第十二話 魔術
【西の神殿 深層】
「誰か助けてよぉ·····おねぇちゃん。ぐすん」
目元を擦り、垂れる鼻水をすする少女の声がダンジョン内で響き渡る。
少女の名はセラ。獣人族である。
彼女の容姿は醜かった。ほつれている黒髪、痩せこけている体。装備は所々損傷しており、激しい戦闘をした痕が見られる。
そんなセラは目の前には、先程まで和気あいあいとダンジョン攻略を楽しんでいた仲間の死体、既に頭と体がさよなら状態になっている屍たちが転がっている。
そんな中幼き少女は誰も来ないであろうダンジョンの深層で自分の姉が来ることを願っていた。
【同時刻 西の神殿 深層】
先程の惨状から場所を離れ、雪は一人光一つ入らない瞳を虚空に向けていた。
「と言ったもののセラはどこにいるんだ?」
交わした約束を果たすために、セラを探そうと歩き出したはいいもの、何処にいるか分からないという事実に今更になって気づいたのである。
「だけど、リリスとの約束だから·····」
脳裏には真っ赤な髪をなびかせ、ルビーのような綺麗な輝きをもつ瞳をこちらに向けるリリスの姿が浮かぶ。
「しかし、俺は弱い。もし見つけたとしても·····」
最悪の場合を想像してしまう。
――もう、あんな思いはしたくない
「俺に魔法が使えれば良いんだがな·····」
そして、ちらりと右肩に目線を向ける。
「まぁ、使えたとしてもこの腕じゃ無理か」
内心舌打ちをする。
(どんだけ弱いんだよ俺は·····ったく、魔法に対する適正がないことがこんなにも辛いなんて)
シュタルの授業の時を思い出す。あの時は、魔法を使おうとしても魔力が霧散された。
「霧散·····霧散かぁ」
そもそも適正がない雪にとって、属性魔法は全て使えないのだ。しかし、ここで雪が何かに気づく。
「じゃあなんで魔力があるんだ?」
オーディーは確か、万物全てが魔力を保有していると言っていた。
「魔法以外の魔力の使い道があるのか?」
ならば、この右腕を魔力で代用できるのではないか? 絶望だと思っていた弱さに確かな道筋が見え始める。
「魔力を使う術·····"魔術"と言ったところか·····」
(セラが居なくなったのは数日前だと言っていた。なら、急がねぇとやばいな)
多分だが、誰もがあそこの道を通る。ということはセラたちもヒトガタと遭遇したはずだ。ならば、この階層にまだいるはず。
(生きててくれよ·····お前はリリスのためにも俺が幸せにしなきゃいけないんだから)
『妹をセラを幸せにしてくれたら嬉しいな』
聞こえてきた声に、幻聴にも似た声に雪は確かに頷く。
「任せろ」
そして、決意新たにダンジョンを歩み始めた。
◆◆◆◆◆◆◆
「はぁ、はぁ」
ダンジョン内に広がる魔物の死体の山の目の前で雪は四つん這いで、息を整える
「ったく。疲れるな」
額から流れる汗を拭いながら、雪は眼前にそびえ立つ死体の山を見ながら思う。
(魔術は何とか出来るな·····しかし、問題もあるか·····まぁ、当然だな)
そう、結果として魔術は成功と言える程だった。魔力を体外に出すと、雪の場合は霧散してしまう。これは前もって分かっていた事だ。
だからこそそれを利用した。
発勁という技を知っているだろうか。突き飛ばしを動作として接着面に勁を発生させる中国武術なのだが、雪はこの勁を魔力に置き換えたのだ。
文字に起こすと難しそうに思えるが、何も発勁そのものをやろうとはしていない。あくまで発勁を模したものなのだ。
まず、左手を魔物の皮膚にへと押し付ける。そして、前方に向けて魔法を放つのだ。そうすると、雪の場合それは霧散される。これが魔物の体内に作用するのだ。
魔力が、波となって体内から崩壊を促せる。そのダメージは絶大なのだがしかし、ここで不思議に思う人もいるだろう。
すなわち何故、魔力を乱発出来るのか? という疑問がしかし、正直これは雪は自分のステータスに例を言わなければと思う程だった。
魔力とは自然経過と共に回復する。だが、これは魔力の量が多い、例えば慧馬たちにとって回復量は微々たるものなのだが、
魔力の少ない雪にとってそれはいらない心配なのだ。何故なら少な過ぎるが故に一回の回復量で事足りるからである。
よってこの発勁擬きにとって魔力の心配はないのだが、問題点はそこじゃない。
「っち。これ結構くるな」
その反動が凄いのだ。相手の体内から崩壊を促せるには、それ相応のダメージが腕にくるのである。
「レベルアップと筋トレしかこれを修繕する手は無いな」
ちなみに、発勁擬き以外にも試せる技は全て試した。
例えばだが、魔力の回復量を活かした技。螺〇丸擬きである。
体外に魔力を放つと霧散してしまうが、これを更なる魔力で抑えつけてそれを阻止し、球体を作成。それを放つという技なのだが、
これには欠点があった。どうしても螺旋〇並の大きさが作れないという事だ。なので、指先に小さい球体を作ることしか無理だった。これでも充分遠距離攻撃になるのだが
「クソッ! NA〇TOを真似する事は出来ないのか·····」
もちろんセラを助けるために強くなろうとしているのだが、どうしてもできてしまうのではないかと思ってしまった雪にとって、思ったより心にくるダメージが強かったりする。
「というか、こんなことはどうでも良いんだよ。次は義手だな」
雪には義手を作る技術も、作る材料すらもこの場にはない。だからこそあの時考えたように、魔力による義手を作ることにした。
先程の〇旋丸と要領は同じである。霧散される魔力を抑えつけ、形作るのだが、この技の難点とすれば疲労が凄い事だ。
「ったく。一分維持することすら難しいのか」
そう語る雪の額には汗が滲み出ている。この技には形作るという集中力、魔力の回復力、そして抑えつけるという耐久力がものをいうのだ。
必然的に疲労が溜まっていく。
「だけど、これを完成させれば火力があがる」
そう、義手は魔力そのものなのだ。用途は色々ある。例を挙げるとするならば、発勁擬きを右腕を放つのと、左腕で放つには威力が違うのだ。
一回肉体を通して魔力を霧散させるより、直接当てて霧散させる方が相手にかかる負荷は何倍にも変わってくる。更には腕にくるダメージも右腕の方が少ないのだ。
「まあ、おいおいこれはやっていくか·····とりあえず、セラを探さなきゃ」
これら全てを習得するのに五時間を要した。あんまり時間を賭けていないように感じるが、全てはセラを助けるがためにその時間しか賭けられなかったのだ。
まだまだ詰めが甘い所が多々ある魔術だがしかし、この階層の魔物に通じる事はわかった。ならば、これ以上の時間を賭ける意味がない。
「これならセラを助けられる、守れる。もう二度とあんな目は御免だ·····」
倒した魔物の肉を、同じく魔物の皮にて包み込む。
「当分の食料はこれで充分だな」
別に魔物を食べたからといって何かある訳では無い。あるとするならば当たりハズレが激しいことぐらいだ。もちろんそんな事を気にする暇もないので、雪はセラのために脚を急がせるのであった。




