぁぁー!」


 輝いてるな、ユーリ。

 働いてる実感が、彼の魂を生き生きとさせるのだろう。幼馴染が窮地の中、楽しめる男。酷い。

 何とかする自信がある、という事にしておこう。


「私がアピールするのは、商人らしく、財力です」


 カイン様は視線一つで部下を動かし、豪華絢爛な装飾品、ドレス、絵画を並べていく。

 どれもこれも一級品、とんでも無い金額だ。


「私と共にあるならば、全て、マリア嬢の物です」

「そうですか」

「結婚後、何不自由無く生活出来る事を約束しましょう。マリア嬢は現場から離れ、指示を出す事で人々を救えるようになります。その為のお金は惜しみません」

「はあ」


 私は、お人好しだから人々を救いたいのでは無い。

 私は、労働をこよなく愛しているから、人々を救うという過酷な労働をしたいのだ。

 カイン様の提案は、本末転倒。逆効果。

 絶対結婚したく無い。


 その後、カイン様は自分の能力の高さや目利きの自慢をし、アピールタイムは終わった。


「さあさあ、お次はアース様!」

「……マリアの事……すき……だから頑張る」

「圧倒的剣技と男も惚れる美貌を持つ男。見た目とは裏腹に、野性味溢れる内面が堪らない。現代唯一の、一代目貴族、戦場の英雄、アース様だぁぁー!」


 我が友ながら、激しい司会者ぶりだ。熱が篭もっている。信じて良いんだよね?ちゃんと私を助けてくれるんだよね?


「俺がアピールするのは……強さだ」


 アース様は小石を拾い、宙に向かって投げ、腰に差した剣を抜いた。私が瞬きする間に、全ては終わった。

 地面に落ちるのは、砂となった小石だったものだけ。一秒にも満たない間に何度も小さく、不安定な的を何度も切りつけられるのはアース様ただ一人だろう。


「俺……強い」

「はい、強いですね」

「……」


 会話終了。


「凄い、凄いぞ、アース様!流石は百年に一度と呼ばれる天才だぁ!所でアース様、用意している物が有るのでは?」

「……あ、そうだった」


 アース様は舞台裏に引っ込み、大量の、下処理した獣を運んで来た。

 そして、主人に褒められるのを待つ子犬のような視線を向けてくる。


「……求愛の貢物」


 ちょっと、いや、猛烈にアース様の経歴が気になってきた。しかし、結婚するつもりがないのなら、受け流すのが吉だろう。私は突っ込まない。

 貢物は、後でクリームシチューにして炊き出しで配ろう。量が多すぎる。

 ちなみに一つ述べておこう。私にとって、強さは意味を持たない。


「最後は、ジーク殿下です!」

「やっとかい。待ちくたびれたよ」

「眉目秀麗、文武両道、完璧超人。可愛い顔して、抜け目の無い性格。我らが王国で最も高貴な男、ジーク殿下だぁぁー!」


 ようやく三人目。終わりが見えて来た。

 というかユーリ、本当に司会者を楽しそうにやるなぁ。ユーリが私の立場になったら、絶対私が司会者役をしよう。絶対こんな事態にならないだろうけど。


「私がアピールするのは、王妃の座だ」


 いや、要らない。

 そして、王家に伝わる婚約指輪を出さないで。本気で。


「人々を救おうとするマリア、君こそ王妃の座に相応しい。マリアならきっと、民を思いやる良き王妃になれる!」


 重い。

 しかし、稀代の聖女が国母となるかもしれない事態に、観客はワックワクだ。


 ―――ジーク殿下で決まりじゃね?


 そんな空気が蔓延する。


「……さあさあ、これで、御三方のアピールタイムは終了です!一体マリア様は、誰を選ぶというのかっ!?気になる所です!」


 焼け石に水かも知れない。けれど、言わなければ始まらないのだ。


「―――私は、誰も選びません」


 どうか、これだけで納得してくれないだろうか。

 諦め半分、期待半分。周囲の反応を伺う。

 観客は頭に疑問符を浮かべ、三人は不満あり、と言わんばかりだ。


 ユーリは言った。神に仕える身だという事を理由に断れ、と。しかし、それに意味があるとは思えない。

 聖女は結婚の自由を認められている。

 聖女は神に選ばれるのでは無く、教会の広告塔に過ぎないからだ。

 大衆が否と唱えなければ、聖女はどれだけでも自由でいられる。私の場合、大衆に愛されるが故に、自由を奪われているが。


 だからこそ、至極丁寧に答えて見せよう。


「皆さん、素敵な人だとは思いますが、私が求める条件を満たしていないからです」


 それは何だ、と目で詰め寄られる。


「私と同じ価値観を持っているかどうか、です」


 それが一番大切だ。どうせなら、私の過酷な奉仕活動への理解がある人出会いたい。

 可笑しな私を否定しない人と出会いたい。


「富も、強さも、地位も、私の望むものではありません。私が望むものがわからなかった、それこそが価値観が一致していない証拠なのです」


 笑おう。


 とびきり美しく、愛らしく。


 貴方達の望む等身大の女の子ではなく、全ての人の聖女として。


 ―――高嶺の花だと思って諦めて。

 

 そういう事だ。


 しかし、高貴な人達に上から目線過ぎたか、といい懸念も湧いてくる。所詮、田舎の平民出身という事だろうか。


 ―――固まったままの会場を何とかして。マネージャーでしょ。


 ユーリに目で訴えかける。


 ―――認めてなかったんじゃないの?まあいいけど、元々やるつもりだったし。


「聖女、マリア様は、偉大なる功績を残してきました」


 呆気に取られたままの会場で、ユーリは一歩、前に出る。


「悲しむ人、苦しむ人、怒る人、嘆きある所に、必ずマリア様は赴きました。本当に……素晴らしい方です。そんなマリア様に、これ以上何を望むというのでしょうか?」


 静かに、心強く、訴えた。


「私達教会は、マリア様の選択を最大限に尊重します」

「「「……は、はい!その通りです!」」」


 ユーリの言葉に、慌てて修道女達も賛同する。

 わたしの最も近くにいる人達がこう表明したのだ。

 ならば、観衆が文句をつける事など許されない。

 告白した側であれば尚の事。


「この世には、もっともっと救いを求める人々が居ます。私は、私自身の為に、その人達を救いたい。だから、結婚には興味が無いのです」


 それを理解していなかった時点で、価値観に一致などありえない。私はいつだって、奉仕を欲していたのだから。


 ありのままの自分でいたい、普通の事でしょ?






  ◆ ◆ ◆






 突然のイベントは、感動のフィナーレを迎えた。

 恋だの愛だのでは無く、仲間との絆によって。


「お疲れ様」


 ユーリがひょこっと登場してくる。


「そっちもね」

「僕は、大した事ないよ。司会者しただけだし」

「それなら、私も振っただけよ」

「王侯貴族を振る精神負荷は中々のものでしょ?」

「それは、否定しない」

「それに、今回手伝ったの、罪悪感があったというのもあるし」

「へ?」

「マリアが色々働く横で、僕も色々やってたんだけどね、殆どマリアの功績にしてたんだよね」

「は?」

「労働という、美味しい所取りしてしまったからね。悪いなぁ、とは思ってたし」

「よし、ちょっと殴って良い?」

「遠慮しとこうかな」

「遠慮しないで、私達の仲じゃない?」

「親しき仲にも礼儀あり、だよ」


 あんまりな態度に、握り締めた拳を行使してやろうかと思いかけた時、ユーリはニヤリと笑った。


「それに、御褒美もあるんだよ。機嫌直してよ」

「僕とのデート、とか言わない?」

「言わないよ。あの三人じゃあるまいし」

「良かった」

「ほら、着いてきて」


 大人しく着いて行った先は、倉庫だった。

 本来なら、埃を被って然るべきそこは、常にピッカピカだった。

 しかし、目の前に広がる倉庫は、埃まみれで、汚かった。物も増えて、整理整頓もされていない。


「―――ねぇ、ユーリ……これって?」

「マリアの為に掃除をサボっておいたよ。貴公子達の贈り物も、適当に置いておいた」

「ユーリ最高。有難うございます!」


 夢にまで出た大掃除。

 そうだ、私は、偉くなりたかったわけでも。

 モテたかった訳でもない。


 働いて働いて、奉仕する。


 そんな、奉仕の聖女になりたかったのだ。


 埃被ったところを探して。

 箒、雑巾を使って、掃除をする。


 あ、私、今生きてる。すっごい充実している。


「……ねぇ、僕も掃除していい?」

「駄目、私へのご褒美でしょ」

「ちょっとだけ。指先だけだから」

「嘘でしょ」

「……否定は出来ない」


 穏やかな日常が戻ってきた。その事を実感する。

 あの貴公子達も、働く喜びを知れば、人生変わるだろうに。この喜びを知らぬまま生きているとは、哀れなものだ。

 労働さえあれば、人は幸せになれる。けれど、そう感じる人が少ないのも事実。

 労働以外に私が望むとしたら、それは、ユーリかもしれない。


 可笑しな業を持つ者の肩身がどれ程狭いか。

 それを問い掛けるまでもなく、私は知っている。


 恋でも愛でも何でもないの。

 一人ぼっちは寂しい、それだけなのだ。


「……まあ、ちょっとだけなら。掃除していいよ」


 言葉にするのは恥ずかしいし、今更過ぎる。

 何より、悔しい。

 だから、少しだけ優しくしてやろう。バレない程度に、ささやかに。


 箒を渡すと、ユーリは目元を細め、微かに口角を上げた。柔らかなその笑みは、少年の頃のままだった。

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