第063話 ラストフロアの宝箱!
「周囲に気を配れ、足元にも注意しろ」
「天井にも目星をつけてまいりましょう」
そろり、そろりと一歩ずつ。
これまでのフロアの中でも随一の広さを誇る空間を、慎重に進んでいく。
(壁、床、天井……どれも似たような金属で作られてるな。柱は……これ、オブジェクトか)
ラストフロアは、いかにも最後ですと言いたげなドーム状の荘厳な造りをしていた。
茶けた銅のような金属がぐるりと壁になり、途中からはまるで全天が蛍光灯にでもなったかのような発光する白い壁材が天井まで覆っている。
壁に古錆びた緑色の部分があることで、余計に部屋全体が明るくなっているようだった。
「独特の、威圧感のようなものがございますね」
「だな。気圧されないように、慎重に、だ」
荘厳さといえば、転送された地点から台座まで、色の違った床材が敷き詰められ、まるでレッドカーペットを敷いた道のようになっているのもいかにもだ。
また、中央の丸い台座を囲むように8本ほどの柱がフロア内に等間隔に並べられており、柱は建物3階分ほどはあるフロアの天井までは届いておらず、そのオブジェクト感が露骨にこの場所は神聖なところですよ、宝箱は素敵な物ですよとアピールしているかのようだった。
むしろここまでやって、宝箱の中身がただの薬草とかだったら拍手してやる。
「出口は……まぁ、あそこだな」
転送位置から台座を挟んだ向かいの壁には、脱出口だろう青光を輝かせるうねうね銀河ゲートの門が設置されている。
転送地点から台座へ向かい、宝箱を回収して、脱出する。
まるでこれこそが苦難を越えてきた冒険者へのダンジョン側からの計らいであるかのように、フロアには入場から退出までの、綺麗な導線が敷かれていた。
「……んー」
「罠は見つかりませんでしたね、主様」
結局、俺とナナ、どちらも台座に到達するまでに罠を発見できなかった。
柱が宝箱を守るように結界を張ってもいなければ、台座のそばに立つことで体に変調をきたすようなこともなかった。
「取り越し苦労だったか?」
「いえ、無駄ではございませんよ。安全が確保できた、ということにございますので」
最後に宝箱をコンコンとノックし反応がないのを確かめて。
「いや、これじゃ足りないかもしれないな。ナナ」
「はい、主様! とう!」
ゴンッ!!
念には念をのナナパンチ!
「……反応、なし。よし! おーい、メリー! 大丈夫そうだぞ!」
ナナパンチを受けてなお形を変えず、台座からも落ちない宝箱ならもう問題ないだろう。
いわゆる非破壊オブジェクト、なんか神の力で壊れなくなってる奴に違いない。
「わかった! 今そっちに行くから!」
メリーを呼び、いよいよ最終チェックだ。
俺たちが気づけなかっただけで、メリーの不運が何かを反応させるかもしれない。
「……ごくり」
「……ドキドキ」
魔杖を胸に抱いて恐る恐る近づいてくるメリーを、俺たちは固唾を飲んで見守る。
「………」
金属の床を一歩ずつ踏みしめ、柱の囲いを越え、俺たちの待つ台座のもとへ。
「がんばれ、がんばれメリー」
「大丈夫でございます。わたくしたちが罠は徹底して調べました」
「……ええ、信じる。あなたたち、二人を」
その足取りは遅くとも、迷いはない。
緊張の時間を過ごす俺たちのところへ、そしてメリーは辿り着く。
「……ゴールッ!」
「罠の発動は……ございません」
「と、いうことは? つまり――」
そこでようやく、俺たちは。
「――ひゃっほぅ! 財宝部屋、確定だぁぁぁ!」
ダンジョン踏破の、歓喜に打ち震えるのだった。
※ ※ ※
「この中に、メリーが求めていたレアアイテムがあるってことでいいんだな?」
「ええ、そのはずよ。サウザンド家を盛り返すための鍵となるレアアイテムが、この中に」
「ドキドキにございます」
改めて見つめる、台座の上の宝箱。
俺たち3人が横並びになって張り合うくらい横長のビッグなそいつに鍵穴などはなく、真ん中にあるシンプルなデザインの留め具を外せば、すぐにでも開けられる作りになっている。
正直に言えば今すぐ俺の手で開けたくてしょうがなかったが、その役どころは今回俺のものではない。
「メリー」
「え、ええ……」
今回のダンジョン攻略の依頼主であるメリーに、その役目を譲る。
俺に促された彼女は恐る恐る宝箱に触れ、指先で蓋をなぞりながら留め具へ到達すると、いったんそこで指を止めた。
「メリー様?」
「………」
ナナの呼びかけにもしばらく沈黙で返したメリーは、少しだけ間をとってから、感慨深げに口を開く。
「……なにかしら。ちょっと実感が湧かないっていうか、ここまで来れたんだなぁって思うと、色々と思い出しちゃうというか」
その言葉を呼び水に、メリーの口からはポロポロとさらなる言葉が溢れていく。
「私、小さい頃からずーっと、サウザンド家という立派な家名にふさわしい立派な令嬢であるために、自分の不幸と戦いながら生きてきた。……家にいたときも、学園にいたときも、理不尽な不幸にぶつかるたびに、負けるもんかって思いながら」
それは、これまでの生き方を思い返すような、メリーにとって大事なことを掘り起こすような行為に見えて。
「………」
俺は、口を噤んで見守ることにした。
「でも、いよいよ家がピンチになって、家族の誰一人として望んでない結婚をさせられそうになって、最後の手段だって国すら飛び出して、こんなところまできて……必死に、命がけで頑張らなきゃいけないときなのに……今の私ったら、ここまで来たことを、楽しかったなって思っちゃってるのよ」
不意に浮かべる照れくさそうな笑みと、留め具の上でくりくりと遊ばせる指先が、俺の心をざわつかせる。
「あなたたちと出会って、いちゃつくあんたらを呆れながら見守る道中や、いざダンジョンに入ってからの苦労とか、大変な目には遭ったけど……それでも誰かと全力で助け合いながら進む道は、楽しかったわ!」
「メリー様……」
「対等な誰かと一緒に何かするって、これまであんまり経験なかったから……全部ひっくるめてフォローし合える仲って、心地いいのね」
「……あぁ」
そこまで言われてようやく、俺はメリーが旅の終わりを惜しんでいるのだと気がついた。
「本当、こんなに楽しい時間だったらもっともっと浸っていたいと思った。けれど、私には目的があるから」
没落しかけの実家を金の力で救う。そのために自分はここへ来た。
それをメリーは、忘れていない。
「だから、終わらせましょう。アイテムを手に入れて!」
「……ああ、そうだな!」
「はい」
その時見せたメリーの笑顔を、俺は忘れない。
力強く、けれど少しだけ寂しげな、潤んだ瞳の微笑みを。
彼女の旅の終わりが、もうすぐそこにある。
※ ※ ※
「さぁ、開けるわよ!」
思うがままに話し終えてすっきりした顔のメリーが、いよいよ宝箱に手を掛けた。
「ちゃんと俺にも拝ませてくれよ?」
「もちろん! 一流の貴族は約束を違えないわ!」
軽口を叩きながらメリーが留め具に触れれば、すぐさまガチャリと金具の外れる音がして。
(さぁ、どんな宝が俺たちを出迎えてくれるんだ?)
メリーがずっと秘密にしていた宝箱の正体がいよいよ分かる。
その瞬間を今か今かと待ち構えながら、俺は彼女の指の動きを目で追った。
「せーのっ、そりゃ!!」
両手の指を宝箱の蓋に引っ掛け、メリーが思いっきりの力を込めて、持ち上げる。
巨大な宝箱がその口を大きく開き、ついに俺たちにその中身を晒す!!
「お母様! ついにメリーは成し遂げましたわ」
パクンッ
「よぉぉ~~~~…………!?!?!?」
じゅるるるるっ、ごくんっ!
「「………」」
俺たちの視界からメリーの姿が消え。
「……グェ~~~ップ!」
メリーを呑み込んだ宝箱は、べろりと大きな舌で縁の部分を舐めると。
「ゲヒャヒャヒャヒャヒャ!」
悪戯に成功した悪ガキのように、下品な声を上げて笑った。
「「………」」
その一部始終を目の当たりにした俺とナナは。
「ばっ、嘘じゃーーーーん!?!?!?」
「メリーさまぁーーーー!?!?」
数拍遅れて、絶叫した。




