第075話 日本語(古代語)?!
“開かずの扉”を越えた先。
ドラゴンの財宝へ続くはずの道を進んだ先にあったのは、緑茶みたいな色をした温泉だった。
カポーンッ!
シシオドシっていうんだっけね。あれ。
垂れ落ちてくるお湯を一定量受け止めると、天秤が傾くように竹が動いて音を立てる奴。
(仮にもダンジョンっぽい場所にこれがあるって、違和感はんぱねぇな)
もろもろの先入観を抜きにすれば、パッと見高級旅館の天然露天風呂に見えなくもない。
天井は明らかに人工物な安っぽいタイル張りだが。
「うーん……」
「温泉、よねぇ?」
「温泉にございますね」
三人揃って困惑顔を浮かべる。
「いやまさか、これがドラゴンの財宝……とは言わないわよね?」
「すんすん……匂いはごく一般的な温泉のそれと同じだと思います」
「さすがにこれで財宝の全部ですってことはないだろう……っと、お?」
「主様?」
「ここ、なんかある」
岩肌の一部に、プレートがはめられていることに気がついた。
苔むしているところを払い、ジッと目を凝らして観察すれば、そこには文字が書かれていた。
「なになに……“竜へ相対せんと欲するならば、この湯にて身を清めよ”だとさ」
「「え?」」
「なるほど。宝の部屋に来たいのなら、ちゃんと汚れを落としてこいってわけか」
プレートの隣には、岩肌にカモフラージュしてある引き戸があった。
ゴロゴロと音を立ててそれをずらせば、奥にはめちゃくちゃ見覚えのある景色が広がっていた。
そう、脱衣所である。
奥にはまたスライド式のドアがあり、さらに先へと続く道があるのも見えた。
実際に傍まで近づいてみると、ドア横の壁にもプレートが埋め込まれており、そこには。
「“湯にて身を清めし者のみ、この扉を通ることを許す”か」
と、書かれていた。
訳:風呂に入らない礼儀知らずはこの先どうなっても知らないぞ。
ってことだね(サムズアップ)。
「……さすがにここまで手の込んだもの用意して罠ってことはないと思うから、普通に風呂入って先に進んだ方がいいだろうな」
「「………」」
「とりあえずメリー、お湯をもうちょっとチェックして……ん?」
さっきからメリーが、そしてナナも、黙りこんでいた。
その顔をよくよく見てみると、メリーは困惑、ナナはお目目キラキラの感動を示していて。
「ねぇ、白布。ちょっといい?」
「なんだ?」
「あなた。さっきのプレートに書かれてた文字、読めたの?」
「え?」
何を言ってるんだと思う。
だって、あのプレートに書かれていた文字は、どれもそう難しくはない……。
「……あれ、古代文字よ?」
「……oh」
漢字と、ひらがなで書いてあったのだから。
※ ※ ※
「まさか、白布が古代語を読めるなんて、ねぇ……」
「さすがはわたくしの主様にございます」
「ふぃー……」
俺たち3人は、みんな一緒で温泉に浸かっていた。
「あるじさま~」
「おっ」
「ちょっと、ナナさん。そんな背中からぎゅっ、なんて。白布をあんまり煽っちゃだめよ」
タイミングをずらして風呂に入って、パーティ行動に何かしら不具合が起こっては困る。
という判断から、この混浴は実現した。
俺とナナはともかくメリーが混浴を許容したのは意外だったが、そこはさすがのド根性お嬢様、覚悟が違う。
「白布が私の裸を見ないなら、それでよしってことにするわ」
との一言で、こうして同じ空間に彼女もいる。
全裸で。
お風呂のマナーってことで、全裸で!!
「はぁー、ビバノンノ……」
「ビバノンノ、とは?」
「お風呂気持ちいいってのを表現する魔法の言葉だ」
「なるほど。びばのんの、にございますね」
そんなこんなで、温泉だ。
メリーを見ないよう目を閉じ、湯に身を委ねているおかげか、湯の温かさ、香り、引っ付いてるナナの柔らかさ、色々な物を強く感じることができる。
っていうかナナ、絶対これ押しつけてるな。
ありがとうございます。
「びばのんの、ねぇ? でも、そんな変なことが言いたくなるくらいここが気持ちいいってのは……わかるわぁ~」
普段キッチリしているメリーの口から、ふにゃっとした伸び声が出るほどの心地よさ。
「宿の風呂も悪くなかったが、この温泉は桁が違うよなぁ」
「わうぅ、しっぽの毛先まで染み渡ってくるようにございます」
「はぁ~~……」
「「「ビバノンノ」」」
3人の声が重なった。
ちょっと前にマジ物の命の危機を感じたのもあって、温泉の癒しが染み込む染み込む。
(これからドラゴンがいるところに行くってのに、こんなリラックスしていいんだろうか?)
だがこの温かさには抗えない。
もうずっとこの中にいたい。冬のこたつのように。
「……で、白布」
「んー?」
「あなた、古代語はどこまで読めるの?」
「あ~……」
モノワルドに過去存在していたという、強大なカガク文明。
それを作った人々のことを、歴史ではジャポン人と呼称している。
もうその名前からお察しなんだが、彼らが使っていた文字は。
(どう見ても日本語です。ありがとうございました)
漢字、ひらがな、カタカナ、ローマ字の組み合わせ。
「異なる4つの文字の組み合わせで構成される語彙。それぞれに役割がありつつも時にそれは並列したり混合したり、声に出すと同じなのに意味が違う表現が沢山あったり、逆に同じものを表現するのに多数の言葉があったり。あんなに難解極まりない古代語をスラスラ読めるなんて、とんでもないことなのよ」
「……HAHAHA」
改めてそうハッキリと説明されると、日本語ってヤバいな。
でもその複雑さがあるからこそ、色々な表現が出来て面白いと俺は思う。
そして思うのは。
(ジャポン人って、ぜってぇ俺より先にこの世界に転生してきた日本人だよな)
なんだよ、強大なカガク文明って。
あれか? SFか? サイエンスファンタジーって奴か?
もしかして巨大ロボットとかある?
アイテムだから装備できる? うおおおおお欲しいーーーーーー!!
旅の途中でそれっぽいのを見つけたら、絶対手に入れよう。
(ちなみに今俺がしゃべったり書いたりしてる世界共通のモノワルド語は、アルファベットを使った英語によく似た言語である)
ジャポン人亡きあとのモノワルド。
選ばれた言語は、ローマ字の系譜でした。
おかげで日本生まれの俺は、古代語マスタリーだぜ!
※ ※ ※
「古代語まで堪能でいらっしゃるとは、さすがはわたくしの主様にございます」
「たまたまだ、たまたま」
「わうわう」
さっきからベタベタくっついてたナナが、ますますベタベタくっついてくる。
俺の首に腕を回して抱き着いてきて、湯船の中で俺の腰をがっしり横からカニばさみしてひっつけば。
すーり、すーり。
「んんっ!!」
「?」
右の二の腕に感じる柔らかい物。
肘が触れるポッコリお腹。
そして腰に感じる熱。
「ちょっと、ナナさん。さっきから……白布にくっつき過ぎじゃないかしら?」
「わぅ? 従者であるわたくしは、主様に身も心も捧げた存在。こうして全身を使ってその思いを表現することに、なんのためらいもございませんよ?」
「その気持ちは尊重するけれど、時と場合はわきまえなさいと言っているのよっ!」
メリーの言う通りだ。
二人っきりならともかく、メリーの前でするには、ちょっとスキンシップ過剰だ。
「そうだぞナナ。さすがに時と場所は考え……んひっ!?」
「ちょ、ナナさん!?」
ナナが、俺の肩に甘噛みしてきた。
あむあむちゅるちゅると、唇で咥え込まれた皮が引っ張られる感覚にゾクッとする。
「ちょ、ちょっと待てナナいひっ!? おあっ!!」
止める間もなく甘噛みが続いて、しかもナナの唇がだんだんと肩から首筋に向かってくる。
「ん、はむ。主様……あるじさまぁ……」
とろんとした視線が俺を射抜く。
この時点で俺は、ナナに異常事態が発生しているのを理解したが、すでに手遅れなのも同時に理解する。
「う、うごけ……ない!」
そう。
ライカンであるナナのナチュラルパワーを前に、ヒューマオス程度のナチュラル腕力が勝てるわけがないのである。
ただじゃれついてるだけだと思って抱き着くのを許容したのが仇となった!
「ナナさん! ちょっと、ナナ……はれっ?」
俺を助けようとして動き出したメリーにも、何らかの異常が発生したらしい。
緊急事態にそっちへと目を向ければ、泉の縁に手をついて、メリーが真っ赤な顔を浮かべていた。
「う……く……」
「あるじさま、あるじさまぁ……」
カポーンッ!
ちょ、これ。
もしかしなくても、ピンチなのでは……!?




