その九
「……あれ?なんで全部出てきちゃってるの!?おびき出す手間が省けたけど、心の準備ってものが……!!」疾走するウェイナーくんが大剣を構えた。
アイラの子供達は、今や一糸乱れぬ方陣を組んで城塞都市エラルブルクへと行進していた。王と魔王の区別がつかないからではない。生きるうえで脅威となりそうなものを、すなわち、エラルブルクに集結しつつあるクロルク軍を、自らの意志で排除しようとしているのだ。新しい機械騎士は誰の奴隷でもなく、自分を守るために戦う一個の生き物だった。もしもユゥラやクロルク王に戦意がなければ、この戦いは起きなかったかもしれない。しかしその場合も、脅威度の高い敵を求めて戦いがよそへ移るだけだ。機械騎士軍団とユゥラとの決戦は、“他人を押しのけてでも生き残る”という、人間達が常日頃繰り広げている殺し合いの戯画だった。
「ヤバくなったら逃げる、ヤバくなったら逃げる、ヤバくなったら逃げる……。でも、できるだけの準備はしてきたつもり!」
駆け足に転じた鋼の波が、草地をすべるように殺到してユゥラを呑み込んだ……と思いきや、今回のウェイナーくんはひと味違った。一対無数という圧倒的に不利な状況で、全方向を囲まれながらも、何者をも寄せ付けない円形のテリトリーを構築している。ユゥラには後ろの敵が見えている。なぜならば、ウェイナーくんの後頭部にも目をひとつ増設したからだ。操縦室内に投影される前景の中央上に、“後ろの目”が捉えた背後を映す小窓があり、いちいち振り返って確認しなくても後ろからくる攻撃に対処できる。初めのうちは後ろの敵に向き直っていたユゥラだが、慣れてくると大剣だけを後ろに回して敵をあしらった。この様子を端から見れば、超人の域に達した凄腕の騎士が殺気を頼りに立ち回っているかのようである。余裕のあるときに左右に配置した魔障壁で少しずつ道を作りながら、機械のじゅうたんを内側から食い破ってゆく。
「留め具がガタついてる?そろそろ剣がもたないか……!」
両手持ちの大剣は、じつに百数十本目の脚を斬り飛ばしたところでへし折れた。そのあとのユゥラは足元に転がる機械騎士の手や鞘から次々と長剣を奪い、常に左右双剣というわけでもなく、拾えるときに拾える剣を、剣がなければ腕や脚の残骸を、空いている手で振り回しては使い捨てた。敵はまだ減らない。
「ここらで奥の手使っとくかぁ!!いくよ、ウェイナーくん!!」
背甲に折り畳まれていた二つの支柱がユゥラの操作で展開し、ウェイナーくんが通常の足捌きでは不可能な機敏さで動き出した。……というより、半ば飛行しだした。
「これでダメなら撤収ッ!!」
大発明家アモンの考案した飛行運搬機械は失敗作だった。ものの重さにまともに逆らって、荷物を真上へ引っ張り上げようとしたからだ。ウェイナーくんの背中で互いのトルクを打ち消し合うように高速回転している一対の細長い金属板……ローターブレードは、横倒しの配置によって機体を前方へ押し出す。どちらか片側のみ回転数を上げれば急速な方向転換ができ、緊急回避にもパンチやキックの威力増強にも使える。しかもブレードの回転に伴って小さめの魔障壁が発生し続け、ただローターを稼動させているだけで、ウェイナーくんの背後には輝く円盾のバリケードが出来上がった(ただし持続時間は数秒、耐久力は一撃防ぐのが限界という、ないよりマシな魔障壁で、あまりあてにはできなかった)。
ウェイナーくんの両膝を深く屈伸させたユゥラは、空中へ上昇して機械騎士の頬に飛び蹴りをかましつつ、辺りを見回して戦況を確認した。
「うわぁ、まだあんなにいる……」
ツインローターは本来、逃走用に作ったものだ。今のウェイナーくんなら、包囲されていてもジャンプ移動で逃げられる。そのとき都の方向に、機械騎士軍団の最後列を追ってくる二騎が見えた。
「おーい!!」ウェイナーくんがローターの力で高く飛び跳ねながらフェイに手を振った。
「ユゥラ!機械騎士の弱点は心臓だ!」
「なーにー!?」
「むーねーのー!!くーろーいーはーこー!!」
「……聞こえないみたいですね」日誌を抱えてフェイの背中に張り付くアイラが言った。
「無理もないか……。アイラちゃん、やっぱ家に帰る?」
「いいえ、こうなったのは私の責任です。最後まで見届けさせてください」
「あれがユゥラ君か!いま助けるぞ!」
走る白馬の背から宙返りで飛び出したディナスが機械の群れに突入し、幾多の魔軍を屠ってきた力を全発揮した。気合い一喝、拳を突き出せば、直接触れていない周囲の機械騎士の胸甲までもが大きくへこみ、足を踏み鳴らせば、大地が振動して機械騎士達がいっせいによろめいた。一騎当千の勇者ディナス・ディルナインの前では機械騎士といえども飴細工だった。
「街では使えなかった技ぁ!!」
これらの異常な攻撃力は、人智を超えた能力を持っていることが多い魔王との戦いを経て、ふつうの剣技や体術に限界を感じたディナスが独自に編み出したもので、魔法ではない。そもそもこういう技なので威力の調節は利かず、もし旧型の機械騎士を倒すために街壁の内側で使っていたなら、王都の建物の替えがいくつあっても足りなかっただろう。つまりディナスは、その気になれば王城だろうが工房だろうが独力で破壊できたのである。
「も、もう、あいつひとりでいいんじゃないかな……」フェイがつぶやいた。
とはいえ、魔王を倒すために作られた機械騎士は本質的にウェイナーくんやディナスと同等、いくら個人が強くても多勢に無勢というものだった。
倒せども倒せども敵は尽きず、エラルブルクからの援軍は未だ来ず、数の暴力にユゥラとディナスが押し負けかけたとき、意外な助っ人が現れた。
「こらーっ!!人間ども、魔王討伐をナメるなー!!」
魔王軍だった。
根城を失った魔王とその手下達は、各地に潜伏する魔物の群れをかき集めて軍団を再編成し、インゴットの精錬所がある方向から機械騎士を挽き潰しながら川を渡ってクロルクの都を探し出したのだった。四頭の巨獣が支える禍々しい御輿の旗竿に吊された機械騎士の残骸を打ち鳴らす棍棒を音頭として、人語に訳せば以下のごとき詞となる唄を口ずさみながら、寄せ集めの残党軍は歩調を揃えた。
勇者が出たら 頭を狙え
あいつら めったに 兜を着けねぇ
女は胸と ふともも狙え
どいつも こいつも 丸出しだぁ
めいめい自分の腕と同じぐらい太く粗雑な造りの得物を担ぎ、ありあわせの不揃いな防具で身を固めた醜い魔物どもは、捕らえた勇者をどうやってなぶり物にするかといった、書き起こすのも憚られる卑猥で残虐な二番三番を続けて歌い、そして角笛の合図とともに、機械騎士軍団の鉄壁へ突撃した。地獄に吹き荒れる暴風のような雄叫びが上がり、いたるところで肉と鋼とがぶつかり合い、紫や緑の血しぶきが機械騎士の装甲板を染め、また機械騎士から怪力で引きちぎられた金属の手足や歯車が宙を舞った。事前になにか戦意を高揚させる興奮性の魔法薬でも使ってきたのだろう、両眼を充血させ鼻血を垂れ流した魔物の軍勢は負傷にも死にもひるまず押しまくり、ユゥラとディナスがそれぞれ疲れ果てて防戦にかかりきりになっているうちに、とうとう機械騎士軍団を全滅させてしまった。……こうして事件の元凶が消滅したのは結果オーライとしても、守り手のいなくなった現在の王都は丸裸であり、魔王軍に攻め込まれればひとたまりもない。
「ゆーしゃはどこだ!!こんな木偶人形でサボろうとしやがって!オレと殺り合いたきゃ、ゆーしゃを寄越せ!!」
御輿の玉座で仁王立ちの魔王は、アイラよりもさらに幼い錆色の身体に申し訳程度の服を着ている、というか、幼児体型の上下を黒いリボンで括っているように見える。……と、その姿を見たディナスが指笛を鋭くひと吹き、馳せ参じた白馬に跨がって魔物達の兜を踏み渡った。
「俺達を!」「踏み台に?」「しやがったぁ!?」
「神よ、彼女に出会わせたもうたことを感謝します!!」
三十年勇者ディナスは、少年のころ出会った(そして結ばれることの叶わなかった)幼いプリンセスをいつまでも追い求め続けていたのだろう。彼がアイラに反応しなかったのは幼すぎたからではなく、幼さが足りなかったからだった。
「結婚してくださいっ!!」
「襲いかかって来ておいて第一声がそれかああぁぁー!?」
御輿から魔王を攫ったディナスは瞬く間に魔物の頭上を跳び渡って平原の彼方の森へ駆け去ってしまい……残された闇の軍団はしばし顔を見合わせていたが、やがてすごすごと森へ引き上げた。
「……男って勝手!!」
“三十年傭兵のユゥラおばさん”……。誘拐犯になるのは御免だが、あれぐらい積極的でないと明日は我が身かも、とユゥラは一抹の寒気を覚えるのだった。
眺め渡せば、ときおり関節の軋む音を立ててのたうつ機械の残骸ばかりが転がる平野の向こうで、騎士達の背負う色とりどりの紋章がはためき、王国軍の精鋭部隊を率いるラッパが青空に鳴り響いた。このまま王が入城を果たしたら、機械騎士から都を解放したのは王国軍で、その前に街を引っ掻き回したユゥラやフェイは王様の斥候だったと人々は解釈するだろう。……まあ、なにも間違ってはいないが。




