飲みやすい猛毒1-2
「チーム、ズール。近江、他四名。全員無事に帰ってまいりました!」
近江は、目の前に座る芳根に敬礼をする。芳根は〈アルファ〉〈ブラボー〉〈チャーリー〉〈ズール〉全部で四つ存在する特殊部隊を束ねる大隊長である。スキンヘッドで怖そうな顔をしているが、見た目よりは優しい。
「ご苦労だったな。片瀬防衛大臣にはワシから報告しておく。お前らには二週間の休暇を与えるから、ゆっくりと羽を休めてくれ」
「芳根大隊長に、敬礼!」
近江に続き敬礼をして、ボクたちは防衛省を後にする。
久しぶりの休暇に隊員はみんな浮かれている。環境大臣のお忍び外交の警備をして、そのまま休むことなく中東の戦地へアルファ部隊の支援として出向いた。朝早くに、あちらの基地を出たが、時差の影響で日本に到着したのは昼過ぎだった。時差ボケと疲労で、みんな心も体もぐったりだ。
「それでは、自分はここで」
「織田も今日くらい一緒に飲もうよ。今日は俺の奢りだよ?」
「いいえ。自分は家族がいるので失礼します」
防衛省を出てすぐに、織田は帰ってしまった。
この連れない男は、織田京介。ズールの中で唯一の公安あがりで、唯一の家族持ちだ。コードネームは〈スタボン〉。意味は英語で〈頑固〉という意味らしい。近江が名付け親だが、ピッタリの名前だと思う。
「えっ! 飲み会があるんですか? 俺、誘われていないんですけど⁉」
「だって、門田が来ると五月蠅いんだもん」
「酷いっスよ! 隊長の事、もう大っ嫌いになりました」
「ハハハ。ごめん、冗談だよ。一緒に飲もう」
「知らないっス! フンッ」
拗ねているのは、門田翔だ。最年少で特殊部隊に入隊した優秀な人材のはずだけど、今のところ優秀な一面は見られていない。一年も一緒に行動して確認できたのは、門田が部隊に入隊したのは何かの手違いだろうとしか思えないほどの馬鹿っぷりだけだ。ズール唯一の狙撃手だが、この男に命を預けるのは少し怖い。ちなみに、地雷処理の件で無線を飛ばしてきたのがコイツだ。自分のコールサインを〈ボス〉と名付けた事からも、コイツの馬鹿さ加減が分かるだろう。
「あの。僕なんかが本当に参加してもいいんですか?」
自信のなさそうに話すのは、佐藤大樹だ。歳は門田よりも三つ上のはずだが、いつも自信がなさそうに話すから、門田とどっちが年上なのか分からなくなる。ちなみに、ゴリラ男でお馴染みの佐藤大地の弟だ。四人兄弟の末っ子で、佐藤大地とは九歳も年が離れている。コードネームは〈ウォーリア〉。兄であり、アルファ部隊の隊長である佐藤大地のコードネームが〈モンスター〉であるため、モンスターを倒すのは、戦士だと近江が命名した。
ボクが所属するのは防衛省直属の特殊部隊で、トップは防衛大臣の極秘部隊。
戦地に赴き、戦闘に参加する、〈特殊派遣部隊〉アルファ。
海外の要人などの警護を主な任務とする、〈特殊警護部隊〉ブラボー。
重要施設や機材などの警備を主な任務とする、〈特殊警備部隊〉チャーリー。
面倒な仕事を押し付けられる、特殊部隊の何でも屋。〈特殊支援部隊〉ズール。
トップは防衛大臣である片瀬となっているが、トップとは名ばかりの無能だ。こんな事を言うと、近江に言葉を選べと怒られてしまうが、実質それらのチームを率いているのは、先ほど出て来た芳根という男だ。特殊部隊員、五十名を従える、優秀な男である事に間違いはない。元々はボクのような特殊部隊出身らしいけど、大出世をしたようだ。
もちろん、どの部隊も国家の最重要機密で、よほどのお偉いさんしかボクたちの存在を知らない。表向きはただの防衛省の役員という事になっているし、ボクたちの部隊は内閣官房の行政機関図にも載っていない。まるで映画の中のような話だろう?
「隊長! 僕はここら辺で解散します!」
ここを戦地とでも勘違いしているのかと思うくらいの大声で、佐藤が敬礼をした。肘や手の角度は完璧だけど、今にも溶けだしそうなほど虚ろな目をしている。
「佐藤隊士、帰還を許可する!」
近江もおどけて敬礼で返す。普段は比較的冷静な近江も、さすがの休暇に羽目を外したのだ。と言うより、羽目を外していない隊士などいなかった。門田は今にもゲロを吐きそうだし、ボクはさっきから地面が揺れて見える。飲み過ぎた事は認めるけど、決して酔ってはいない。特殊部隊であるボクが、酔うなんてミスを起こすわけがない。
佐藤と別れて、三人で駅まで向かう。
「門田。お前、覚えてろよ。罰走を十㎞はさすからな」
この中で一番の後輩である門田が一番酔っており、ボクと近江の肩を借りて歩いている。その上、なにやら楽しそうな独り言まで呟いていたものだから、ボクはカッとなってそう言った。
「中末副隊長は、そんなんだから彼女が出来ないんスよ」
「テメッ」
酔って寝言まで言っていた癖に、なぜかきちんと返事を返してきて、思わず拳を握りしめた。返事の内容も、態度も気に食わない。この前、一緒にナンパした女の子と自分だけ上手くいるからって調子に乗っている。
「まあまぁ。落ち着けよ」
近江が慰めてくれた。
「一人だけ彼女がいないからって、他人を僻むのは軍人として恥ずかしいことだよ」
慰めてくれたのかと思ったけど、そうではないようだ。
「ちょっと待て。一人だけってどういう事?」
バカにされた事よりも、その事の方が引っかかった。
「あれ? 知らなかった?」
織田には嫁が。門田にはナンパして出来た彼女が。近江には、韓国軍との合同作戦で知り合ったキム・ミョンジンという軍医の彼女がいる。だけど、佐藤は独り身のはずだ。
「佐藤は? あいつだけは味方だろ?」
「まさか。佐藤は一番の裏切り者だよ。防衛大学校時代から付き合っている彼女が自衛隊にいるよ」
酔いとショックのせいで、目の前がクラクラする。防衛大学校時代からの彼女だって?
沸々と佐藤に対する憎悪と怒りが湧き上がって来た。羨ましすぎる。
ボクなんてナンパしても、食事と一夜を共にしてそれっきりだ。門田みたいに恋人の関係になれた試しがない。
「近江隊長! 武力行使と武装解除の許可願います!」
「目的は?」
「佐藤隊員とコイツの制圧と粛清であります!」
「門田隊員の粛清は認めますが、佐藤隊員への暴行は認められません」
などと冗談を言い、笑い合いながら駅までの道を歩いていると、「気持ち悪い・・・」と門田が肩を揺らし始めた。ボクと近江は顔を見あわせ、門田を抱え上げて近くの公園に向かい走る。こんなところで吐かれては困るし、他人のゲロなんて見たくない。
急いで公園に駆けこもうとしたところで、二人の足が止まった。公園の砂場のあたりで、若い男達が騒いでいたのだ。よく見ると、男達の中央には弱弱しく頭を抱えて亀のように丸まっているオッサンがいる。オヤジ狩りというやつだろう。こういうのは関わらないに越したことはない。
「別の公園かコンビニに行きましょう」
「そうしたいけど、門田は限界そうだ」
二人で逡巡していると、もう我慢できなくなったのか、門田は口の中にゲロを吐いた。外に漏らさないように手で口を押え、何とか飲み込む。そして、公園のトイレに向かって、ボクの制止を振り切って走り出した。
あーあ。と思ったのもつかの間。門田はトイレの入り口付近で振り返ると、「お前ら! 自分よりも弱い相手にそんな事して、情けないと思わないのか!」と、不良たちに喝を飛ばした。
ボクも近江も頭を抱える。夜風と門田の最悪の行動のせいで、少し酔いも醒めた気がする。
こんな面倒事は警察に任せておけばいいのだ。ボクたちは不良を拘束する術も、オッサンを助ける義理もない。それどころか、ボクたちは身分を証明するのが非常に面倒だ。
「なんだテメェは?」
見知らぬ、しかも自分たちとそれほど歳の変わらない若造に注意されたのが気に食わなかったのだろう。不良たちの標的は門田に代わっていた。オッサンが這うように逃げ出しているのに、目もくれない。
「俺か? 俺はな・・・」
「門田ッ!」
酔って自分の職業や機密事項をバラしかねない状態に、慌てて注意をした。特殊部隊に所属していると言ったところで信じないだろうけど、もしもの事がある。
「あ? テメェらもコイツの仲間か?」
ボクが大声で注意したせいで、不良たちは公園の入り口にいたボクたちの存在に気付いてしまった。
「一応、仲間だけど・・・」
「だったら舐めた口きいた事を後悔させてやるよ」
「そうだな。無関係の癖に偉そうなことを言ってきたら腹立つよな? よし。そこにいる奴はボコボコにしてくれて構わないぞ」
そう言って門田を指さすと、「そんな事を言うなよ」と笑いながら近江が注意してきた。
ボクとしては本心だったけど、近江は門田を助けるみたいだ。拳銃やナイフなどの凶器は持っていないものの、不良たちの中には金属バットや木刀を持っている奴もいる。
門田みたいなやつは、一度痛い目を見ればいいと思うのはボクだけなのだろうか?
「今のうちに手を引いた方がいいよ。そうすればウィンウィンだ」
そう言いながら近江は門田の隣まで歩いて行く。仕方が無いから、ボクも近江の後に付いて行った。
「は?」
「僕たちは今見た事を通報しない。君たちは下手に暴れなくて済む。ほら? ウィンウィンでしょ?」
この誘いに乗ってくれと心の中で願っていると、不良たちの一人が大笑いした。
「別にお前らがウィンになる必要はない。お前らを通報しようなんて思わなくなるほどボコボコにすればいい。俺達はストレス解消にもなる。俺らの一人勝ちだ」
眼鏡をかけた不良はドヤ顔でそう言うと、眼鏡を押し上げた。不良の中で少し賢いからって、自分の事を参謀か何かだと勘違いしているのだろう。イタい奴だし、こういう奴が一番腹が立つ。コイツの一言のせいで、不良たちは完全にやる気満々だ。
「お前らなんか、隊長たちに敵う訳ないだろう」
門田はそう言うと、「後は任せました。俺はもう限界です」とトイレに走って行ってしまった。
門田には本当に腹が立った。不良たちと一緒にコイツをボコボコにしてやりたい。そして、二週間に一度のスパンで思い出すくらいのトラウマを植え付けてやりたい。
「何だよ、逃げてんじゃねぇよ!」
トイレに駆け込む門田を見て、一番手前にいた奴が襲い掛かって来た。手にベコベコになった金属バットを持っている。それを大きく振り上げ、ボクに向かって振り下ろそうとした。ボクは軽く躱して押さえつけて終わりだと思っていたら、ボクがバットを躱した瞬間に、隣にいた近江が不良の顎を思い切り殴った。殴られた不良は、気持ちよさそうに倒れる。綺麗に顎に入ったため、スッと気絶できたのだろう。
だけど、これで戦闘は避けられなくなった。
怒った不良たちが虫のように群がって襲い掛かってくる。さすがにこの人数相手に素手は厳しいので、さっき近江が倒した奴が持っていた金属バットで迎え撃つ。
「大吉、それを俺によこせ」
不良たちを返り討ちにしながら、ボクの持っている金属バットを要求してくる。
「嫌ですよ。近江さんは、近接格闘技のプロでしょ?」
「プロじゃないよ。これは隊長命令だ。はやく!」
「今は任務外です。命令は聞こえません」
「ヤバいって。やられちゃう!」
大騒ぎしている近江を無視して、近くにいる不良を黙々と倒していく。ヤバいヤバいと言っているくせに、道具有りのボクと同じくらいのペースで倒して行っている。さすが、若くして特殊部隊の隊長になっただけの事はある。アルファチームの佐藤が日本のドウェイン・ジョンソンならば、近江は日本のジェイソン・ステイサムだ。
あっと言う間にお互い残り一人と言う所まで不良たちを倒し終わった頃、今までどこに隠れていたのか、近江の後ろの茂みから一人の不良が飛び出してきた。手にはナイフを握りしめていて、思いつめた顔をしている。そのまま、近江に向かって突進して来た。
ボクは近江を押しのけて、ナイフを左手で払い、空いた脇腹に向かってバットを振りぬいた。
「ヤバい・・・」
バットが不良の脇腹に当たった瞬間に、やってしまったと理解した。軽く当てるだけで撃退してきたのに、咄嗟の事や酔っているという事もあり、距離感を間違えてしまった。バットは脇腹を直撃し、よくて骨折。最悪、折れた骨が内臓に刺さったかも知れない。最後の最後で、相手に大怪我をさせてしまった。
「いや~。洪水のように出てきました。この下郎共にぶっかけてやりたかったっスよ」
空気の読めない声で、門田がトイレから出て来た。ボクたちとは正反対に、清々しい顔つきをしている。
「どうしましょう? 通報しますか?」
大声で痛がっている不良を見下ろしながら、近くの水道で手を洗っている近江に訊ねる。
「最後の最後にやっちゃったな~」
両手の水を払いながら、ボクの元までやってくる。その仕草があまりにもキマっていて、めちゃめちゃ格好よく見えた。
「これって、さすがに報告書案件ですよね?」
「報告書だけじゃなくて、おそらく始末書と芳根さんの拳骨案件だろうね」
自然と大きな溜息が出た。最近、溜息を吐いてばかりだ。
「そう言えば、オッサンは?」
近江に言われて周りを見渡すが、オヤジ狩りにあっていたオッサンの姿はなかった。完全に忘れていたけど、お礼の一言くらいあってもいいのに。
「いや~。洪水のように出てきました。この下郎共にぶっかけてやりたかったっスよ」
門田は無視されたのが我慢できなかったのか、わざわざボクたちの方まで歩いて来て、さっきと同じことを言ってきた。「下郎共」と「ゲロ」をかけているつもりなのだろうが、まったく上手くもないし面白くもない。正直、腹が立つ。
「そう言えば、襲われていたおじさんが、逃げながら通報していたっスよ。だから俺達も、早く逃げましょうよ」
自分でもつまらない事を言っていると気づいたのか、諦めたように口を尖らせ、そこそこ大事な事を口にした。
助けてくれた人を見捨ててまで逃げた癖に、通報はしてくれている事にも驚いたけど、さっきまで吐いていた門田が正常な判断を出来た事の方が驚きだ。
「そっか。それじゃあ、後は警察に任せて逃げよう」
近江に続いて表通りまで走る。終電は既に発車していて、タクシーを捕まえないと帰れない。
喧嘩と逃走で、胃の中はグルングルンになり気持ちが悪い。だけど、頭のどこかで楽しんでいる自分がいた。吐き気に襲われ、始末書や報告書の危機に陥っていても、それでも任務中にはこんな場面に遭遇出来ない。平和でこその幸せだ。
「それで。なぜ民間人に手を出した?」
翌日、防衛省に呼び出されたボクと近江は、怒りで頭が茹蛸のようになっている芳根の前に立っていた。
「サラリーマン風の男性が、不良たちに囲まれて暴行をされていたため、助けに入りました」
近江が答えると、芳根は頭を抱えた。
「それは、お前の判断か?」
「いえ。自分の判断です!」
近江と芳根の目線がボクに向いた。どうしてそんな事を言うのだ。と、近江が目線で問いかけてくる。そんな近江の視線に気付かないフリをして、ボクは話を続ける。
「止めてきた近江隊長の手を振り払って、自分一人で不良たちを相手にしました」
こうでも言わないと、絶対に近江は自分の責任にしてしまう。今回はボクのミスで相手に大怪我をさせてしまった。ボクが減俸でも始末書でも書くつもりだ。
「中末副隊長、それは本当か? 相手は素人とはいえ、十五人近くもいて、その内の何人かは武器の所持もあったそうじゃないか。本当に一人で相手にしたのか?」
芳根の鋭い眼光がボクを射る。
「芳根大隊長。今回の件は・・・」
「近江隊長! 今は中末副隊長に訊ねている。少し黙っていてくれ」
止めに入った近江の言葉を遮り、芳根は視線を外すことなくボクの目を真っ直ぐに見ている。
「自分でも驚くくらいに、覚醒していました。まるで日本版ブルースリー。実写版の範馬刃牙です」
ボクが、おどけた口調でシャドーボクシングをして見せると、芳根も頬を綻ばせた。不意のおふざけに、我慢できなかったのだろう。
その後、誤魔化すように咳払いをすると、「一般人を、しかも不良を多少ボコったくらいじゃ、久々の休暇中のお前たちを呼び出したりなどせんよ」と顔の前で手を振りながら口にした。
ボクと近江は芳根の言いたい事がいまいち理解できず、顔を見あわせる。
「だから、近江も手を出している事くらい、ワシはとっくに知っている」
その言葉を聞いて、安心したように近江が息を吐く。
「それで、ここから本題なんだが、どっちから聞きたい? 二人にとって面倒な知らせと、多くの人間にとって面倒な知らせ」
近江と顔を見あわせる。出来る事ならば二つとも聞きたくはない。ボクは何よりも面倒事が大嫌いだから。面倒事が大好きな人間なんていないのだから、もったいぶらずに話せばいいのに。
近江が小さな声で訊ねてきたので、ボクが「隊長に任せます」と答えると、近江は「それでは、自分たちにとって面倒な知らせから」と答えた。
「お前たちがボコった相手だがな、オヤジ狩りの様子を動画で撮影して、それをネット上に公開する犯罪集団だった。おそらく今回も動画で撮っているだろうから、そこにお前たちが暴れまわっている姿もバッチリと映っているはずだ。お前たちの存在がネット上に出回ると困る。だから、病院に行って撮影していた携帯もしくはデータを消してこい」
やれやれ。頭が痛くなってきた。門田のせいで、まさかこんなにも面倒な事になるなんて。
恐らく、最後まで隠れていた奴が動画を撮る係だったのだろう。そう考えると、大怪我をさせてよかった。スマホを奪うのが簡単だ。
「それで、もう一つの面倒な知らせというのは?」
わざわざ聞かなくてもいいのに、近江は気を付けの姿勢のまま芳根に訊ねる。
「そいつらの過去の動画を漁っていたところ、ある人物が写り込んでいた」
そう言いながら、一枚の写真を机の上に放り投げた。写真は動画の一部を切り取った物のようで、拡大されて見にくいが、ひとりの男が通りの向こうを歩いている写真だった。
「これは・・・」
ボクは写真を手に取ったまま、離す事も、破く事も、クシャクシャに握り潰す事も出来なくなった。背中に冷たい汗が流れ、いろいろな感情が溢れ出てきた。
「これから言う事は、前半は命令で、後半は独り言だ」
そう前置きをしてから、芳根は話始めた。「東村統を見つけ出し、排除せよ。これは明日の朝一で、全特殊部隊に通達される。お前たちズールは、生死を問わない」
芳根は、顔に似合わず優しい男だ。
「大丈夫か?」
防衛省を出て、帰路に着きながら近江が訊ねてくる。並んで歩いているから顔は見えないけれど、おそらく優しい顔をしているのだろう。ボクはどんな顔をしているのだろう。鏡が無いから分からないけど、きっと怖い顔をしているのだろう。
「大丈夫です」
無理やりに作った笑顔は、情けない虚勢と共に落ちていった。
「突然の事で混乱しているとは思うけど、今は緊急性のある問題が出た。五分後に玄関に集合」
優しいけど、任務とプライベートはきっちりと別ける事が出来る。これも、部隊長に必要なスキルだろう。
ボクたち特殊部隊に所属する人間は、政府の用意してくれたマンションに別れて居住している。と言っても、マンション自体はごく普通の造りだ。何かあった時、すぐに分かるようにとの事らしい。
「不良たちが運ばれた病院を知っているんですか?」
「今日の朝一で、門田に探らせた」
「どこですか?」
「警察病院だよ」