依頼その六 怖い!
「……で、ここからはあたしが魔王と対決するはめになったパターン」
広い屋敷の中庭で、凜々しい女騎士が木剣を振り回し汗を流している。勇者シェルティア・エイメンはユゥラの目にも分かるほど腕の立つ剣士だったが、魔王討伐の任務に就いてからというもの、旅に出ぬまま訓練の日々を送っているという。ユゥラへの依頼は魔王城の偵察。ぶっちゃけ魔王が怖いのだそうだ。シェルティアは召使いからタオルを受け取り、額の汗を拭った。
「貴女に任務を押し付けようというのではないのよ?道中の魔物の強さはどうか、ダンジョンの罠はどうか、魔王は腕力で押してくるタイプか、それとも魔術や搦め手が得意なタイプか、そういった情報を知らせてくれればいいの。騎士の名誉に関わることだから、必ず私の手で成敗します」
「お世辞でなく、いろんな勇者さんと仕事をしてきた経験から申し上げまして、失礼ですが……あなたほどの腕前なら大抵の魔王には楽勝だと思いますけど」
「ありがとう。でも、念には念を入れなければ。なにしろ当地に百年来はびこり、代々の王の騎士団を返り討ちにしてきた魔王です。いくら鍛錬しても、しすぎるということはないわ」
シェルティアの合図ひとつで使用人達が運んできた宝箱の中に、ウェイナーくん丸々一体ぶんの費用にも相当する前金が現れた。
「とりあえず、これでいかが?」
ユゥラは宝箱からあふれる黄金の輝きの前にひれ伏した。
目的地は遠く、ユゥラは一般的な勇者の旅程をウェイナーくんとふたりきりで、魔物と戦いながら辿るはめになったが、古くから知られている魔王だけあって居城までの詳細な地図が作られており、偵察をスムーズに進めることができた(魔王に挑んだいにしえの勇者達に感謝だ)。
そしてたどり着いた今回の魔王城は、通路という通路、部屋という部屋、どこも罠など必要ないぐらい魔物だらけだった。ユゥラの任務はあくまでもダンジョンの下見なので、どうしても通らなければならないルート以外は無視したものの、上へ上へと向かうにつれ魔物の密度が増し、最後の扉の先では、ちょっと可哀想に思えるぐらい魔物がぎゅうぎゅう詰めだった。
出入り口で待ち構えておいて大剣を左右にスイングすれば、少数ずつ押し出されてくる魔物の身体がスパスパ斬れる。こんな調子で鼻歌交じりに敵の数を減らしてゆき、魔物が出てこなくなったら部屋に躍り込んで一気にケリをつけた。しかし……見回せど魔王はいない。というか、この部屋の番人にしても下級と上級の魔物がごた混ぜで、身辺警護の精鋭という感じがしない。
「魔王さぁーん、どこー?」
部屋を仕切る天幕の奥に壊れた扉があり、書斎になっている小部屋でユゥラは“あるもの”を見つけた。
魔王城を出て報告に戻ろうとすると、勇者シェルティアが玄関の前まで来て待っていた。彼女の仲間は志ある若者同士の友達パーティとかではなく、国王から貸し与えられた正規軍のむさくるしい一団だった。
「さすが魔王討伐専門の傭兵さんね。お疲れ様、首尾はどう?」
「それが、そのぉ……」
「ワケありなのね?」
シェルティアが部下に待機を命じ、ユゥラは事情を説明しながら彼女とふたりだけで問題の現場に向かった。
ボロボロのローブを着た一体の骸が、書斎から逃げ出そうとして転倒したかのような情けない格好で床に横たわっている。家具や蔵書はどれも年季の入ったものばかりだが、机上に置かれた分厚い本だけが不自然なほどに新品同様だ。
「……魔界に通じる穴が開いていただけ!?」
「はい。もう閉じましたけど、開きっぱなしの魔術書から魔物が這い出ていて、隣に虫くいだらけの日記帳が」
「日記には何て書いてあったの?」
「勇者さんもあたしも昔の文字が読めなくて、お城にいる学者さん達に鑑定と解読を頼むことになったの。魔王城の探索を王国軍に引き継いだところで成功報酬が出て、この仕事は完了したんだけど、あとから勇者さんがきれいな字の手紙で、その後の進展を教えてくれてね……」
抜粋すると、解読された内容はこうだ。
××の月×日
納得がゆかぬ。魔術に聖邪などあるものか!……の場では引き下がったが、みていろ。金のために……の探求という……をかなぐり捨てた恥知らずどもも、腐れ果てた……も、この吾輩を処刑しなかったことを後悔させてやる。
××日
……で……から……を掴んだ。すぐにでも飛び出したいところだが、今夜はたっぷりと睡眠を取り、明日出発する。
追記。一睡もできず朝まで読書。
×××の月×日
あの薄汚い……め!!こんな……ではクソの始末の役にも立たぬ!!……てしまえ!!(このあとあらゆる種類の呪詛の言葉が続く)
××の月××日
今度こそは正真正銘の実物。……の力を借りず、……だけで手にする時代が訪れたのだ。人は新たな魔王の誕生を見るだろう。
日記はここで終わっていた。かつて王家に送りつけられたという古い脅迫状と日記とを比較した結果、言葉の使い方や筆跡の特徴が一致し、ローブの骸は追放された宮廷魔術師であると結論づけられた。召喚魔法を発動したまではよかったが、魔術書からあふれ出る魔界の軍団を制御できずに踏み潰されてしまったというわけだ。