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SHADOW BIRD  作者: 下野 遊々
1章.闇討ち烏は闇夜に嗤う
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3羽:暗躍烏は悪夢を囁く

「【(からす)】……?」


 怪訝な顔をする恭介に、今度は大和も訝しげな視線を送る。


「支部長お抱えの情報屋って話だがな。俺はむしろ支部長お気に入りのお前がそのことを知らないことに驚いてるよ」


 主に偵察班との接点があるという【烏】という人物だが、直接会った人はほとんどいないようだ。


 それでも権限としては支部長直下。偵察班の班長を務める大和よりも高い。


 実際にこれまでも幾度か【烏】からの伝令はあったようで、その都度、偵察班総出でもなかなか揃えきれない正確な情報の元に、行動方針は組まれていたらしい。


「とは言ってもな、今回は今回で少し特殊だったんだ」


 大和はため息交じりに手元に引き寄せた端末を操作し、今回の操作の詳細なデータを恭介に見せる。中には動画で撮られたものもあり、凄惨な現場が映っていた。


「それ撮ったの今日の午前だからな。甘菜ちゃんに送ってもらって行った場所だが、ひどいもんだろう」


 現場は町はずれにある工場のようだ。


 すでに鎮火されているようだが、撮影場所では建物の痕跡すら完全に失われており、ところどころには地面がえぐれたような跡さえあった。


「【烏】が焦るほどの危険性は確かに感じた。ただの放火や低ランクの能力者じゃここまでにはならないからな」


 実際にこれほどの能力であれば、推定でもランクAはあるだろう。


 一番の脅威としてはSランクが上げられるが、これは基本的には例外扱いとなるため、実質能力ランク的に最高峰の脅威と言えるだろう。今回は対象が人のいない施設だったが、これが人に向けられでもしたら……。


 改めて認識を共有した恭介は大和に続きを促す。


「【烏】が首を突っ込んでくるのは、決まって相手が高ランクの能力者の場合だ。それでも今までは詳細な情報提供はあったし、作戦的にも十分各所との連携をもって臨めば、重傷者を出さずに対応できていた」


 ただな、と言葉を区切り一呼吸整えてからまた話を続ける。


「今回まだ偵察班が対象者を絞り切れてない段階で、日野 大智の情報を掴んでいたのは流石だよ。ただ肝心の能力の情報については、発火能力らしいことと現場確認での痕跡からしか探れなかった。その状態で即捕獲に動くのは、リスクが大きすぎる」


 お前が指摘した通り、と付け加え大和は再び椅子にどかっと腰を下ろした。


「つまり、そのリスクを押してでも日野 大智の確保を急ぐ必要が【烏】にはあった」


 話を聞いていた恭介は、大和が言わんとしていることを正確に読み解く。


 理解が早くて何よりだと、頷く大和。結果としては、日野 大智の確保は成功し、被害の拡大は防がれた。工場現場の惨状を見た後では、そのリスクを取ってでもすぐに確保に動くというのは分かる。


「大和、【烏】と実際に会った人はほとんどいないという話だったが」

「ああ」

「……今回の件で実際に【烏】と話したか?」


 今度は恭介の言わんとしていることを大和が探る。


 とはいえ、その質問は大和が求めていたものでもある。概ねその答えも予測できているであろうが、大和は丁寧に言葉を返す。


「ああ。実際野放しにはできないとしても、その時の情報だけでそんな危ない橋は渡れない。これでも班を預かっている身だからな。無理やり呼び出して、やり方を考え直させようとした」


 普段ほぼ一方通行の緊急回線があるらしいが、今回は大和の呼びかけに応じたらしい。部下数名を連れて、会議室に向かうとそこにはすでに【烏】がいた。


 その呼び名通りというか、顔には鳥を模したような尖った仮面を付けており、その仮面のみならず、全身が黒に染まっていたらしい。あれはまず人間には見えなかったなと、大和はおどけたジェスチャーをして見せた。


「詰め寄った俺に言い放った言葉はこうだ。『奴を無抵抗で捕まえる方法がある』」


 【烏】は日野 大智を無抵抗で捕まえるすべを持っていた。


 ゆえに戦闘班への要請も必要なかったし、確保を急ぐのに何の躊躇いもなかったと。


 実際に確保された場所は、能研とそれほど離れた場所ではなかっただろう。つまり、人通りもそれなりにあった。能力範囲的に通行人を巻き込む可能性もあっただろうが、逆に周囲の人間を逆手にとって動きづらい状況を作り出した……? いや……。


「無抵抗……まさかとは思うが」


 恭介の言葉に一瞬逡巡しながらも、吐き捨てるように大和がその時聞いたままの言葉を紡ぐ。


『妹と一緒にいる時を狙え。奴は何もできない』


 がたんっと椅子が後ろに倒れる。


「……お前が感傷的になるのも珍しいな」


 自虐的に呟く大和に、少し冷静さを取り戻した恭介はばつの悪い顔を返すしかなかった。


 大和とて抵抗はあったはずだ。危険な能力者を捕獲するのに、誰も傷つかないのであればそれが一番いい。いや、身体的なケガなどは確かになかっただろうが、心に大きな傷を負ったものがいる。


 普段通り、仲のいい兄と出掛けた日に、突如その関係を引き裂かれた子がいる。日野 大智の危険な行動があったとはいえ、その妹まで巻き込む必要などなかったのだ。


「……その妹だが、今ロビーで甘菜と一緒にいる」

「そうか……」


 ただいずれにせよ決断はしなければならなかった。


 何もかも全て丸く収まる方法があれば苦労はしない。結局は様々なものを天秤にかけ、そちらを選んだだけなのだ。


「妹の件についても、こちらで引き取ろう。なに、今は日野 大智も大人しく取り調べに応じているし、面会の許可自体は出るだろう。巻き込んで悪かったな」

「いや、こちらこそ中途半端に首を突っ込んでしまった。すまんが、後は頼む」


 軽いやり取りを交わし、話を終わらせる。


 話し込んだせいか、そこそこ時間も立っている。甘菜にも迷惑をかけてしまった。そして件の妹にも。


 犯した罪がある以上、簡単にお兄さんを返すという訳にもいかないだろう。ただ一度面会できれば多少の気持ちの整理はつくはずだ。何より今は兄からの言葉こそ彼女には必要だろう。


 後味の悪さをぐっと押し込み、恭介は部屋を後にした。



 *



 その後、連絡のついた日野のご家族とも話をすることができたらしい。


 ご両親は息子が能力者だということも知らず、ただ驚いていたと。日野 大智自身は全面的に犯行を認めている。能力に目覚めたのもここ最近で、目覚めた能力でどこまでのことができるか試さずにはいられなかったそうだ。


 4度目のボヤ騒ぎの際、予想以上に火の手が上がってしまったらしい。


 通報だけした後、恐ろしくなりしばらくうちに籠っていたところ、妹が心配して気分転換にと連れ出してくれた。そんな折に偵察班とかち合ったのだから、ある意味妹が巻き込まれたのは、必然だったのかもしれない。


 あの後、日野兄妹については、面会も無事できたようだ。


 兄からの説明と説得があってか、妹は両親と一緒に家に帰って行った。後日改めて訪れた日野の両親には、今回の被害請求や、本人の処遇についての話があったようだ。


 工場地帯が半壊したとなれば、その額も莫大。だが、能研からすると日野 大智には利用価値があった。何せ推定ではあるが、最上位に位置するランクAの能力者だ。是が非でも押さえておきたい。


 また他の能研所属の高ランク能力者は、大抵曲者揃いで非常に扱いづらい。その中で負い目を利用する形にはなるが、扱いやすい彼の存在は能研としては歓迎すべき対象だった。


 結果目論見通り、身柄としては能研預かり。


 日野の両親は最後まで息子をかばっていたが、日野 大智自身の意思もあり、働きをもって、借金を返していくこととなった。



 そしてなんの縁か、配属された先で教育係を命じられたのは恭介だった。

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