6羽:陽炎は幻の如く
(これが……今の俺の全てだ……!)
”黒点”を囮に使った、"日輪"での拘束。もしくは拘束からの発火。それは一度嵌ると抜け出せない、延々と続く炎地獄だ。
大智は幾度となく重ねた恭介との組手の中で、当初切り札は”黒点”になると睨んでいた。先ほどは恭介の判断の早さもあって不発に終わってしまったが、何度も同じ方法で逃れることはできないだろう。
この技能は、一定時間「見つめた対象」に消えない炎を灯す。
物体であれば耐久値を元に、生物であれば生気を元に燃え盛る。元が0近くになるとようやく炎は消えるが、人間ではほぼ動けなくなるほど衰弱し、物体ではちょっと叩いたり、触ったりするだけで壊れるほど脆くなる。
決まった場合、限りなく優位になるし、耐久戦に持ち込めば勝ち目も出てくる。
最初頃の組手では、全く恭介の動きを捉えることができなかった。そのため、そもそも使える機会がなかっただけなのだが、ビジョンが見えてからは意図的に隠し、ここぞというときに使おうと決めた。
ただそれでも相手は恭介。戦闘経験もさることながら、反応が恐ろしいほどいいのだ。
こちらの攻撃の出所が分かっているかのような反射速度。後ろに目がついているのではないかと思うような隙の無さ。いずれも恭介の強さの一つと言ってもいいだろう。
発動に要する時間はほんの数秒。
だが狙いを勘付かれでもしたら、披露する前にその機会を失いかねない。故に念には念を入れ周りを炎で固め、身動きできない状態に持ち込むことを考えた。
ただ不安視される部分もある。
それは”黒点”の効果が即効性ではないこと。強力ではあるが、効果が完全に発揮されるには幾分か時間がかかる。恭介と戦うにはできればもう一つ、武器と言えるものが欲しい。
現状使える技能は”隆々焔"、”日輪”、”黒点”の3つ。
内二つはすでに目いっぱい組手内で使っていて、裏をかけそうな気はしない。何か手はないか……。行き詰る大智だったが、恭介からのアドバイスを思い出す。
『戦い方に行き詰ったときは、一度原点に立ち返るといい』
原点、つまり能力そのものと向き合うということ。
能力の発現と同時に能力の使い方や効果などは自然と頭に入ってくる。能力者はそこをあまり深く考えないために、技能の使い方や可能性に蓋をしてしまっているというのだ。
そこで改めて確認し、絞り出したもう一つの武器。
それこそが『”日輪”を相手に使い、拘束する』という方法だった。大智は知らず知らずの内に、ただの防御技能だと思い込み、それ以外の使い方を模索するということすらしていなかったのだ。
そして、これは今までの使い方から見ても、恭介にも予測ができない一手になる。
迫りくる熱の輪っか。
まだ恭介との距離は少しある。だが大智に接近するほどには余裕がなく、迎え撃つにはもどかしい。実にいやらしい距離でもあった。
序盤の組手ではなんなく崩してきた”日輪”ではあるが、特性上ある程度攻め続けないと壊れない。その上に、今は警戒しないといけないあの青炎もある。
飛んで躱すという手もあるかもしれないが、もし対象者を中心に展開されているとしたら。そうなれば回避も不発に終わる可能性が高い。
結局迎え撃つしかないわけだが、大きさを自由に変えられるという点でも厄介だ。
大智とて、虎の子の防御壁を攻撃に使っている。決して楽観して臨める局面ではない。だが追い込まれているのは間違いなく恭介だった。
「おいおい、これいよいよ決まっちゃうんじゃないか」
「ふーん……ここまで切り札をしっかり残してたのね。誰かさんと大違いね」
「毎回ディスりを入れる制約でもあんの、ねぇ」
外野も局面が終盤に差し掛かってきたことを察し、一段とやかましくなる。今は氷使いが作った即席の足場に複数人陣取り、斜め上から覗き込むようにして見ていた。
判断を迫られた恭介だったが、意を決したか一直線に駆けだした。
そういずれにしろ躱すということが難しいのであれば、それをケアしつつ、大智に刃を突き付けるまで進み続けるしかない。恭介の動きを見て取った大智も覚悟を決める。
二人が接触するまでに、まず確実に”日輪”が恭介を捉えるはずだ。
そこに”黒点”を合わせ、優位を確実なものにしたい。
その一瞬だけは逃すまいと、下手に動かずタイミングを計る。速度を緩めないまま火の輪っかの幅が狭まり、いよいよ恭介と接触する――
「いやー、すげぇいい組手だったな」
「確かに仮服とは到底思えない濃い内容だったよ。俺達もうかうかしてられないな」
「組手でそこまで熱くなるなんてばかみたい……でも面白かったわ」
「おー、お前が人褒めるなんて珍し……痛い!」
やんややんやと周りを取り囲み、好き放題言う戦闘班の面々。
恭介は適当にもみくちゃにされるがままだったが、大智は素直に称賛を受け止められる状態ではなかった。
なんで……何がどうなって……俺は負けたんだ……!?
考えがまとまらない。粘って粘って、最後は優位な状態にすら持ち込んだはずだ。ただ気づけば後ろから、刃を突き付けられていて。
「大智」
「あっ……」
輪から抜け出てきた恭介から声がかかる。
掴みかけていた勝利への道筋がするりと消え動揺する大智は、返す言葉をなかなか紡げずにいた。
「能力の使い方、上手かったぞ。今日はもう休め」
「……! ……はいっ!!」
大智にとって、恭介は見方によっては一番身近で、遠い存在だ。
埋めがたい戦闘経験の差は感じるが、恭介すらこれで入所から1年ちょっとの新人に近い立場。まったく末恐ろしい世界に足を踏み入れてしまったものだとつくづく思う。
ただ恭介にまともに褒めてもらったのは初めてかもしれない。
決して言葉数は多くはないが、伝えるべきことはしっかり伝える。そんな武骨ながら優しい先輩の後姿を見送りながら、大智は深々と頭を下げるのだった。