第六話 無能
いつもと同じ朝が来る。召喚されてはや一週間。だが、自分の身に襲ってくるダルさは一ヶ月間ぶっ通しで働いたように感じる。
そんな重い上体を少しづつ起こしていくと、目の前には何度見ても見慣れない高級ホテルのような一室が広がっていた。
「はぁ〜」
高級ホテルのような部屋にも関わらず雪はしかし、ため息を吐く。理由は今日が訓練の日だからである。これが、普通の訓練なら特に問題はないのだが、一番の問題は自分のステータスであろう。
「ステータス」
不意に呟いた言葉に反応し、手元に形成されるステータスプレート。そこには自分の無能さが鮮明に表示されていた。
能力
適応 魔法適正ゼロ
魔法適正ゼロ――五大元素が元にされている魔法の五大属性全てにおいてに適正が無い事を指す。
適正がないのはその名の通り、属性魔法が使えないのだ。もちろんそれは、金属性である身体強化でも例外ではなく、腕に纏うと同時に霧散されてしまう。
しかし、慧馬なんかに至っては、魔法についての説明を受けた時には既に派生魔法が出来ていた。風属性は、木属性の派生属性である。それを初見で出来たのはさすが"魔法適正・全"という能力を取得しているだけあると言えるだろう。
いくらレベルアップでステータスを上げられると言っても、生涯のうちで慧馬たちに追いつく事は無理と言っても過言ではない。しかしながら、同時に魔法すら使えないとなると、自然とため息が増えるのは仕方がないと言える。
「はぁ〜」
ギシッと軋むベットから立ち上がり、クローゼットへと向かう。開くと、そこには用意されている訓練服がある。長袖長ズボンで俗に言うジャージに着替え、重い足取りで訓練場へと向かう。
訓練場には、既に他の四人が揃っており、オーディーも今か今かと待っていた。それを確認した雪が小走りで向かい、そしていつも通り訓練が開始される·····はずだった。
「よしっ全員揃ったな! 今日は訓練を行う前に与えるものがある」
どうやら今日は、いつもと違い贈り物があるらしく、全員が頭を悩ます。
「与えるものは職業だ。ずっと不思議だったと思わんか? ステータスに職業欄があるのに空白だった事に。ここキーク王国ではな、そのステータスに合わせた職業を我々騎士団と王族で決め、任命するのだ」
興味深そうに茜と海斗が頷き、慧馬や珠鈴、雪は目元を輝かす。
「最初はケイマだな! ケイマの職業は『北の勇者』だ。みんなを守れるように頑張れよ」
北の勇者――玄武の使いとされる勇者である。防御に徹しており、皆を守る最後の砦とされる。
「次は·····カイトだ。職業は『東の勇者』だな。期待している」
東の勇者――青龍の使いとされる勇者である。魔法戦闘が非常に強く、遠距離では最強格とされる。
「ミスズは·····『西の勇者』だな。お前の素早さにもってこいって思ったんだ。頑張れよ」
西の勇者――白虎の使いとされる勇者である。素早さに長けており、尋常な程の速さから放たれる斬撃は大地が割れるとも言われている。
「アカネは『南の勇者』だ。今後においてお前は重宝されるからな。頑張ってくれ」
南の勇者――朱雀の使いとされる勇者である。その回復力は、ずば抜けて高く不死鳥とも別称される程だ。
職業を言い渡された慧馬たちのステータスには職業が表示される。しかし、この場で唯一自分の名が呼ばれかった雪は困惑気味だ。
そんな雪を励ますようにオーディーが現実を伝える。
「ユキの職業だが、まだ決めかねているんだ。·····なに安心しろ! ちゃんと俺がとっておきを任命してやるからな!」
またしてもかっとガックリと項垂れる雪。しかし、こんな姿を悟られる訳にもいかず、顔を下に向け、込み上げる感情を無理に押し込め、笑顔を作る。
「いえ、大丈夫ですよ! 俺も早くレベルを上げて職業を貰いますから!」
そんな雪の作り笑いに、それに気づいたのかは定かでないが、慧馬が満足そうに頷き、肩を叩く。
「奥村その調子だ! 一緒に強くなろう!」
そんな彼らを見て、何かを思い出したのかオーディーが雪に近づく。
「そうだ。ユキ! お前には西の神殿に向かう許可が下りたんだ! 手っ取り早く強くなるには、やはりレベルアップが一番だからな。もちろんお前一人じゃないぞ! 俺も一緒だ! どうだ? お前にその気があるならそう上層部に申請するが·····」
どうやらオーディーも、雪のためにと色々苦労したらしい。ステータスの弱さはそのまま死にへと直結する。雪を戦場で殺さないためにもオーディーが必死にガシュから取り付けた許可だ。
しかしながら、その提案に雪は直ぐに"はい"とは言えなかった。
「すみません。一日時間を下さい」
一瞬驚くオーディーであったが理由を察し、頷く。
「わかった。後、先に断っておくが直ぐに神殿に行くわけじゃない。ある程度の訓練はしてから行く。その事も頭に入れて置いてくれ」
「はい」
そんな雪を珠鈴は遠目で心配そうに見つめるのであった。
◆◆◆◆◆◆◆
「よしっ今日はここまで!」
オーディーの声が訓練場に余すことなく響き渡る。その声を合図に全員が訓練を止めた。訓練でヘトヘトとなった体を癒すために自室へと足を歩ませる。
提供された部屋はバスルーム完備で、更には魔力液晶という、地球で言うところの液晶テレビまで充実しており、勇者である慧馬たちを極力部屋以外に出さない造りになっている。これは、勇者が狙われる事を防ぐためであり、よって、全てが自室で済ませられるので、一刻も早く汗を長そうと向かっているのである。
その道中
「今日も大変だったね」
「そうね·····治癒魔法意外と難しいわ。イメージがしにくいもの」
「大丈夫だよ。茜ちゃんなら·····私なんかまだ自分の速さについていけないもん。でも頑張んなくちゃね!」
そして珠鈴が笑顔を茜に向けた。だが、ここで茜が珠鈴の笑顔に違和感を覚える。
「なんか、笑顔が暗いわよ? どうしたの?」
珠鈴の笑顔がいつもと違うことを茜が指摘すると、珠鈴はビクッと肩を震わし、目を泳がせ始める。
「大丈夫だよ! いつもと同じだよ。ほらっ」
そして、先程よりもぎこちない笑みを浮かべる。もちろん、それで茜が見逃すはずなく心配そうに見つめる。しかし、数秒間見つめ続けた茜は理由が分かったのか困ったような笑みを向けた。
「もう! そんなに心配なら今日にでも部屋に行けばいいんじゃない? 珠鈴なら背中を押せるはずよ」
その言葉にバレたことが分かった珠鈴が頭をかきながら苦笑いを浮かべる。
「分かっちゃったの?」
「当然よ! ·····さっきも言ったけど大丈夫。あなたを迷惑がることは無いわ」
優しい手つきで珠鈴の頭を撫でる。まるで猫のように気持ちよさそうに目を細め、珠鈴が何かを決心するように「うん!」と元気よく頷く。
「今日にでも行ってくるね! アイツの背中を押してやるんだから! ·····今回は私が変える番だから·····」
最後の言葉は聞こえなかったが、しかし茜は満足そうに頷き、親友を見て思う。
(奥村くんが羨ましいわ。何せ十二年間もずっと想われ続けられているんだから)
そして、遠い過去の思い出を思い出す。あれはそう、今で言う親友と出会った頃、一番最初にかけられた言葉を·····
『どうすれば、男の子をおとせるかな!?』
当時、小学生の女の子が自分にへと向けて言った言葉。何度思い出してもおかしくて、くすりと笑える出会いであったが、何よりも良い一番の思い出である。
そんな過去を脳裏に再生しながら、茜はその親友の背中を叩き、そして最大限のエールを伝える。
「頑張りなさいよ」
そのエールに親友は最大の笑顔で、先程よりも何倍も魅力が溢れた笑顔で頷き返す
「うんッ!」
その夜、夕飯を食べ終わった雪の元に、ふと扉からノックの音が聞こえてきた。なんだろうと、訝しげに近寄ると、鍵がかけられたはずのドアが勢いよく開かれる。
「ゆ〜き! こんばんわ!」
突如開かれた扉に驚く雪であったが、入ってきた人物に落ち着きを取り戻した。
「こんな時間にどうしたの? 四宮」
支給されたパジャマを身に包み、珠鈴が髪を下ろして状態で部屋にへと入ってくる。いつもと違う珠鈴に雪は頬が熱くなるのを感じたが、その素振りを出来るだけ見せずに振る舞う。
「んー? 今日の雪が元気が無いなって思ったからさ。どうしたのかなって」
その言葉に別の意味で鼓動が早くなる。そして、少しの間を空け観念したのか雪がソファに腰掛け、珠鈴を呼ぶ。
ソファの位置はどこの部屋も同じであるからして、必然的に夜空を見上げることが可能だ。ファンタジーな三つの月がそれぞれの輝きで織り成す淡い光に身を包みながら、雪が重い口を開く。
「気づいたのか?」
「もちろんだよ!」
えっへん! と胸を主張しながら胸を張る珠鈴。そのボリュームが無いのが悲しいが、そこにはあえて触れずに雪が話す。
「いや、な。俺のステータスがさ·····」
珠鈴はあの時、周りの騒ぎにつれられて見た雪のステータスを思い出した。
「魔法適正ゼロ·····」
自然と口に出してしまった雪の気にしている事に気づき、急いで口を両手で覆い隠すが、雪は苦笑しながらそれをやめさせる。
「いいよ。別に、あの時言ったようにレベルアップして追いつくさ」
しかしながら、そう語る雪の顔は暗い。それは既に、珠鈴たちに追いつくことが出来ないと分かりきっているからだ。
そんな雪に、珠鈴は一瞬、同情を織りまぜた悲しそうな顔をするが直ぐに立ち直り、疑問をぶつける。
「じゃあ、神殿に行くの?」
しかし、雪の返事は直ぐには出なかった。その理由は珠鈴でさえ察している。怖いのだ。もしかしたら死ぬかもしれないという死への恐怖が雪の判断を鈍らせている。
――本当に俺が行けるのか? 無能な俺が?
無能――それは決して誰かに言われたという訳では無い。
だが、誰もがそう感じている事だろう。本人ですらそう思っているのだから。
「無能なんかじゃないよ」
どうやら知らずのうちに"無能"という言葉が口から出てしまったのか、しかし珠鈴がそれを否定する。不意にかけられた言葉に下に向けられた顔は、バッと珠鈴の方へと向けられた。目を見開き、無能を否定した彼女を黙って見つめる。
「だって雪は、自分が気づかないだけですごい能力をいっぱい持っているんだよ?」
珠鈴の顔は、夜空にある月に向けられている。召喚された日、みんなで話し合った時、脳裏に過ぎった昔の記憶を脳内で再生しながら、珠鈴は語る。
「それは、決して戦いで必要な能力じゃないけど、人の人生を変えられるぐらいのすごい力を持ってるんだよ?」
そして、珠鈴は雪にへと笑顔を向ける。それは陽だまりのような温かい笑みだった。オーディーのような安心感を確かに感じる。
「だから無能なんかじゃない。自信を持って! 雪なら出来るよ! 行かない私が言うのもなんだけど·····でも無能じゃない。雪には不思議な力があるから」
そんな力など、全くもって身に覚えがない雪にとっては、なんのこっちゃ? と首を傾げるが、その笑みによって幾分か苦悩が吹き飛んだような気がした。
「ありがとな、四宮。うん! 明日オーディーさんに言ってくるよ」
そう語る雪の目は、昔見た輝きを帯びていて珠鈴は頬を紅潮させるが、首を激しく振り、その思考を吹き飛ばす。そして、目の前にいる雪に再度、笑顔を見せるのであった。
後に、この行為に後悔するなどとは全く思わずに·····曇りなき太陽のような笑みで·····