その六
フェイとディナスとアイラが事件の真相に近づきつつあった頃、ユゥラ・ブレインズはひたすら土を掘っていた。脱いだ籠手を逆さに持ち、ショベル代わりにして掘ること半日。壁板に沿って縦に細長い穴……というか、溝を貫通させることに成功すると、せっかく掘り貫いた土砂が崩れてこないように、床に転がっている板きれを挟み込んだうえで、板と板との狭い隙間に身体を滑り込ませた。ユゥラの体型があと少し豊満だったら通り抜けられなかっただろう。背嚢とベルトは事前に穴の向こうへ投げ込んでおいて回収したが、金属の胸当ては胸甲と背甲を分解してもにっちもさっちもゆかず、置き去りにせざるを得なかった。
明かりひとつない地下通路の湿っぽい冷気はしばらく心地よかったが、歩き続けるにつれユゥラの体温をじわじわと奪った。はるか後方に捨ててきた胸当ての内張りは毛皮だったのだが、緩衝材としての役割のほかにどれほど防寒に役立っていたか、脱いでみてはじめて思い知った。闇の先を手探りで確認するのも忘れ、両手で左右の二の腕をさすりながら進むと、不意に行き止まりの土壁がおでこを直撃し、ユゥラは尻尾を踏まれた仔猫のような情けない悲鳴を上げて仰向けに倒れた。通路はそこで終わりではなく、手がかり足がかりにするため掘られたものと思われる二列の小さな穴が、互い違いに上へ上へと続いていた。
縦穴を登ると、廃屋同然の暗い猟師小屋に出た。便器に偽装した出口が周りの床板ごと外れる仕組みになっていたが、本物の便所と思って大小の用を足す猟師がいたらどうするのか……?とりあえずユゥラの服や靴裏からは何の異臭もしなかった。丸木小屋の窓外はすでに夜。しかし幸い、大人の背丈ほどもある草むらが玄関から一直線に踏み分けられて森の奥へ続く道になっており、労せずして広い林道を見つけることができた。折り畳み式の天測儀を星空と突き合わせ、地図で見たエラルブルクの方角を懸命に思い出しながら、ベルトのポーチから取り出した酸っぱいドライフルーツをひとつ舌の上で転がしつつ、ユゥラは道中の眠気と戦った。
やっと帰り着いたエラルブルクの城では、謁見の前に入浴し髪と服を整えるよう命じられたが、ユゥラは多忙なクロルク王の都合がつくまでに与えられた独りの時間をすべて使って爆睡し、目が覚めたときには、ああかも、こうかも、といった邪推はきれいに消し飛んで、もともと言おうと思っていたことを素直に言い、しようと思っていたことをそのまま実行する気になっていた。
まずユゥラは、宮廷魔術師殺害の黒幕である宰相ルフ・ユヴールの望みどおりの報告をした。そしてルフがわざとらしい悲嘆の溜息をついたところで、背嚢からどす黒い血糊のある羊皮紙を取り出して、ひざまづいたまま玉座の前にうやうやしく掲げた。アルトゥエが死に際の力を振り絞って書き残した、あのダイイングメッセージの羊皮紙は、近衛兵を介して王の手に渡り、横から書面を覗き込んだルフが眼球も飛び出さんばかりに目を見開いた。
「“(たとえ人類の行いが)正義でないとしても、我々は我々自身のための正義を他人任せにしてはならない”。アルトゥエさんは被造物量産計画に反対だったんじゃないですか!?」(註:括弧内血痕により判読困難)
「ばかな……!国王陛下、この者が脅して書かせたのに違いありません」
「何のために?」
「そっ、それは……」
「ルフよ。アルトゥエの殺害が事実だとして、無関係のそちが何ゆえそれほどまでにうろたえる?この件は追って調査させるゆえ、部屋で待て」
「陛下!」
「心配には及ばぬ。少し事情を聞かせてもらうだけだ」
王様は平然と「心配ない」とか言っているが、ユゥラの知る限り、こういうパターンのあとで本当に心配なかったためしはない。追い詰められたルフはすっかり乱心して、左右から衛兵に取り押さえられながら、高い天井に響き渡る震え声で言い訳を始めた。
「大規模に発展した社会には、奴隷が必要だ!文明とは要するに、奴隷役の押し付け合いだった!牛馬を飼い慣らし、蛮族を狩り集め、幾年月もの血なまぐさい試行錯誤の果てに、我々は誰の良心も痛まない完璧な奴隷を手に入れたのだ!人類史始まって以来の、つらい労働を誰かに肩代わりさせたいという、万民の願いを叶えるための崇高なる計画の何が悪い!!」
「もうよい。下がれ」
「仕方がなかったのです陛下!なにとぞ、陛下ぁー!!」
謁見の間から連れ出されたところでルフの喚き散らす声は聞こえなくなった。
事務的なねぎらいの言葉を頂戴したユゥラは、都を偵察してきたぶんの達成報酬を受け取ってさっさと退出しようとしたが、その直後、クロルク王が玉座の後ろに控えていた領主を呼び、王国全土の騎士団を総動員すべく諸都市へ早馬を出すよう命じたので、慌てて玉座の前に駆け戻り、朱のカーぺットに片膝をついて仕事の続行を申し出た。都を奪還するのに大軍で攻め込むような強硬手段をとれば、街が戦場になってしまうからだ。しかし結局、王命は覆らず、ユゥラには王国軍が集結するまでという時間制限つきのチャンスが与えられることになった。……チャンスと言えば聞こえはいいが、機械騎士の注意をそらす使い捨ての陽動役である。
王様がユゥラの命を何とも思っていないのと同様に、ユゥラにとってのクロルクもまた、数ある王国のひとつにすぎない。にもかかわらずユゥラをとっさの行動に走らせたのは、義務感でも功名心でもなかった。ただ、謁見の間の扉の前で、父を失ったあの日の幼いユゥラに通せんぼされたような、そんな気がしたのだ。
エラルブルク卿はクロルク王や宰相ルフと比べると、身分のわりに偉ぶったところがなく、被造物や今回の事件には興味がなさそうだった。出しゃばらない、深入りしない、そういう人物だからこそ、いざというとき主君に頼られもするし、都の隣で領主をやっていられるのかもしれない。一介の傭兵が国王陛下の御言葉を遮るなど、先代であれば即刻首が飛んでいたぞ、と冗談めかして話しつつ、みずからユゥラをウェイナーくんの元へ案内してくれた。中庭には衛兵が増員されていたけれども、そのほかは昨日となにも変化がなく……さすがのユゥラも溜息をついた。へこんだ装甲、壊れた部品、ユゥラの頬傷と違って自然治癒したりはしない。
機外に固定してある工具箱のベルトを外しにかかると、背後でエラルブルク卿が咳払いをした。
「あっ、ごめんなさい!作業モードに入るとどうも周りが見えなくなっちゃって。警備をつけて頂いてありがとうございました」
「うむ」
四方の衛兵がかかとを揃えた。
「ご婦人ひとりを働かせておいて、大の男がただ見守るしかないとは歯がゆいのだが、なにぶん我が城には魔法工学に詳しい者がおらぬでな……。私はこれから忙しくなるが、何か他に手伝えることはないか?」
ユゥラは失礼ついでに領主の厚意に甘えることにした。ウェイナーくんを修理するための部品取りにちょうどいい被造物が三体、まだエラルブルク郊外の森の小径のはずれに転がっているはずだ。




