第八話 ガデスとの出会い
ダンジョン内部は、外見とはうって違って洞窟を思わせる造りになっている。唯一の光源はオーディーの持参した松明のみだ。
ダンジョンへと潜り、出てくる魔物を倒していく。当然一人では倒せない魔物しか来ないので、オーディーが先陣を切って進み、弱らせた魔物のトドメを雪がさす、という工程をあれからずっと繰り返している。
必然的に上がっていくレベル。そして現在のステータスはこのようになっている。
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オクムラ ユキ 17歳 男
種族 人間
職業
レベル 5
体力 30
筋力 25
脚力 25
防御力 25
魔力 30
抵抗力 30
能力
適応 魔法適性ゼロ
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あまりに良くない伸び具合に、オーディーや雪さえも唸り声をあげる。
「この調子だと、日が暮れるな。·····うーむ、とりあえず宿屋でも筋トレを怠るな。何もステータスが上がるのはレベルだけじゃない。日頃の鍛錬もステータスが上がるのに直結する。分かったな?」
「はい」
潜る前とは打って違って力なく頷く雪。しかし、このようなステータスなのだ。慧馬たちに近づくことすら叶わないとなると、テンションはいつにも増して下がるのも仕方がないだろう。
とりあえず前もって予約した宿屋にと戻ろうと帰路へつくが、ここで予想外の声が聞こえてくる。
「やばいぞッ! 俺らじゃあ手に負えねぇ!」
それは焦った青年の声。なんだろうと二人で顔を見合わせるが、少し進んだ先にて、その原因が判明する。
男女二対二の割合で構成された四人パーティーが、アラクネに襲われていたのだ。
アラクネとは、巨大な蜘蛛で、洞窟内の壁を伝って縦横無尽に動き回るというとても厄介な魔物である。その状況を見たオーディーが、瞬時に雪には到底視認出来ないスピードでアラクネに迫る。
「お前ら離れろッ! 俺が相手をする!」
「す、すみません。ありがとうございます。おいっ! みんな引くぞッ!」
リーダー格の青年の声に全員が反応する。撤退を完了したのを確認したオーディーは腰に差した剣を抜き、王族剣術の構えをとる。
王族剣術――長い歴史をもつその剣術は、世界最強の剣術とさえ言われ、片手剣の剣術では、未だ負け知らずという。
腰の重心を後ろへと移動し、突きの体勢をとり、睨み合いを続けるオーディーとアラクネ。
その長い睨み合いを先に破ったのはアラクネであった。脚の先にある爪から毒液を分泌させ、瞬時に纏わせる。それをオーディーに向け突く。しかし、それに当たるオーディーでは無い。
「ゼェイヤッ!」
掛け声と共に、オーディーがそれを綺麗にかわし、突き出された脚にへと剣を振り下ろした。
「ギャアァァアアア」
奇怪な声をあげ、アラクネが後ずさる。それを機にオーディーが突撃する。迷いなく突き出された剣は真っ直ぐアラクネの目にへと向かい、一閃、横に薙ぎ払われた剣は、数多くあるアラクネの目を全て破壊した。
「ギャアァァアアアアアア!!」
先程よりも明らかに悲愴の増した声で、アラクネが叫ぶ。しかし、お構い無しにオーディーがトドメをさそうと剣を高々しく掲げ
「オォラッ!」
逞しい声とともに心臓部に向かい、躊躇なく振り下ろす。寸分の狂いなく心臓を確かに貫き、アラクネは一瞬にて絶命した。
その一部始終を見たパーティーと雪は、思わず息を呑み、辺りに静寂がもたらされる。
だがそれも一瞬の事、パーティー全員の歓喜の声が洞窟内に響き渡った。
「す、すげぇ! ありがとうございます!」
「き、騎士団長様ですよね! お会いしたかったです!」
「きゃぁー」
一人を除き、パーティーの人がオーディーにへと駆け寄るがしかし、オーディーの声がそれを止める。
「ほら、お前らここはまだダンジョンだぞ? 喜ぶのはダンジョンを出てからにしろ」
その言葉に、浮かれていた全体の顔が引き締まる。
「とりあえず、俺たちについてこい。ダンジョンから出るぞ」
道中、何回か魔物とエンカウントをしてしまったが、特に危なげなくダンジョンを出た。
そんな彼らを迎えたのは、既に傾きかけた夕陽だった。オレンジ色に淡く光る太陽をバックに先程のリーダー格の青年が深々と頭を下げる。
「先程は助けて頂きありがとうございました。しかもダンジョンで騒いだりと、申し訳ございません」
ダンジョンで声を荒らげだり、騒いだりするのは論外とされる。なぜなら魔物に位置を晒しているようなものだからだ。
しかし、それを理解し、危機に陥らしてしまったと反省する姿は、オーディーにとって好印象を与えた。
「そう、畏まるな。見ればお前らバランスの取れてる、良いパーティーじゃないか。アラクネなんてしばらくすれば脅威じゃなくなる」
「――ッ! ありがとうございます!」
騎士団長様の褒め言葉に、感極まったのか、涙を薄く浮かべる青年。
それにしても、オーディーの言った通り、彼らのバランスはとても良く取れていた。冒険者というのは、普通、職業が良く分かるように服や装備をチョイスしている。
リーダー格の青年は、腰に指している剣と、軽量級の装備からおそらく剣士だろう。他にも、拳士や盾使い。後は先程、唯一オーディーの元へと向かわなかった少女は、魔道士だろうか。深々と被った黒の帽子と、同じく黒のローブ、更には先の方が渦巻いている杖は魔道士のそれと同じだ。
「あ、あの」
不意に、魔道士の少女に呼ばれる。帽子から覗かれる彼女の顔は非常に整っていた。そんな少女にオーディーは「どうした?」と聞く。
「私の妹を一緒に助け出してはくれませんか?」
あまりにも唐突なお願いに、豆鉄砲を食らったように目をパチパチとさせるオーディーと雪。
「私の妹が、ダンジョンに行ったきり帰ってこないんです! お願いです! どうか、どうかッ!」
必死に懇願する彼女に、オーディーは落ち着かせるように背中をさする。
「とにかくおちつけ、な? 順番に話をしてくれ」
少女は、二度三度深呼吸を繰り返すと幾分か落ち着きを取り戻し、ゆっくりと話し出した。
「数日前、妹と喧嘩してしまいまして、突然飛び出していった妹は、直ぐに帰ってくると思っていたんですが·····一日経っても帰ってこなかったんです。必死に町で聞いてみると、それらしき人物が他のパーティーと共にダンジョンに行った、と聞いて·····」
そう語る彼女の顔は暗い。傍からすれば、他のパーティーと一緒だったらダンジョンから帰ってくるかもしれないのに、なぜそんなに必死なんだ? と首をかしげるが、それはダンジョンを知らない者が言うことだ。
ダンジョンでは何があるか分からない、それこそ魔物の餌と化していたりとするのだ。しかも彼女の話だと数日前からということは、確かに心配になるのも不思議ではない。
迷う素振りを見せるオーディーに、リーダー格の青年や他の二人まで頭を下げ始めた。
「無理を承知でお願いします! 彼女の妹――セラをどうか一緒に探してはくれませんか?」
「「お願いします!」」
「お前らは、セラのパーティーなのか?」
「はい、セラ含む五人からなるパーティーで、名前は『ガデス』と言います!」
突然のオーディーの質問にいらないことまで言うリーダー格の青年。オーディーは困ったように雪を見た。元々雪のレベルアップのために来たダンジョンで、正直他の事に割く時間も労力もない。
しかし、予想外の雪の反応にオーディーは驚く羽目となる。
「分かりました。オーディーさんも良いですか?」
「あ、ああ。分かった手伝おう」
まさか了承してくれるとは思わず、ガデスの人達は両手をあげ、喜びを表す。少女なんかは、あまりの嬉しさに涙を流している。
「そういえば自己紹介がまだでした。これから一緒にセラを探し出してくれるのですから、俺の名前はアセムです」
リーダー格の青の短髪をした、少し幼さを残す顔の青年から自己紹介を始める。
「僕の名前はクロ」
「私はロエナです」
拳士がクロ、盾使いがロエナである。そして、魔道士の少女が前へ進みでる。
「私の名前はリリスです。これからよろしくお願いしますね」
燃えるような赤い髪を肩まで伸ばし、同じく、いやそれ以上の輝きを放つルビーのような瞳をした少女だ。ローブの上からも分かる、その華奢な体には似つかない豊満な胸をプルんっと揺らし、お辞儀をする。
「オ、オーディーさんの名前は知ってるだろうから、俺の名前は雪だ。よろしく」
一瞬その胸に視線が吸い込まれそうになった雪は、顔を左右に振り、邪念を振り払う。そして、右手を差し出す。その手に柔らかなプニプニとした肉感が伝わる。
「はい! よろしくお願いしますね!」
オレンジ色の夕日が差し込むダンジョンの近くで、雪は『ガデス』と、燃えるような赤髪と、綺麗なルビーを思わせる瞳をした少女――リリスと出会ったのであった。