その五
ディナスの指示どおりフェイが護身用の投擲ダガーを三本とも捨てると、街の機械騎士はまったく反応しなくなった。ウォレンは端から武装とみなされていなかったのだ。手間暇かけた愛車を二束三文の短剣よりも低く見られたようで、フェイは少し不満だったが、これでもう、城下を走り回っても街に迷惑をかけずにすむ。
自宅へたどり着くまでにアイラは意識を取り戻し、玄関で出迎えた召使いに客が増えた理由を説明すると、アルトゥエの書斎の扉を開け、壁一面に並ぶ本棚から蔵書をひとつ引き抜いた。それはいわゆる“男の隠れ家”への入り口を開くギミックだった。小さな机と椅子の左右に、故人にしか意味の分からない付箋の挟まった膨大な書類が積み上がり、雑然……というよりは、整理しようとしても整理すべきものが多すぎて作業が追いついていないありさまである。
「父の忘れ物がきっかけで、何かあったときのためにと、仕掛けを教えられていたんです」
「こういうの、ユゥラのほうが詳しいんだよねぇ」フェイは頭を掻いた。
「機械人形の秘密が、この中のどこかに……」
「そういや勇者様、あんたなんでまだいるの?今度の城もハズレだったんでしょ?」
「言ったろう。私は勇者だと」
「ハズレって?何の話です?」
「こいつはね、女目当てなのさ。お城に囚われのプリンセスがいると思ったのにアテが外れたんで、次はアイラちゃんを狙ってんだ。気をつけなよ~?」
「やめてくれたまえ!アイラ嬢には関係ない。だいいち彼女は少しばかり、その……」ディナスの視線がドレス越しに幼いバストとヒップのラインをなぞったので、フェイはアイラの代わりに横面へ一撃くれてやった。それから自分のぶんと、おまけにユゥラのぶんも一撃ずつくれてやった。
「と、ともかく、私だって文字ぐらいは読める。ひと山ずつアイラ嬢と手分けして“被造物”“機械騎士”といった表題を見つけたらフェイ君に渡す。それでいいね?」
書類の山は大半が部品設計や稼動実験に関する生データで、どれも一枚では意味を成さないものだった。魔法工学の魔術師は実験で得られた大量の数値がもつ傾向から被造物の性能を読み取り、報告書にまとめるのだ。結局、機械騎士の反乱の謎を解く手がかりとして最も役に立ったのは、アルトゥエが日々の仕事の終わりにつけていた個人的な日誌だった。
「毎日の進捗をできるだけ細かく記録しておけば、なにか問題が起きたとき、どの時点で間違えてたのか、どこからやり直せばいいのか分かるでしょ?あたしもやってるよー」
アルトゥエは計画が失敗することを予見していた。それを上申さえしていた。彼は機体の設計をスムーズに進めるために、参考にできそうな先例がないか、あらかじめ調べていたのだ。
記録によれば、無人被造物を使っての魔王討伐自動化の試みは歴史上、一度や二度ではなかった。しかし詳細が明らかになった事例だけでも、およそ二〇〇年前のドレマール侯の例では試作機が起動直後に自殺、一四〇年前のキッカ=オーサの例では隊列を組ませようとしたところ互いを敵とみなして同士討ち、九〇年前のヴァザ王国の例では隣国の領土へ侵入してしまい戦に発展……と、成功例はひとつもなかった。
このような歴史的経緯を余さず報告したのにもかかわらず量産計画が推し進められたことを訝しんだアルトゥエだが、そのころ王は姫君の婚礼の準備に忙しく、なかなか謁見をお許し頂けない、と嘆いている。
「“……どうやら被造物というものは、この世に生み出されるたび創造者に対して反抗するようにできているとしか思えない。宮廷魔術師たる私が教会のたわごとを鵜呑みにするわけではないが、もしやそれが創造神オリストロスの思し召しなのだろうか?”」
「神は自らに似せて人を創ったという。人が懲りもせず神への挑戦を続けるように、被造物もまた人の似姿なのかもしれないね」
「指示の出し方が悪いからだよ」
「フェイさんがおっしゃる通り、昔の人達は“魔王の定義”に失敗しちゃったみたいですね」
「魔王の定義?」
「ディナス様、魔王とは何です?」
「人類の敵」
「もっと具体的に。魔王はなぜ人類の敵なのですか?」
「なぜって、暴力をもって人命をおびやかすから」
「そうですね。でもその条件だと、庶民にとっての支配階級も当てはまってしまうんです。たとえばフェイさん、お金を儲けて税を納めないと、どうなります?」
「衛兵にとっ捕まるね」
「そう。権力の後ろ盾は、つまるところ暴力です。機械騎士は国王陛下と魔王とを区別できなかったんじゃないかな……」
アイラの後ろで召使いが控えめに咳をした。
「ごめんなさい、不敬でしたね。でも、指示の与え方が問題なのだとしたら……」
「そいつを上書きしちまえば……」
「……解決策が見えてきましたね!」
アルトゥエの日誌によると、機械騎士に指揮官はなく、すべての個体が製造時に与えられた命令にのみ従うよう設計されている(ただし、外界を“認識”して僚機と“連携”することは可能である)。命令は自動工房で機体に刻み込まれるのだが、工房の場所を割り出すのは簡単だ。機械騎士を襲って損傷させ、修理に向かったところを尾行すればいい。
機械騎士の工房を乗っ取って命令を書き換える……。日誌の記述を追ううち日は暮れ、結論を得る頃には燭台の灯りが必要になってしまっていた。宮廷魔術師が殺されたのなら、その邸宅に刺客が差し向けられない保証はない。武装した人間は城から出られないはずだが、万一の事態に備え勇者ディナスが寝ずの番に立った。フェイが夜風に当たって待っていると、屋敷を一周したディナスが、ウォレンを駐車してある正面玄関へ戻ってきた。
「代わろうか?」
「気持ちだけ頂いておこう。一人旅は何かと物騒だから、ここぞというとき眠らずに夜を明かすのには慣れている。しかし私を気遣ってくれるとは……昼間の態度から考えて、ひと晩丸投げされるものと覚悟していたんだが」
「皮肉!?アレはあんたが……」
いや、そんなことを言いに来たんじゃない、とフェイは俯き、星空を見上げた。
「アイラの様子を見に行ったら、親父さんの日誌を抱えて寝てた。あのあとベッドで読み疲れて眠っちまったんだろう。タイミング的に慰めイベントかなーと思ったんだけど、かける言葉が見つからなかった。……あたしの人生、親に捨てられたとこからスタートで、拾われた先でも“できなきゃ死ね”の連続でさ。愛された記憶とか、亡くして悲しいとか、ぜんッぜんないんだ。あんたならアイラに何て言ってやる?」
「そういう場面で気の利いたセリフが言える男なら、今ごろ我が城はハーレムさ」
「それもそうか。あんたに相談したのが間違いだった。添い寝でもしてくるよ」
「フェイ君」玄関の扉に手をかけたフェイをディナスが呼び止めた。
「ん?」フェイは振り向かず応じた。
「機械騎士を倒すべきだと思うかい?」
「第一に、そういう依頼だ。第二に、未来の商売敵だ。あんたが来なくても工房もろとも叩き潰すつもりだった」
「アイラ嬢が言っていた。『機械騎士は気まぐれで威張り散らしたりしない』と。機械騎士を倒せば、この地の民にとっては今までどおり、王や貴族に搾取される日々が戻ってくることになる。荒事は機械に任せ、勇者も兵士もいらない世界……それでいいのではないだろうか」
「そりゃあ道楽で勇者やってて実家のあるあんたはいいだろうけどサ」
ひと息で言い返しながら、フェイはディナスの言葉に、ユゥラとのなにげない雑談の中で聞いた言葉を重ねていた。
“こんな戦い、いつか終わりにできないのかな”
“敵がいなくなるまでぶちのめすとか?”
“そのモグラ叩きみたいな繰り返しをどこかでおしまいにできないかってこと。傭兵稼業やってて言うのもアレだけど、“戦のない世界”っての、あたしもちょっと考えることがあるんだ……。だって毎日毎日、明日魔王が攻めてくるかもしれないとか、明日戦が起こるかもしれないとか、怯えながら暮らすのイヤでしょ?”
ユゥラの親父さんは魔王軍に殺されたんだっけ。ユゥラなら何て言うかな……?ユゥラなら……。




