依頼その四 厄介なことになりました
「えーと、なんの話だっけ」
「戦わない話?」
「あ、そうそう。魔王とまともにやりあわなくて済んだパターンね。魔王討伐の依頼って、無駄足になることもけっこうあるの」
勇者が指定した待ち合わせ場所は、古ぼけた民家がぽつぽつと気まぐれに建ち、その周囲に柵さえないような海辺の寒村だった。家畜といえばニワトリが放し飼いにしてあるだけで、唯一、まともな建物は聖堂ぐらいだ。
勇者バレン一行も聖堂にいた。バレンの魔王討伐は今度で二回目だが、そのわりには難航していた。魔王城が見つからないのだ。
「オレら『厄災を取り除いてほしい』っつー依頼で来たんだが、魔王城への手がかりはおろか、魔物一匹いねーの。な?」
「ああ。だがこの村は確かに厄災に見舞われている。何らかの呪術か……とにかく、この異変の発生源だけが掴めないんだ」
「厄災って、どんな?」
「それはわしがお話ししましょう」
村長が長椅子に腰掛けた。
「村では代々、自然の恵みによって命をつないでおりますが、ある時期を境に、海が血で染まり、大地は乾き、魚も野菜も採れんようになりました。このままでは税も納められず、飢え死にを待つばかりで、ただただ神様に祈っておりましたところ、司祭様が教会を通じて村に勇者様を遣わしてくださったのです。司祭様がおっしゃるには、一連の厄災は魔王のしわざに違いないと。どうか魔王を倒し、村を救ってくださいませ」
「『海の水が血で染まり、畑土は乾き』……」ユゥラは腕を組み、頬杖をついた。
「……まあ実際見てくりゃ分かるよ。オレらは手分けして、もうちょっと遠くまで探ってみるからさ。傭兵さんも頼むぜ」
「なにとぞよろしくお願いいたします」
一同は解散した。
村長の了承を得て聞き込みから始めたが、家々は半数ほどが空き家で、魔王のせいだと言い張る司祭はもとより、お腹をすかせた村人達からもろくな情報が得られなかった。農地には作物がないでもなかったが、どの株もみるからに茎が頼りなく、葉も色あせてしなびている。畑土は村長の話のとおり白っぽくパサパサにひび割れていた。ウェイナーくんから逃げ遅れて腰を抜かした農夫に話を聞く。
「ここは何の畑?」
「イモです。寒いとこでもよく育つ品種だってんで重宝してたんですが、ごらんのありさまでね」
「ずっとイモを?」
「へい」
その足で浜辺へ出た。沖合に見える岩礁を調べるためバレン達が使ったものらしい釣り舟が岸に残されている。腐った魚が浮かぶ海水は一面、異常な赤だったが、剣先で水をかき回すと底のほうは普通であることが分かった。大剣を引き揚げる。付着しているのは血液などではなく、藻だ。
村の主立った面々が揃う聖堂に勇者パーティが戻ってくるのを待って、ユゥラは話を切り出した。
「勇者くん、収穫あった?」
バレンはお手上げだと言うように肩をすくめた。
「そっちは?」
「たぶんみんなを納得させられると思う。少なくとも『海の水が血で染まり、畑土は乾き』これについては原因が分かった。魔王なんて最初からいなかったの」
「どういうことだ」
「まあ聞いて。……村長さん、最近このあたりの海辺に堤防かなにかができたでしょう?」
「堤防……ではありませんが、領主様のご命令で農地を広げるため、村の男はみな浅瀬を埋め立てる作業に駆り出されました」
「やっぱりか。あのね、浅瀬には藻を食べる生き物がたくさん住んでるの。だから、そういう生き物が一気にいなくなると、海を赤く埋め尽くすほど藻が増えすぎて魚が死ぬ」
村人達は黙って聞いている。
「それから畑。同じイモばっかり作ってちゃダメ。畑を休ませるとか、一回おきに別の野菜を作るとかしなきゃ」
聖堂に集まった村人の話から、干拓と例のイモを植えた時期とがおおよそ同じ頃だったことが分かった。要するに、外部とのつながりが少ない村で伝統的な暮らしを続ける信心深い人々の無知が招いた厄災だったのだ。話が済んだあとでも司祭はまだ何か村長と議論していたが、呆れかえった勇者一行はこの件から手を引くことを決め、バレンから報酬を受け取った時点でユゥラの仕事も終わった。
「あんた物知りなんだね」
「これぐらいジョーシキだよ」
「で、村の人達、その年はどう越したの?」
「さあ?あのあと何冊か本を送っておいたんだけど、村長さんからのお礼状には“みんなで隣村に引っ越した”って書いてあった」
「そう、大変ねぇ……」