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飲みやすい猛毒  作者: 伊咲ヒコ
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飲みやすい猛毒2-1

『いつだって ボクは君を中心に世界を回している

君が泣いているなら、ボクがそっと涙を拭ってあげよう

君が悲しんでいるなら、ボクがそっと抱きしめてあげよう

君が笑っているなら、ボクもそっと一緒に微笑もう

君が怒っているなら、ボクがそっと笑わせてあげよう


だけど。

君が愛を口にするなら、ボクは君の前から消えなければならない』

ある南米の紛争地帯。それが、今の任務地帯だった。

まだボクが自衛隊から特殊部隊への配属が決まって、アルファ部隊の下っ端として活動していた頃の話だ。この頃はまだ特殊部隊にズールというチームの存在はなく、近江はチャーリー部隊の副隊長だった。

防衛大学校を卒業して、一年間の自衛隊生活を過ごした後、特殊部隊の所属となった。当時、バディを組んでいたのが東村だ。東村は防衛大学校時代の同級生で、同部屋だったという事もあり、事あるごとにバディを組まされていた。だけど、ただ優秀なだけのボクとは違い、東村は神童だった。自衛隊に派遣されず、防衛大学校を卒業とともに特殊部隊に配属された。もちろん、特殊部隊の存在は最重要国家機密だから、東村が特殊部隊にいるのを知ったのは、ボクが特殊部隊に配属されてからだ。

いつだって東村は、ボクの一歩先を歩いていた。まるで、ボクの未来を示しているかのように。ボクの目指すべき道を歩いていた。


「which country army?」〈どこの国の部隊だ?〉

目の前の黒人が、アサルトライフルを構えたまま訊ねてくる。

「Korea」〈韓国だ〉

「China」〈いや、中国かも〉

ボクと、相棒の小島は薄ら笑いを浮かべながら答える。本当の事など答えられる訳が無い。そんな事、ボクたちを尋問している黒人だって分かっている。

「You guys are Japanese, aren't you?」〈お前ら、日本人だろ?〉

日本には、軍隊は存在しない事になっている。それこそ、ボクたちみたいなのが公になってしまったら、世界中から非難を浴びるだろう。非難で済めばいいが、おそらく何かしらの罰はあるだろう。それが問題だ。

「말하고 있는 의미를 모르겠다」〈言っている意味が分からない〉

「Hey!!」

怒鳴り声をあげ、周りを囲んでいた黒人の兵士たちが、銃口を小島に向ける。両手両足を縛られ何も出来ない。ボクたちのせめてもの抵抗も、笑って流せるほどの器量が無い男たちに殺されて終わりだ。

「It's your last chance.」〈最後のチャンスだ〉

そう言いながら、引き金に手をかける。

恐らく、こいつらは本気だ。人質は二人もいらない。拷問も、二人より一人の方が楽だし。

ボクは小島の顔を見る。すると、小島もこちらを見ていた。

「すみません。自分のせいで、こんな事に・・・」

「この部隊の隊訓を知っているよな?」

「全ては祖国のために」

「そうだ。帰ったら、俺のパソコンを壊しといてくれ。恥ずかしい動画が沢山はいっているからさ」

最後まで小島は国のために働き、一度もボクを責めなかった。

「Have you got the answer?」〈答えは決まったか?〉

ボクと小島は息を吸い込み、「「You mather fucker ! 」」

ボクと小島の声が重なった瞬間、銃声とともに小島の体が後方に倒れた。

ボクは唇を噛み締め、決して横を向かないよう目の前の男を睨みつけた。もし今、小島の死体を見れば、ボクは自分の体を制御できる気がしない。怒りに任せて暴れまわるだろう。だけどそれは、決して得策ではない。ボクがすべき行動は、何も情報を漏らさず、仲間の救出を待つ。それだけだ。

そして、それから一体何時間が経っただろう。日は何度も沈み、何度も昇った。胃の中は空っぽで吐くものすらなく、血は固まった所から剝がれて、また血が流れた。痛みはとうに感じなくなり、今あるのは睡魔と後悔だけだ。そのせいか、ボクを痛めつける手が止まっている事にすら気が付かなかった。

「グリュック!」

男の汚い涙声で名前を呼ばれたかと思うと、力いっぱい抱きしめられた。

「イースト・・・ ボク、何も喋らなかったぜ」

親指を立てて見せようとしたけど、震えて上手く手が作れない。

「どうしてイーストが?」

「お前が人質に捕られたって聞いて、じっとしていられるかよ」

「ありがとう。助かったよ・・・」

「分かった。分かったから、もう喋るな!」

そこで、ボクの記憶は途切れた。

この任務以降、東村は当時の防衛副大臣の命令でズールというチームを作り、アルファ部隊からいなくなった。



「それが、東村さんと会った最後なんスか?」

「いや。その後、入院の見舞いに来てくれたのが最後だ」

東村が生きていると分かってから半年が経った。それにも関わらず、東村に関する情報が一向に集まらず、捜索も進行していなかった。

この国の精鋭たちが血眼になって探すため、すぐに見つかるだろうと高を括っていた事も否めない。だけど、ここまで見つからないのは、やはり東村だからだろう。

東村と特殊部隊にいた時期が被っているのがボクと近江しかいなく、近江はずっとチャーリー部隊にいて東村とはあまり接点が無かったため、必然的に質問の的はボクになる。

「やっぱり、東村さんのアノ噂って本当なんですか?」

普段、無口な織田ですら興味ありげだ。

「訓練中、京介だけ質問してこなかったから、てっきり興味ないのかと思っていたよ」

「訓練中は、訓練に集中すべきだと思ったから質問しなかっただけです」

だからって、訓練後のシャワー中に質問してこなくてもいいのに。

「あの噂って?」

相変わらず、ボクと近江以外にはタメ口の門田が話に入ってくる。

「小隊長に昇格したばかりの頃、自己判断で行動した仲間のために、上官に拳銃を突きつけたって話です」

懐かしくて、フッと笑みが零れた。

「懐かしいな。その話は本当だよ。と言っても、仲間の勝手な行動のおかげで、ある国の特殊部隊と友好関係を築けたんだけどね」

ニヤニヤと笑いながら、近江がシャワー室に入って来た。近江は、勝手な行動で特殊部隊に迷惑をかけた隊員というのがボクだと知っている。

「でも、そんな仲間想いの人が、金のために国を裏切ったなんて信じられないですね・・・」

悲しそうに呟きながら、織田はシャワー室を後にした。水滴と一緒に床へと落ちたその呟きは、ボクの心を重く沈める。何度、今の織田と同じような言葉を吐いただろう。信じたくはなかったけど、「嘘だ!」と叫び、否定するには多すぎる証拠があった。親友であり、尊敬していた仲間が裏切り者だという悔しさを、ボクは東村を殺す事でしか洗い流せないのかも知れない。

「良いように言うなよ。ただの結果オーライだった癖に」

織田が出て行ったのを見計らって、近江がシャンプーの泡を飛ばしてくる。東村のこの噂が話題になる度に、近江はイジってくるのだ。

「何の話っスか?」

普段は感が悪くて鈍い癖に、こういった話の時だけは目ざとく話に入ってくる。そんな門田に、ボクが近江にやれたようにシャンプーの泡を飛ばす。

「でも、そのおかげで今の彼女がいるでしょ?」

「大吉の事件が無くても、俺は彼女と出会えていたけどな。そういう運命だから」

「ハッ。そんな訳が無いでしょ? 素直に認めて下さいよ」

「認めるも何も、俺は事実を言っているだけだよ」

そんな言い合いをしている横で、門田は「何の話をしているんスか~」と子供のように拗ねている。

近江の彼女というのは、韓国軍の軍医をしているキム・ミョンジンという女性で、なかなかの波乱万丈な恋愛をしているのだが、その話は別の機会で。とにかく、ミョンジンと出会えたのはボクのおかげなのに、近江はそれを認めなかった。

「そんな事より、彼女とは上手くいっているのか?」

「話題を変えないで下さいよ」

「話をはぐらかすって事は、うまくいっているんだな」

そう言って、シャワーをボクに向かって放射して来た。

それを屈んで、パーテーションで防ぐ。

「えっ! ついに、あの中末さんにもようやく彼女が出来たんスか?」

興奮気味にはしゃぐ門田の腕を掴み、「『あの中末さんに』ってどういう事だよ!」と、奥にある浴槽に向かって投げ飛ばした。

「彼女じゃありませんよ。食事に行ったり、お酒を飲んだり、遊びに行ったりするだけの関係です」

「そういう関係を、一般的に恋人と言うんじゃないのか?」

「そんな事を言っているから、特殊部隊の奴は一般常識が無いって言われるんですよ。こういう関係を、友達って言うんです」

パーテーションに掛けてあったタオルを取り、シャワー室を後にする。

「今夜、飲みに行かないか?」

後ろから大声で誘ってくる近江に、「今晩は、友達と約束があるのでパスです!」と返してシャワー室の扉を閉めた。


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