依頼その五 俺が魔王で魔王が俺で
ほどよく酒が回りだすと、ユゥラの思い出話は苦労させられた依頼の愚痴へと変わっていった。だが仕事の前に泥酔するユゥラではない。酒に呑まれてしまわないコツは、一杯に時間をかけて少量ずつ楽しむことだ。
勇者を先へ行かせるため囮役を引き受けたユゥラは、最終決戦の場に少し遅れて到着した。大広間の扉を押し開けたウェイナーくんの股下を、何かが下り階段へとすり抜けていった。
「なんてことしてくれたんだ!魔王を追い詰めたところだったんだぞ!」
ユゥラには意味が分からない。魔王ならそこにいるではないか。みんないるべきところに……いや、足りない。
「ハリスくんは?」
パーティメンバーの一人が魔王を指さした。
「……へ?」
つまりこういうことだ。今回の魔王は殺せば死ぬたぐいの存在ではないので、勇者一行は各地から集めてきた貴重なマジックアイテムを組み合わせて封印することにした。勇者の活躍で、みごと封印の儀式が成功した……かと思われたが、魔王にも奥の手があった。最後の力を振り絞って勇者に頭突きをかましたのである!魔王の頭突きは単なる悪あがきではなく、自身の魂と勇者の魂とをそっくり入れ替えてしまう“魔法の頭突き”だった。
封印されたまま魔王の肉体に囚われているハリス・トルクスが呻いた。
「オオオ……、早く、連れ戻してくれ……!あいつ今ごろ、俺の身体でやりたい放題暴れてやがるに違いない……!!」
ハリスを守る数名をその場に残し、ユゥラ達は街へ急いだ。
全速力で走るウェイナーくんの歩幅は人間の何倍もあるので、魔王を追って野を越え川を越え、パーティの誰よりも早く、ユゥラが一番先に街へ到着した。勇者の力で手当たり次第に殺戮を始めるだろうとタカをくくっていた相手は、思ったほど馬鹿ではないようだった。表通り、裏通り、庶民街、貴族街、どこを探せど見つからない。
……もしもユゥラが勇者の肉体を乗っ取った魔王だったらどうする?その外見を利用して群衆に紛れ込むのに決まっている。魔王はどこへ向かうだろうか?勇者が立ち入っても怪しまれない場所だ。魔王の目的は世界征服。そのために最も手っ取り早い標的は……王の命だ!!
ハリスの身体で澄まし顔の魔王は、ちょうど城門を通るところだった。逃げ惑う人々を掻き分けて迫る巨大なウェイナーくんの足音に振り返り、ぎょっとして一目散に城へ駆け込む。追うユゥラも城門に滑り込むが、その途端、四方八方から矢の雨が降り注いだ。それもそのはず、衛兵の目には鎧の化け物が勇者を追ってきたように見えている。
「あたしは味方!!」
大剣で風を切って威嚇すると、おもちゃの兵隊どもはすっかりすくみ上がった。魔王が城内へ逃げ込んでゆく。ユゥラはペダルを踏み込み、助走をつけて跳んだ。
左右へ逃げ出す番兵のあいだに着地し、両開きの大扉を周りの壁ごとぶち破りながら玄関ホールへ腕を突っ込んで、二階へ続く階段まであと数歩というハリスの頭をむんずと掴んだユゥラは、勇者の中の魔王がもがくのも構わず魔王城へとって返し、大広間まで一気に階段を上って、封印されている本来の肉体に勢いよくぶん投げてやった。
「ぐぎゃああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「グワアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああ!!」
激突する頭と頭から光り輝く膜のようなものが剥がれて互いの頭の中に入れ替わり、弾き飛ばされた勇者のおでこに大きなたんこぶが膨れ上がった。ユゥラとともに捜索に出たメンバーが街から戻る頃には、自分の身体を取り戻した勇者ハリスの頭痛はすっかり治まっていた。
「危ないところだったねぇ」
「元はといえばあたしのミスなんだけど、壊したものの弁償とか、城へ押し入った無礼とかで偉い人に責められそうになるところを“魔王討伐の意義”で押し切るのが、もう疲れたのなんの……」
ユゥラがカウンターに突っ伏していると、隣席に酒臭い男が座った。……後ろのテーブルからは「おいジャック飲みすぎだぞ」「やめとけって、戻ってこいよ」とかなんとか聞こえてくる。
「よぉ~ねえちゃん独りぃ~?」
「ちょいとお客さん、困るよ!」
しつこく話しかけられても無視していたユゥラだが、ジャックが肩に触ったので、その手首を思い切りひねり上げた。
「あだだだッ!こンのアマぁ~!!」
ナイフのご登場で酔っ払いから暴漢へランクアップだ!ユゥラはジャックの手首を、それ以上動かしたら骨折するように固定したまま放さず、腕を引っ張ると、被害者として当然の権利を行使した。顎下からの強烈な膝蹴りとみぞおちへの足底蹴りのコンボを受けて壁まで吹っ飛んだジャックは白目を剥き、カード仲間に引きずられて<戦士の休息>亭から退場した。
階段に眠そうな勇者が顔を出したが、ユゥラの笑顔を見て二階へ帰っていった。テーブル席からユゥラのお尻を鑑賞していた男性客達がいっせいに青ざめて視線をそらした。