2羽:くすぶる火種
「……さて、そろそろ聞いてもいいかな。お名前は?」
「……霞」
「霞ちゃんかー。教えてくれてありがとね」
少女が落ち着きを取り戻した頃、能研のロビーに移動した3人は、ようやく話の本題に入ろうとしていた。
霞と名乗った少女は、まだ10歳の小学生だ。丁寧に肩口で揃えた髪型に、右上で少しサイドテール上に髪を縛っているのが可愛らしい。
少女の話によると、彼女には年の離れた兄がいて、今日も一緒に出掛けていた。そこで黒づくめの集団に突如囲まれ、兄が連れ去られてしまったらしい。
途方にくれながらも、なんとか同じ制服の集団、つまりは能研の所員を見つけた少女。それから兄を取り戻そうと抗議していた、というのが玄関でのやり取りになる。
「うーん、何かの事件に巻き込まれた可能性もあるのかも。お兄さんのお名前は……」
「……」
多少落ち着きを取り戻した少女だったが、まだ不信感があるのか、兄の情報はなかなか話そうとしない。甘菜がなんとか話を聞こうとあれやこれやと話題を振ってはみているが、少女からそれ以上の情報は聞き出せずにいた。
「日野 大智」
「……!」
うつむき気味だった少女の顔が反射的に上がる。甘菜の後方に控えていた恭介からの言葉に、思わず反応してしまいその表情が曇る。
「お兄さん、大智さんって言うんだね……恭君?」
「今日の記録を見直して、確認を取っていたんだが、ビンゴだったようだな」
「お兄ちゃんを返して!!」
席を立ち、感情的になり叫ぶ少女を甘菜が慌ててなだめる。恭介は表情を変えず、手元の端末を確認しながら、淡々と調べた情報を読み上げる。
「日野 大智は能研が身柄を確保している。容疑は能力行使による器物破損」
「恭君……!!」
「幸い人への被害は出ていないが、簡単に返すわけにはいかないだろうな」
「そんな……お兄ちゃん……」
うなだれる少女に寄り添う甘菜は何か言いたげな顔を恭介に向けるが、彼は表情を変えない。
「向こうの様子を確認してくる。甘菜、しばらく頼めるか」
「……うん」
霞をこのまま一人にするわけにもいかない。甘菜は今はただ一人、孤独な少女に寄り添うしかなかった。
*
「ん、お早い到着で」
「状況を教えてくれ」
別室にて待機していた所員に、恭介が話しかける。
「状況も何も報告書通りだよ。最近のボヤ騒ぎの件、甘菜ちゃんと一緒にいたなら聞いてるだろ?」
「一連の騒ぎの実行犯、それが日野 大智という訳か」
無言で肯定を返した所員は、端末を操作し改めて状況を説明する。
今月に入って確認されたボヤ騒ぎが4件。
いずれも1区内での事件のため、同一犯として調査。能力感知により、発火能力者の関与を前提に捜査継続。能研データベース上に該当者がいなかったため、届け出のない違法能力者か、能力に目覚めたばかりの能力者と推定。
人気の少ない場所での犯行のため、人や施設を狙った計画的なものではなく、能力の試し打ち目的の可能性が高い。その後、能力感知の能力者を軸に偵察を行い、対象者を補足。
確保の際、日野 大智本人は犯行を認め、大人しく任意同行に従った。
「……妙だな」
改めて受けた説明に懐疑的な反応を示す恭介。説明した所員は何が問題あるのかと不満顔だ。
「偵察から確保までの時間が短すぎる。同行した感知能力者は誰だ」
「俺だよ」
恭介に状況を説明した所員とは別の人物が奥から出てきて答えた。
ピンと立った髪は金髪に染めており、耳にはピアスが揺れている。鋭い目つきも相まって、なかなか近寄りがたい雰囲気を感じさせる男だ。
「大和か」
「何やら俺の調査に不満らしいが、偵察班を敵に回して順当に仕事できると思うなよ?」
大和と呼ばれた青年はぼやきつつ、近くの席にどさっと腰を下ろす。
日野 大智を連行したのは今日の話だ。それまでの調査で疲労もあるだろう、ようやくひと段落したところに文句をつけられた形となり、不満を隠そうとしない。やや強めの口調で牽制し恭介を睨み返す。
「いや、大和の仕事なら不備はないだろう。すまなかった」
「……ったく、相変わらず頑固なのか素直なのか分かんねーなお前は」
一瞬張りつめた空気は霧散し、大和も表情を崩す。
空山 大和。彼は若くして偵察班を束ねる班長だ。彼を紹介するには、能研という組織の在り方にも着目する必要があるだろう。
まず能研には開発部と研究部という二つの部署がある。
能力者絡みの事件に対して、対応するのが能研だが、主にそういった表立った事件に対応するのが開発部だ。
ざっくり言ってしまうと開発部が戦闘特化の能力者を保有する実戦部隊。研究部がその後の処理や、能力とはなんぞやという幅広い観点から能力者を探る、文字通り研究する部署になる。
この二つの部署は役割が全く違い、また能力自体の傾向も異なるためか、仲は控えめに言ってもあまりよろしくない。
開発部は脳筋、研究部は陰気オタク、などと平気で双方から罵る声が聞こえるほどだ。もちろん全ての所員がそうではないが、入ったばかりの所員が察するほどには分かりやすい環境であった。
さて、大和が所属する偵察班だが、開発部に属する班となる。
ほかには戦闘班があり、こちらには恭介が在籍している。開発部の中でも特に戦闘能力に秀でた能力者が集まる部隊だ。
対する研究部には解析班と、情報班がある。
解析班は研究色が強い班となり、非能力者の割合も多い。主に研究部と聞いて、開発部の所員が持つ陰気と呼ばれるようなイメージは解析班に向けられるものがほとんどだ。
情報班は主に開発部のバックアップに回ることが多い。偵察班から送られてきた情報を精査し、戦闘班への指示を出すブレーン的な立ち位置だ。前線で戦えなくなった開発部所員の受け皿にもなっている。
甘菜は情報班に属し、今回の件に関しては、大和とも連携を取って仕事に当たっていた。
「んで、お前が引っかかるのはどこなんだ」
恭介が大和に信頼を寄せるように、大和も恭介の能力を疑わない。
それは何も「能力そのもの」によるものだけでなく、仕事全般に関わる恭介の姿勢、態度、実績を評価しているからだ。
「大和は実際に日野 大智が能力を使ったところを見たか?」
「いや」
「ほかに見たという人間は?」
「それもいない」
さもなし、という感じでさらっと答えた大和ではあったが、恭介の感じた疑念をより深めるには十分だった。
この場合だと、本来偵察班が持ち帰った情報は情報班に送られる。その後対象の能力者の情報を細かく分析し、最善の策を取った上で、抑えに行くのが普通なのだ。
今回は特に、実際に能力行使の場面を目撃したわけでもない。
現場のわずかな痕跡から判断し、即確保に向かうにはいささか性急すぎる。そして、それは慎重な大和が指揮するとは思えない乱暴なやり方だった。
「大和、一つ教えてくれ。誰に、何を、言われた?」
「……ほんとお前には適わないよ」
席を立ち両手を上げ、白旗を上げる大和。
「【烏】から伝令が下った。即刻日野 大智を捕らえるように、とな」