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第十五話 縮まる心の距離


「と言っても、どうやってダンジョンを出るか」


 そう言って頭を悩ます雪。自分が落ちた穴を思い出すが、しかしあそこはアラクネもといヒトガタの巣であろう。


 さらにあの場所に戻ると意識を保てるのか? という疑問も浮かんでくる。


ダンジョンでは冒険者の死体が転がっているのは日常茶飯事であるからして、まだあの場所にはリリスたちの死体があるはずだ。


 だが、今のところあそこにしか知っている出口はない。


ダンジョン攻略――つまり、ここに眠る白虎の封印を解くというのも一つの手であるが、あまりリスクは犯したくない。


 なので、あの落とし穴を目指して進むとしよう。


当然、あの穴から脱出するための手立てはもう既に考えてある。


 それが現在雪の使っている魔術だ。


「ちょっと、これあんたどんな原理よ!」


 腕に抱かれているセラが叫ぶ。


 しかし、それもそのはずだ。何しろ()()()()()()のだから


「いや、説明したろ? これも魔術だよ」


 そう、これは正真正銘の魔術である。雪風に言えば、さながら


「魔ノ術 五ノ型<蹴空>」


だろうか、その名の通り、空気を蹴って飛んでいるのだ。


 しかし、何度も言っているようにこれは魔術である。厳密に言えば、魔力を蹴っているに過ぎない。


つま先辺りに、魔力の塊を造り、それを踏み台にして蹴っているのだ。


 そして蹴る瞬間、塊が壊れ、青白い粒子が円状に霧散するのが雪的にはツボらしく、愛用している魔術の一つでもある。


「あんた本当に非常識よ?」

「別になんでも良い。お前を守るために作った技だから」


 その言葉に、頬が蒸気を発していることに気づき、激しく首を振るセラ。


(ダメ! こんなやつを信じちゃ!)


 どうやらまだ信じきっていないようだ。しかし、それも仕方がない。


 これには、心が開くまで時間がかかりそうだな、と内心苦笑いし、雪は蹴空を発動させ、急ぐのであった。


◆◆◆◆◆◆◆


 数分後――


ヒトガタの巣を視界に捉えた。


「うっ」


 思わず、雪は呻き声をあげる。それにどうしたものかと、首を傾げるセラであったが、すぐに理由がわかった。


眼前には、惨状と言っても差し違いないものが広がっていたからだ。


「これがお姉ちゃん。笑ってる·····」


 雪がリリスの前で止まり、セラを降ろす。目の前にはリリスの死体。


幸いにも、腐食はまだ進んでなく、笑顔で死んでいるリリスの姿がそこにはあった。


 これを見て無意識に、セラは話し出す。


「私ね、お姉ちゃんと本当の家族じゃないの·····」


 その唐突に語り出したセラの言葉に、雪は黙って耳を傾ける。


「ほら、私獣人でしょ? 種族はね狼人と言って、近距離戦闘や暗殺に長けた種族なの。だからかな、私の家族は標的(ターゲット)として殺した遺族の人たちに殺されちゃったの」


 いくら泣いても、目の前に立つ人間は耳を傾け無かった。


無機質で虚ろな目をこちらに向けたかと思えば、急にその瞳には狂気が孕まれ、自分にへと襲いかかってきた。


「何とかその場から逃げる事が出来たけど、でも家族はみんな殺されちゃって、そんな時にねお姉ちゃんと出会ったの」


 所々に傷がつき、今よりも見窄らしい姿の自分を、獣人で何かと裏がある狼人の自分を、まるで自らの事のように心配してくれたリリス。


 当時、泣くことしか出来なかった自分の頭を優しく撫で、何回も言い聞かせてくれたあの言葉――


『私がお姉ちゃんになってあげるよ、家族になろ? セラ』


 家族――その言葉がすごく嬉しかった。でも、封印されている神様が嫌がらせとばかりに、自分からまたもや家族を奪った。


「とても、優しいお姉ちゃんだった。それからガデスに誘われて、一緒に冒険してきたのに·····」


 止まったとばかり思っていた涙が溢れる。数日前言ってしまったあの言葉――


『お姉ちゃんなんて、だぁいきらっい!』


 なんで、あんな事を言ってしまったんだろう? 頭には後悔しか浮かんでこない。


 まるで自分のように、大切にしてきてくれた唯一の家族と喧嘩したままで――


「こんなお別れやだよぉ、お姉ちゃん!」


 無意識にリリスを抱いた。


だが、しかし肌に触れるのは既に冷たい体温と、硬直した体。


 やっぱり死んじゃっているんだ·····


「あっ·····」


 でも、そんな冷たいはずなのに、人の温もりが、体温が伝わる。


「あいつは、最後までお前の事を想っていた。別にお前の事を憎んで死んでいったわけじゃない」


 優しく自分に語りかけてくる雪。後ろから優しく抱き締めてくれている。


「なら、お前はここで止まっているんじゃなくて、いつか自分が死んじゃった時に、お姉ちゃんにリリスに胸を張っていられるような、立派な人になった方がリリスも喜ぶんじゃないか?」


 犬耳にも似た、狼の耳に吐息のようなか細さで、語りかける。


 でも、でも無理だ。自分にはその資格がない。胸を張れるような立派な人にはなれない。


「無理だよぉ、私にはそんな資格はないよぉ」


 その道を歩むには遅すぎた。何度も逃げてきた。あの仲間だって、家族だって何からでも逃げてきた自分に·····その資格はない·····


「資格なんていらない。重要なのは自分がどう思うかだ。俺はお前を幸せにする。最期にリリスと交わした約束だから·····でも俺にもその資格はない。俺が弱いせいでリリスやオーディーたちは死んだんだ。だからこそ、お前を幸せにしようと()()


 あの時、自分に今のような(魔術)があれば、リリスやオーディーたちを守れた。


だけど、弱かった·····だから自分には幸せにさせる資格なんて、無いのだ。


 でも自分が死んでしまった時、もしリリスやオーディーたちに逢えたのなら、胸を張ってできたよね? と言えるように生きたいのだ。


「何度も言うが俺はお前を幸せにする。それをどう幸せに受け取るのかはお前の自由だ。俺が思う幸せをお前に渡していきたい。だからさ、お前も笑顔でリリスたちに自慢できるように歩いていこうぜ?」


 セラは無意識に頷いていた。


「よし、その調子だ」


 そして、リリスに目線を飛ばす


「ごめんな、リリス。ここから出すことは出来ない。でも、お前に言われた言葉は忘れない、前向きにいこうと思う。約束は守るよ」


  今では遠い昔のように感じる、歓迎パーティー。


あの時教えてくれた言葉を、最期の約束を全てを胸に刻み込み、そして前にへと進む。


「じゃあなリリス。お前の仇はとるよ」

「バイバイ·····お姉ちゃん」


 リリスの顔が、先程よりもいい笑顔になったような気がした。

少し心の距離が縮まったようですね。

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