一日で全部失った男
ダンジョンが支配する新たな世界《エリアE》
旧世界とゲートで繋がったこの世界に次々と移住する人々が後を経たない。
会社を辞めて新世界に飛び込む者も少なくなかった。
結果旧世界に残っているのはその殆どが今まで会社で上の立場である上司や何の不満もなく暮らしてきた人だけが残り、今の世界に不満を持つ人々は新世界へと移住していく。
旧世界で富を築き上げた人は死ぬリスクの高いモンスターだらけの新世界に移住する気にはならないのだ。
そんな世界になってから3年。
俺は《エリアE》が誕生してすぐに会社を辞めて3年間《エリアE》でダンジョン攻略と自分の装備を強化することに時間を費やしてきた。
上司や同僚の反対を押し切り退職した。
今まで休みなく働いてやったんだ。
これくらいのわがままは許してもらわねば困る。
新世界に飛び込んだ俺を待っていたのは毎日モンスターとの殺し合いだった。
アドレナリン出っ放しのこの生活に流石に嫌気が差すかと思ったがそんな事は無かった。
休みたかったら休めばいい。
ここには休日出勤を強制してくる人間などいない。
旧世界にはたまに家族に会う為に帰る事はあるが、基本戻る事はあまりない。
そんなある日、俺は旧世界と《Eエリア》のゲート前の狭間で立ち往生していた。
『アカウントNo.26525766802
アカウント名 : マサムネ
アカウントパスワード : gwmdg5406
アカウント本人名 : 戦場 神無 イクサバ
カンナ』
ふむ……確かに入力情報は完璧だ。
だがしかしこれを入力完了した瞬間に同じ画面が表示される。
『このアカウントは既に使われている為ログインできません』
いい加減イライラしてきた。
人類がこの《エリアE》に入る為にはまず《Eアクセスアカウント》を作る必要がある。
まるでゲームをオンラインでプレイする為にアカウントを作るかの様に。
しかし何度入力しても入れない。
「……バグか?」
ゲームでは無い為そう言い切れないが、何か不具合があったに違いない。
俺は《Eリプロ》と呼ばれる《Eエリア》内専用のブレスレット型の情報端末機器で何か情報は無いかと調べてみるが何も情報がない。
仕方なく実家に戻って調べ物をしていると、旧世界ののテレビにダンジョン攻略速報が流れる。
『難航不落のSランクダンジョン《煉獄》を最強のパーティ《タスク252》が攻略完了!!』
とそこには書かれてあった。
それに写っている映像を見て俺は鳥肌が立った。
いるはずのない俺のアカウント《マサムネ》がパーティメンバーと一緒にそこに映って手を振っている。
「なんだよ……これ」
確かに俺はいつも顔を仮面で隠してパーティメンバーにすら素顔を見せず、話したりすることも無かった為代わりに誰かが成り代わったとしても仲間にバレる事は無いかもしれない。
しかしコイツはどうやって俺のアカウントを奪ったのか。
しかもそれだけでは終わらなかった。
ダンジョン攻略後の中継映像でソイツは《タスク0》のパーティメンバーを殺して、その場にいた取材班や他のダンジョン攻略パーティをも皆殺しにしたのだ。
その場に残されたのは血まみれの映像記録用の記録モジュールだけだった。
そして画面映る返り血だらけの男は下を向いたまま死んでいる仲間の髪をつかんで記録モジュールに向かってこう言った。
『アヒャヒャヒャ!!
どうも《マサムネ》です
捕まえられる奴がいるなら捕まえてみな』
と死体を顎をカクカクさせて人形の様に操りながら、笑っている。
「……!!」
言葉にならない怒りが体を支配していく。
しかし次の瞬間、今まで下を向いていたソイツは仮面を外してゆっくりと顔を上げる。
その瞬間、怒りは恐怖へと変わる。
そこには俺と同じ顔の男がいた。
髪の色、目の色、顔の造形、全てが同じだった
というより俺だった。
そしてソイツはニヤリと笑い仮面を握り壊し、映像から消えていなくなった。
「……まずい」
当然の如く俺の顔は指名手配として張り出され、俺は影でこそこそしながら生きることを強いられた。
しかしこのままでは見つかるのは時間の問題だ。
親や妹に迷惑をかけてしまう。
俺は絶縁届けに必要な所だけ記入してテーブルに置いて、一通の手紙を置いて立ち去った。
俺は急いでもう一つ残してあったサブアカウントを使って《エリアE》へ逃亡した。