依頼その七 死んでしまうとは情けない
「情けない魔王が居たもんだね。騎士さんも取り越し苦労じゃないか」
「いやー、魔王討伐ってナメてると危ないんだよ?勇者でも死んじゃうこと、あるんだから」
この件で最初の仕事は遺体の運搬だった。
「こうなる前に依頼するべきでした。もっと早くユゥラさんのお噂を聞いていれば……」
弓使いのリーゼがつぶやいた。血まみれの袋の中で(自主規制)になっている勇者ケレス・ダルクレイは周囲の期待に張り切るあまり、弱い魔物との戦闘を通じてこつこつ経験を積むことを怠り、不充分な実力のままラストダンジョンに直行して返り討ちにされてしまったという。かわいそうだが、ユゥラが魔物に容赦しないように、魔物も人間に容赦などしてくれない。為すすべなくリーダーが惨殺されるさまを間近で見てしまったのだろう、元・勇者一行の面々はドブ川のように澱んだ目のままウェイナーくんについてきている。こういうとき男の子よりも女の子のほうがしっかりしているもので、詳しい状況を説明してくれたのも勇者の女房役だったリーゼである。
旅の宿にユゥラへの依頼状を出したとき王城にも連絡しておいたそうで、城門に着いた一行を司祭達が出迎えた。葬式の準備をするのかと思いきや、そうではないらしかった。
「さ、皆様お早く。成功するか否かは、死亡してから儀式を始めるまでの時間にかかっておりますので」
「儀式って?」
「お話はのちほど」
ユゥラ達は騎士団に護衛されて都の大聖堂へと急いだ。
教会にとってウェイナーくんのような被造物は“汚らわしいもの”に分類されるが、今は一刻を争うというので特別に大聖堂への立ち入りが許可された。祭壇の前の白い寝台に勇者の袋をつまみ置けば、控えていた聖職者達が手早く紐をほどいて中身をぶちまけ、イモでも選別するようにゴロゴロと分類しておおまかな人の形に並べ替えてゆく。大司教が進み出て寝台に聖水を撒いた。
「神よ、我らに救いを。ダルクレイの息子は使命の途上にあり、下界を覆う闇も取り払われてはおりません。どうか、若き勇者にいまひとたびのご加護をお与えください」
天から寝台へ光条が差し込み、声が聞こえたような気がして、ユゥラは思わずウェイナーくんの片膝をつかせた。なんと言っていたのかよくわからないが、なさけないやつだ、とか、がんばれ、とかいった激励する感じの暖かさだった。聖なる光に濡れた(自主規制)が輝きを増したかと思うと、まばゆいばかりの塊となって、光条が消えたあとには傷ひとつない全裸のケレスが胎児の姿勢でうずくまっていた。
「目覚めなさい」
起き上がったケレスは寝台から両脚を降ろして立とうとしたが、生まれたての仔鹿のようによろめいた。あやうく転倒しかけた勇者をリーゼが抱き留めた。
「ケレス!!」
「リーゼ?みんな……」
「すごーい!!」
「そこの鎧、静粛に」大司教が言った。「忠告しておきますが、これなる御業は魔王討伐のため神に選ばれし勇者の血筋のみの奇跡。あなたがたの命はふたつもみっつもありません」
「うちの家系がそんな……それ最初から言ってくださいよ」
「愚か者。復活をあてにして神に見放されたら、誰が魔王を滅ぼすのですか」
一同は黙るしかなかった。
「……しっかし、生き返ったとはいってもケレスがこんな様子じゃなぁ」
「彼がどうかしたの?」
「傭兵さん、いま聞いたと思うけど、ケレスは父方の家系が特別で、魔王を仕留める力もあいつにしかないんですよ」
「そう。つまりケレス待ち」
「だから我々、一旦解散しようかって。ケレスさんがリハビリするあいだ、各々の故郷に帰って鍛え直し……」
「待った!若人諸君、あきらめるのはまだ早い。あたしにいい考えがある」
ウェイナーくんの先導でラストダンジョンをサクサク攻略していった勇者一行はサクッと最深部にたどり着いた。
ダンジョンは全体としては広大な鍾乳洞だったが、最後の行き止まりだけが、禍々しい彫刻のある円柱に囲まれた神殿のごとき空間になっており、その最奥の闇が一点に凝集して、男の姿になった。魔王を祀る神殿……。
男の纏う甲冑は、甲冑というより甲殻に近く、どこまでが甲冑でどこからが肉体なのか判然としなかった。
「客か」
構わず大剣を振り下ろす。……が。
「止めた!?」
男の剣がウェイナーくんの一撃を防いでいる。右から、左から、普通の魔物ならひとたまりもないような攻撃を繰り出してもすべて剣で受け、男はまったくバランスを崩さない。そればかりかウェイナーくんを一歩ずつ押し退がらせさえする。控えめに言って大人と子供ほどの体格差があるのに対等な剣戟が成立しているというのは、じつに奇妙な感覚だ。
「ご挨拶だな……光の末裔よ、少しはこちらの話を聞け。それともこのまま人形とともに死ぬか?」
「あちゃー、バレてたか」
「ユゥラさん。降ろしてください」
ウェイナーくんの胸部装甲が開いた。ユゥラの作戦では、とどめの時だけ膝の上の勇者くんに操縦させるつもりだったのだが。
「光の末裔。我が主を滅ぼしに来たのだろう」
「え?お前が魔王じゃないのか?」
男はウェイナーくんの後ろに並ぶパーティを牽制するように一瞥し、剣を鞘に納めた。
男が神殿の奥に手をかざすと、行き止まりと思っていたところにさらなる空間が現れた。魔界の素材で組み立てられた天蓋付きの“魔ベッド”とでも呼ぶべき寝具に怪物が横たわっている(枕とベッドカバーとマットレスの部分は清潔で柔らかそうだ)。甲冑の男は人間界なら将軍に相当する、いわば魔将軍で、死の床に就いた魔王を守っていたのだった。
「勇者よ」魔王の言葉に魔将軍がひざまづいた。「余は名だたる挑戦者を退け、この地に魔の王国を打ち建てんとした。しかし……まさか魔王たる余にも寿命があるとは思わなんだ。そなたが討とうと討つまいと余は間もなく滅ぶであろう。魔王討伐の栄誉が欲しくば、持ってゆくがよい」
ふらつくケレスはリーゼに支えられたまま“魔ベッド”に歩み寄った。
「じつは俺も、つい最近死んだばかりなんです。使命がなかったら生き返らせてもらえなかったかもしれない。生きてるってことがどんなに大切か、思い知りました。死にかけの魔王の寝首を掻いてまで勇者の称号なんか欲しくありません」
「左様か……」
それきり魔王は言葉を発することもなく、静かに息を引き取った。魔将軍は魔王の力によって人間界に召喚されていたようで、「ありがとう」とだけ言い残して魔王の亡骸と一緒に消滅した。




