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SHADOW BIRD  作者: 下野 遊々
1章.闇討ち烏は闇夜に嗤う
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5羽:見つめなおす先に

 恭介と大智の組手は、長期戦の様相を呈してきた。


(貼り直しのペースも掴めてきた……後は……!)


 “日輪(サンリング)”の耐久値と相手の攻撃力を計算に入れることで、今までの組手よりかは遥かに粘れている。もちろん瞬時に張りなおせたり、無限に生み出せるわけでもない。ただその隙は炎を展開し、うまく攻め込む隙を与えていない。


 大智の学習能力と観察力が実ってきた形だ。


 いくら能力が強くてもそれを活かせなければ意味がない。そういう意味で大智は非常に優秀だった。ちらほらと外野でも称賛の声が響く。


「あいつ仮服だけど、さっさと引き込んだほうがいいんじゃないか」

「少なくともあんたよりは使えそうね」

「俺の扱いひどくない?」


 さらに粘ること数分。


 炎の熱気の中、ぎりぎりの攻防を繰り広げている両者だが、状況は大智が有利。ただ体力面では恭介有利に見えた。


(運動量的には恭介さんのほうが動いてるはずなのに……!)


 大智の動きは基本的に”日輪”に防御を任せ、中距離からの炎操作での攻撃がメインだ。あまり自分から動き仕掛ける意味はない。対する恭介は接近戦メインであり、炎を掻い潜りながら”日輪”の牙城を崩し、一撃を入れなければならない。


 それでも涼しい顔で気を窺う恭介には、安易には覆らない戦闘経験の差を感じざるを得ない。今や大智のほうは汗だくで、限界が近いのもきっと見切られているだろう。


(現状維持じゃ負ける……一撃入れるためには、あと少し……!)


 大智の体力の限界が近い。


 恭介の攻撃の勢いは最初から変わらないが、自由に動き回れるスペースも少なくなっている分、体力の落ちた大智でもなんとか踏みとどまっていた。今やスペースの一角が火の海と化した演習場。淀みなく動き回っていた恭介の足もやや止まりがちになっていた。


 そして、いつしか壁際に追い込まれていた恭介。


 左右を炎に囲まれ、初めて明確に足が止まる。それはまさに大智が最初から狙っていたシチュエーションであった。


(ここしかない……”黒点(ステアファイア)”発動!!!)


 恭介を真正面に見据える大智の右目に青白い炎が宿る。すると凝視された恭介の右肩に青い炎が燃え盛った。


 今まで大智が使っていた炎は技能”隆々焔(フレイムビット)"によるもの。


 自在に高火力の炎を操る『紅焔(プロミネンス)』の中でも基本且つ主力の技能ではあるが、自身の近い距離からしか発動できないという制限があった。


 対して”黒点”の場合、発動条件は「対象を凝視する」という1点のみ。


 ただ正確に狙いを定めないと発動できない。そのため確実に恭介の足を止めることができるこの環境を、ただひたすら我慢して作り上げたのだ。


「……!! ……まだ技能を隠し持っていたか!」


 面を食らったのは恭介だ。


 ”日輪”の防御性能と、戦い方を覚えだした大智の学習能力の高さに後手には回っていたものの、身体能力の差は歴然。深追いしなければダメージを負わない自信はあった。


 予想外には粘られたものの、耐久戦になっても問題はないと思っていた。その中で今自身が受けた新たな大智の技能。燃え盛る右肩を見て、衝撃と同時に大智への認識を改める。


 突如強力な能力を授かり、浮かれて取り返しのつかない事態を引き起こす。


 自虐的な気持ちもあったのか、そういう人間に対し恭介は一種の嫌悪に近い感情を持っていた。大智への認識もそうであり、任務上教育係になったとはいえ、必要以上の接触は試みていなかった。


 それでも浅い付き合いながら、少しずつ分かってきたこともある。


 大智の能力に対する姿勢は真っすぐで、演習においても一度も手を抜くことはなかった。なまじ最初から強い能力を持っていると、それだけで他者を見下し、まともに向き合おうともしないこともままある。


 体力作りはもちろんのこと、慣れない能力を使いこなすために、必要以上に追い込みもした。能力に目覚めたばかりの新人にはきつかったはずだ。


 まだ実戦にも出ない仮契約の身ではたいした給料も出ず、それすらも借金返済に消える。自分が招いたこととはいえ、なかなか腐らずにやり通すのは簡単ではない。


 そして今、恭介の教えから己の能力を冷静に分析し、各上の相手に一矢報いて見せた。駄目元でなんでも試すのも一つの手であるが、仮に上手くいってもそれは偶然であり、今後の成長には繋がらない。


 大智は安易な誘惑に飛びつかず、耐えて耐えて、自分の手で壁を越えて見せた。


「大智……お前はすごい奴だ」


 ぼそっと呟いただけではあったが、大智の耳にははっきり届いていた。


 してやった状況ではあるが、まだ決着はついていない。一撃を入れるという目標は達したが、まだ恭介は止まらないだろう。最後の力を振り絞り、次の一手に繋げる。


 恭介は驚嘆と称賛の念を込め呟いたのち、己の状態を見極める。


 青白く燃え盛る自身の右肩。


 大智の右目が同じ色の炎を纏っていることから、発動条件は「見ること」だろう。今まで使ってこなかったのは、確実に攻撃できる機会を探っていたため? ほかの条件もあるのかもしれないが、今はそこを深く追及している場合ではない。


 今の状況を作り上げることこそ、大智が一貫して狙っていたことだ。


 つまり今受けている技能が、切り札ともとれる。不思議と熱さは感じない。なんなら周りを囲んでいる炎の熱気のほうが強いぐらいだ。熱さを感じない炎、いったい何を燃やしている……?


 思考加速から再び停止。


 現時点で能力の推測はできても、答えに行き着くことは難しい。頭の中で考えを巡らせている僅かな間にも、右肩からじわりじわりと燃え広がる幅は広がっている。まずはこれをどうにかする……!


 僅か数秒の間に出した結論を実行に移す。


 それは至ってシンプル。燃える範囲を広げないために瞬時に上着を脱ぎ放り投げることだった。幸い体には燃え移っておらず、床に落ちた制服の上着だけが、じわじわと燃える範囲を広げるのみだった。


(能力をやり過ごせたかは定かではないが……動けるうちに本丸を叩く!)


 左右を炎に囲まれている以上、通路は真正面に立ちはだかる大智への一方通行。


 ”日輪”の防御性能は優秀だが、逃げ道がない以上こちらも覚悟を決めねばならない。近接戦闘ではそこさえどうにかすれば、分はあるはずだ。腰のホルスターからもう1本の剣を引き抜き、突撃態勢を整える。


 先ほどの炎が連射がきいたら。左右から、もしくは正面から炎が押し寄せたら。


 壁際に追い詰められているだけに、不利な状況は否めない。いずれにしてももう押し切るしかない。大智を改めて正面に捉え、突撃に移ろうとした中で、何か違和感に気づく。


 青白い炎への対処のために、恭介の意識と視点は一時大智から離れた。


 その僅かな間ではあるが、これまでの戦闘の中で唯一大智が優位を取った時間。その時間に大智は何をしていた? 今正面に立つ大智は、右手を正面に構え同じ位置に佇んでいた。


 先ほどと違うのはその態勢だけ、いや何かが……。


「縮め!!!」


 吠える大智。先ほど感じた違和感の正体とともに、大智の行動の意図が電撃のように頭に流れてくる。


 大智の周りに”日輪”がない!!


 機動力を持たない大智にとって、”日輪”は生命線であり、これまでの攻防でもわかる通りその維持には細心の注意を払ってきた。追い込んだとはいえ、わざわざ自分のリスクを不要に上げる手段は取らない筈だ。


 つまり、今大智の周りに”日輪”がないのは――


 己に急速に迫る熱の輪っか。それは恭介を中心に大きめに展開されていた。周りの炎にもカモフラージュされており、全く攻撃されていたという意識すら持てなかった。


 あの青白い炎が恭介の足止め兼、余裕を奪うためのものだったこと。“日輪”が大智以外にも使え、大きさの制御ができるということ。手札を隠し、切り札をも偽装し、最後の最後、一矢報いるだけなんてとんでもない。


 全ては恭介を”日輪”で拘束し、明確な勝利を掴むため……!



 驚愕に目を見開く恭介に、今まさに大智の渾身の一撃が迫ろうとしていた。

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