サブアカウント
「これがエリア07か……」
ここまで遠くに来たらバレることもないだろう。
今回俺は出来るだけヤツのいる《エリア01》から遠い場所に位置する《エリア07》に転移した。
《Eエリア》は1から12に分けられており、どのエリアにも自由に生き来できる。
しかしまだヤツのいるエリアに行くのは危険すぎる。
目的が何にせよ俺を狙った犯行には間違いないのだ。
今の俺が行ってもただなぶり殺しにされるだけだ。
とりあえずまずは顔を隠さないといけない。
俺は仕方なく包帯を巻いて顔を隠した。
何か言われても全身に火傷を負ってしまって見せられないとでも言っておけば顔を見られることはないだろう。
そして武器と装備を整える必要がある。
その為に今俺はアカウントBOXと呼ばれる旧現世でいうところの銀行の様な所にいる。
俺はメインアカウントの使いきれない金とワードスキルをサブアカウント用に残しておいたのだ。
と言ってもメインで使えなかった余りワードだ。
使えるかどうかはまだ分からない。
そこで一応現在のワードスキル一覧を確認する。
『ワードスキル
Bランクワード《雷》《貫》
Cランクワード《弾》《流》《治》』
ワードスキルとは文字を具現化させる力のことでこの世界では手に入れたワードを使いモンスターを討伐する。
そしてこのワードスキルにはランクという概念が存在し、SからDまでのランクが存在する。
例えばAランクの《防》というワードとBランクの《貫》というワードで戦う際、Bランクワードの《貫》を使って貫く力を具現化させても、対する上位ランクのAランクワードの《防》というワードで防がれた防御を貫通させることが出来無い。
何故ならランクが高い方がより強力な力を発揮するからだ。
全てのワードはランクによって威力や効果が異なるのだ。
しかしサブアカウントとはいえ今のこのワードでは前線でダンジョン攻略している俺の本アカウントの奴の足元にも及ばない。
「これは犯人に会うことすら至難だな……」
しかし何にせよダンジョン攻略を進めなくては奴のいるエリアに入ることすら出来ないだろう。
何故ならダンジョンエリアにも同様にランクの概念が存在するからである。
ダンジョンはSからBまでを上位、CからEまでを下位という風に分けられている。
下位ダンジョンを攻略してポイントを集めて規定ポイントを超えない限り、上位ダンジョンエリアには入れないのだ。
ちなみに今いるエリア07の街はC級ダンジョンを攻略した後に《プロテクトエリア》が解放されできた大型区域街だ。
そして俺はとりあえずエリア07にある下位ギルドのある建物に入る。
「荒れてるな……」
酒のジョッキや食べ残しのカスなどが飛び交うここはエリア07の下位ギルド《ポーン》。
低ランクのアカウントが集まるこのギルドはまた随分と荒れている。
そして俺は包帯を巻いたまま受付の前に立つ。
……正直苦しい。
「あぁごめんなさい!!
貴方多分新規アカウントさんですよね?
私はこの《ポーン》の受付係をしてるアスカと言います
本日はどんなご用件ですか?」
「……訳あってすぐに攻略ポイントを貯めないといけないんだ
とりあえずダンジョン攻略依頼一覧を見せてくれ」
そう言うとアスカは近くにあった下位ダンジョン一覧表を持ってきた。
チラチラと顔を見ながら。
俺の顔に巻かれた包帯が気になるのだろう。
『Cランクダンジョン
・エルドラ ・メルガフ
・テメウス
Dランクダンジョン
・シリウス ・ノクタン
・スノー
Eランクダンジョン
・ヒューラー ・カデフ
・エレナ 』
「……じゃあこの《エルドラ》ってダンジョンを頼む」
この《エルドラ》はダンジョンランクも下位で一番ランクが高いCランクだし、攻略ポイントにもそこそこ期待ができるだろう。
「あの……気を悪くされたらごめんなさい
多分新規アカウントの貴方じゃこのダンジョンは少しというよりかなり厳しいかもです」
罰の悪そうな顔をしてアスカはそう言った。
恐らく俺の装備などから察して忠告してくれたのだろう。
優しい人だ……。
他所のギルドでは経験も力も無いアカウントが高ランクダンジョンへ挑もうとしても止めようともしない。
例えその結果、大勢のアカウントが死んだとしてもそれは自己責任だ。
全てを自分で判断する必要がある。
「大丈夫だ
後々高ランクアカウントのパーティメンバーと合流する予定なんでな」
そう言うとアスカはそうだったんですねと納得してダンジョン攻略証をくれた。
俺はダンジョン攻略証を受け取り、アカウントBOXにあった装備に着替えて早速へ向かう。
「……何でスーツしかなかったんだ」
俺の装備している防具は特殊繊維で作られた黒スーツ、何故かこれしかなかった。
顔を包帯で巻いた黒いスーツの男。
どー考えても怪しい。
これは確かBランクダンジョンのボス《地獄蜘蛛》の糸で作られたスーツだったと思う。
見た目では分からないがかなりの強度を誇り、下位ランクのダンジョンモンスターの攻撃はほとんど防げる筈だ。
上位エリアに行くまではこの装備を利用する方が怪しいが効率的だ。
こうして俺は《エルドラ》行きの馬車に乗り込んだ。
その馬車には俺と同じく《エルドラ》を攻略をめざす他のアカウント達が乗っている。
馬車は7台あり少なくとも30人ほどの攻略者がいると見える。
かなり多いな……。
「なぁ包帯の兄ちゃん……アンタも《エルドラ》に行くのか?」
と横に座った大きなオッサンに声をかけられた。
「ここにいる全員エルドラ攻略に行くんだろ?
何人か場違いな奴も居るみたいだが……」
俺の見た感じこのままでは8人くらいがこのダンジョンで骨を埋めることになる気がする。
「気をつけるんだな包帯の兄ちゃん……
敵はダンジョンの魔物だけじゃ無ぇんだからよ」
そういってオッサンはまた窓の外へと視線を戻した。
「だろうな……」
このオッサンはわかっているんだ。
この《エルドラ》行きの馬車の中に違う目的を持った誰かが居ることを。
そんなことを考えていると馬車が停止して、俺達ギルド《ポーン》のアカウント一向は無事ダンジョン《エルドラ》へと辿り着いた。
Cランクダンジョン《エルドラ》前の休憩キャンプ地点
そこでアカウント達は自分の装備を確認して出発の準備に備える。
「本日エルドラ攻略へと向かわれる方はゲート前に集まって下さい!!」
とダンジョン管理人がキャンプに居る全員に声をかける。
ぞろぞろと歩いてそれぞれがパーティごとにゲートの前に集まっていく。
「おいあれ……エリア07下位ランク最強パーティの《クレゼン》じゃねぇか?」
と隣でヒソヒソ話す声が聞こえる。
男が指さした方向には男1人と女3人の俺と歳も変わらない若いパーティがいた。
「今回の攻略はアイツらがいるから楽勝かもな」
「後ろついて回ればおこぼれ貰えるかもしれないしな」
とニヤニヤしている。
「あの……すみません
貴方のパーティメンバーの方は?」
と何故かその《クレゼン》のパーティの一人の女の子が俺に話しかけてきた。
「一人だけど別に問題ないだろ?
迷惑はかけねぇよ」
と言って無視していると彼女は心配そうな顔をしてずっとこっちを見ている。
それを見ていた《クレゼン》のパーティリーダーであろう男が近づいてきた。
「アンタ一人だと死んじまうからアリサは心配して声をかけたんだよ
スーツなんかでCランクダンジョンに来やがって……
正直俺は気が乗らないけどこのダンジョンだけ俺達とくることを許してやってもいい」
と面倒くさそうな顔をして俺を助けてくれるそうだ。
「お前達と?」
「俺達はまだ下位ランクにいるけどいずれはかつての最強パーティ《タスク252》にも負けないパーティになるつもりだ
一緒に来た方がアンタの為にもなると思うが?」
気持ちはありがたいが俺は正体がバレる方がよっぽど危険なので断ることにした。
「心配してもらえて光栄だが俺は一人でいい」
そう言うと彼は舌打ちして、彼女を引っ張ってパーティに戻っていった。
「では問題ないみたいなので皆さんゲートへ入ってください
スタート地点は皆さんバラバラなのでくれぐれも周りのパーティが助けてくれるなどと思わないで下さいね?」
と完全に俺を見て管理人はそう警告する。
しかしそれを無視して俺は真っ先にゲートを潜った。