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双子が描いた絵

作者: 牛尾 仁成

 奇妙な画家の話を聞いた。


 画家は双子であり、変わった手法で絵を描くという。


 その画家たちは描いた絵を定期的に修正するというのだ。


 それも絵の構成物をまるきり変えるような大胆な修正を施すという。もはや修正と呼べるものではなく別作品に仕上げてしまうらしい。


 だからその画家たちの絵は1回では鑑賞できない。複数回、鑑賞して初めて理解できる、と言われている。


 私はとても興味をそそられたので、その双子の画家の作品を展示している美術館に足を運んだ。


 美術館の一番奥まったスペースにその絵はあった。


 港に大きな帆船が泊っている絵だった。透き通るような青い空と、今にも水飛沫を跳ね上げそうな波に揺られる港を、忙しなく水夫や客が行き交うという構図だった。晴れ晴れとした人々の表情や陽気な笑い声が聞こえてきそうな雰囲気に思わず笑みがこぼれた。


 美術館から出ると外はからりと晴れ、遠くから汽笛の音が聞こえた。私は足取り軽く家路についた。これからの絵の変化が楽しみでならない。


 次の日、もう一度その絵を見に行くと、その絵はまるで別物であるかのように変わっていた。


 木々と草花が生い茂る熱帯雨林の中でゴリラが子供にバナナをあげている。ご丁寧に皮をむいて身の部分だけを渡しているところに母親の愛情のようなものを感じた。胸の中を温かな感情が走り、私は思わずその微笑ましい親子の絵に涙を浮かべそうになった。


 美術館から出ると外は息苦しくなるほどの熱さで、足に絡まるツタを払って迷わないように歩くのに苦労した。途中で大きな毛むくじゃらの親子とすれ違ったが、いったいどこの人なのだろうか? それはともかく、絵の内容に変化があれば確認したい。


 次の日、もう一度その絵を見に行くと、その絵はまるで別物であるかのように変わっていた。


 血で染めた赤い大地に黒く燻る焼け焦げた廃墟が墓石のようにそびえている。人の死体やガレキの山の中を佇む大きな黒い影がさまよっていた。裂けた大地の底からは天使が現れ、罪人への裁きとして逃げ惑う人々目掛けて雷を投げつけている。その恐ろしくも神聖な光景に私は打ち震え、ただ抜け殻のように見つめるしかなかった。


 美術館から出ると外はゴミの山だった。建っていた建物は崩れ去り、公園や山の木々が赤い絨毯のように燃えていた。嗅いだことの無い悪臭と、やけに香ばしくも胸糞が悪くなるような香りが鼻をくすぐる。何だか大変なことになっているみたいだが、私はあの絵の続きが見るしかなかった。


 別の日に美術館へ足を運ぶと、美術館は跡形も無く崩れ去っていた。


 だが、絵は確かにあった。


 額縁は焦げているがきちんとガレキの山の中に立つぽつんと立つイーゼルの上にあったのだ。


 絵の前に二人の画家がいた。


 片方は真っ黒でもう片方は真っ白の服に身を包んでいる。


 君たちがこの絵を描いたのかい、と問いかけると二人の画家は同時に頷いた。


 今日の絵は真っ白だった。


 ただ白かった。何も描かれていないかのように。最初から何も描かれていなかったように。


 黒い画家が口を開く。


「この絵はこれで完成」


 白い画家が口を開く。


「この絵を見てくれてありがとう」


 私はその場に崩れ落ちた。


 私の世界がぐるぐると回り始めた。いや、単に私が目を回しているだけかもしれない。ふふふ、と二人の画家が笑う声が聞こえる。


 目の前が暗くなる前に見えたのは、真っ白な絵の前で色を失った双子の画家がほほ笑む姿だけだった。

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