第一話 異世界召喚
本編です
それは突然だった。
いつもと変わらない今日というありふれた日を過ごし、今や夕刻に差し掛かっていた。
オレンジ色の夕陽が今日の窓から差し込む。
「クッ、アァ」
2年A組の教室で、窓側に自席を持つ奥村 雪は左腕を持ち上げ、背筋を伸ばす。
授業という憂鬱な時間を終え、気が滅入っているのが主な理由であるが、これから訪れるパラダイスを考えると心が踊る。
パソコンを立ち上げれば、迎えてくれるゲームのヒロインたち。
今から考えるだけで自然とバッグに教科書を詰める手も早くなるものだ。
そんな雪の耳にはガールズトークが入ってくる。
「あ〜かねッ! 帰りどこ寄ってく?」
「え〜と。久々にゲームセンターにでも行きましょうか」
「へぇー、珍しいね。茜がゲーセンに行きたいって言うなんて」
「ふふっ、この前行った時楽しかったのよ。さっ、支度済まして行きましょ。珠鈴」
どうやら、珠鈴が親友である茜と帰り支度をしている時の会話のようだ。
珠鈴と言うのは四宮 珠鈴であり、亜麻色の髪の毛をポニーテールにまとめる少女である。
女子テニス部に所属しており、そこで鍛え上げられた脚部は一部の男子から注目を集める。しかし、その反面胸に栄養が届いていないのか、発育不足なのか貧相なのが本人にとってはコンプレックスだったりする。まぁ、本人であり、他人がどう思っているかは想像にお任せする。
そんな珠鈴は特徴であるポニーテールを揺らしながら、後ろのロッカーへ荷物を取りに行く。
その後ろで困った人を見るように、珠鈴を見つめているのが茜である。
フルネームを七草 茜。艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、キリッとした瞳はカッコイイという印象を与える。
そんな彼女は俗に言う完璧才女で、生徒会長。加えて学年上位を誇る学力。部活は弓道部に所属しており、その実力は大会でも実績を残すほどである。
珠鈴と共にファンクラブまで存在する美少女である。
「ねぇ、そのゲーセンに俺たちも連れてってくれないかな?」
そんなアイドルとも言える美少女たちに不届きな輩がッ!!
──という訳ではなく。黒木 慧馬と言う、一言で言い表すなら〝イケメン〟である。
黄金的比率で揃えられた顔のパーツはもちろんの事、囁かれる甘い声は世の女性を虜にするであろう魅力がある。
人の魅力は外ではなく、内面を見るべし。とも言うが、この慧馬という少年。中身まで素晴らしいのだから非の打ち所がない。
アニメや小説でしか有り得ないほどの圧倒的主人公感。
ヒロインとも言える二人がいるのだから、最早〝ラブコメ〟と評しても良いだろう。そのぐらいの人材がここには揃っていた。
「もちろん良いわよ。でも、一人だけなのかしら?」
「いや、アイツも来るよ。まぁ、今は少し忙しそうだけどね」
そう言って慧馬は黒板の方へ目線を向ける。
そこで掃除をしていたのは佐々木 海斗。
「おーい、海斗! お前もゲーセン行くだろ?」
海斗はわざとらしくはぁとため息をつき、眼鏡をかけ直した。
「君たちは遊ばないと気が済まないのか? まぁ、今日は塾も休みだからこれ以上は言わないけど」
「なんだ? じゃあ海斗は行かないのか?」
「·····行く」
海斗も普通の人だ。ハブられるのは嫌なのだろう。
長めの前髪を揺らし、三人の中へ向かっていく。普段はガリ勉と言われるほどに勉強へ集中するが、今みたいにたまには遊びへ興ずる事もある。
そんなアニメ空間を尻目にいそいそと雪が教室を出ようとすると、案の定引っかかった。
「あっ! どう? 雪も一緒にゲーセンに行く? みんなで行った方が楽しいからさ」
声の主は珠鈴だ。
教室に残っているメンバーで、雪を見つけ声をかけたのだろう。ちなみに、雪と親しげに呼んでいるが、コミュニケーション力の高さ故だろうと雪は思っている。
さて、話を戻すが、今はそんなことより早く家に帰ることが先決である。
しかし、相手はあの珠鈴なのだ。
雪は躊躇うが、足は珠鈴の方へ向かっていた。やはり、可愛いは最強であった。
心の中で二次元のヒロインたちに謝る。
(すまん、嫁たちよ! これは決して浮気じゃない。だから許してくれ!)
長い、長い謝罪だ。しかし、雪にとっては大事なことである。
血涙の幻影を見るほどに必死に謝るその姿を、疑問符を頭に浮かべ見続ける珠鈴たち。
(本当にすまない、背に腹は変えられないんだ)
一区切りついた謝罪の後、ようやく了承の意を示す。
「あ、ああ、俺も行くよ」
若干キョドってしまったが、そんなことは気にしない。気にしないったら気にしないのだ。
後悔の念を押し殺し、四人の輪へ向かう最中、雪は異変にいち早く気づいた。
四人を中心に描かれている幾何学的模様。何重にも重ねられている巨大なそれは何故か自分の元にはなく。だが、危険なものであるかもしれないという恐怖が、雪をつき動かした。
「――ッ! みんな危ないッ!」
四人を〝ナニカ〟から守ろうと必死に手を伸ばすが、瞬く間に光り輝いたソレに雪も巻き込まれてしまったのだった。
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