その四
「大見得を切ったはいいが、どこまで逃げたものか……!」
周囲に遮るもののない広大な庭園つきの屋敷が並んでいる。勇者ディナスは二体の機械騎士を引き連れて貴族街へ来てしまった。建物の陰に身を隠そうにも、馬でさえ跳び越えられそうにないほど高くそびえる鉄柵に阻まれて、どの敷地にも入れない。白馬の行く手でバタバタと鎧戸が閉じていったが、唯一開いたままの窓辺から天使の声がした。おお、神よ!!
「騎士様ー!!剣です!剣を捨ててー!!」
ディナスはためらわず長剣を投げ捨てた。すると……地面の剣をぺしゃんこにする一歩を最後に、機械の追っ手は二体ともあっさり持ち場へ戻って行った。
「これは驚いた……!危ないところを、どうもありがとう!お嬢さんはあの機械人形にずいぶん詳しいのだね」
「街ではみんな知っていることです。……ちょっとそちらでお待ちになって!」
召使いが左右を見回しながらおそるおそる門を開け、ディナスは屋敷に招かれた。救いの天使はアイラ・リンゼと名乗った。父親が王城に勤めているそうだが、下男や衛兵のたぐいでないことは明らかだ。
「機械の兵士は武装した人間に反応しているんです」アイラは言った。「被造物はむずかしすぎる命令を理解できません。なので、鍛冶場の金槌も厨房のナイフも見境なし。まあ、お料理に限っていえば、野菜や果物は火を通すとたやすく皮が剥けますし、お肉は素手でちぎれないこともないですが、このままでは、いつ人間の腕も武器とみなされるか……。だって喧嘩や殺人にも使えてしまうでしょう?」
「なるほど確かに。格闘術で人を倒せるのだから、見方によっては手足もまた、人が生まれつき備え持つ道具と言えるね」
この屋敷にはアイラの母親が見当たらない。わざわざ話題にも出すまいが、つまりそういうことだろう。よほど誰かに話したかったのか、彼女は不安を紛らわすように次から次へとまくし立てる。
「でも機械の兵士が都を占拠するようになって、よかったと思うこともあるんです。機械は悪い人に買収されたり、気まぐれで威張り散らしたりしませんもの。よく父も言っていました。『宮廷では職務と無関係の気遣いに煩わされすぎる。城より多少不便であっても、屋敷へ持ち帰ったほうが仕事がはかどる』と。お父様……」
「お父上の様子が気になるかい?」
アイラの表情がパッと明るくなった。
人前で仕掛けられない事情があるのか、二輪車形態のウォレンと距離を取って騎兵がフェイを尾行してきていた。城の連中は敵だった……。さすがに城外までは追ってはこないだろうが、街へ出ればふたたび機械騎士と追いかけっこをするはめになる。守りの手薄な門を探していると、白馬にまたがった勇者ディナスが特に急ぐ様子もなく外から入ってきた。しかも女の子を乗せている。
「曲者!」追っ手の騎兵が馬の腹を蹴った。
「曲者とは無礼な!私はお嬢さんをエスコートしてきただけだ!」
少女に手綱を渡してひらりと下馬した丸腰のディナスが、剣を振りかぶる騎兵の脇をただ歩いて横切っただけとしか、フェイには見えなかった。すれ違った兵士は馬から引きずり下ろされ、片腕の力のみで地面に組み伏せられた。
「国王陛下に姫はおられるのか!」
「は……?はぁ!?」
ディナスが兵士を殴打した。
「言え!国王陛下にご息女はおられるのか!」
もう一発殴打した。
「半年前、トレファンのルッツ殿下に嫁がれた!そ、それ以上は知らぬ!」
腹立ち紛れの三発目を叩き込まれると、哀れな兵士は完全に伸びてしまった。三十年勇者ディナス、ヒロインいない歴の記録更新であった。
「やあフェイ君」
「あんた、どうやって……!生きてたとはびっくりだ。勇者補正っての?やっぱそういうのあるんだね。いつの間にか女の子まで引っかけてさ」
「君のパートナーは?」
「ユゥラは降りるって。大丈夫、あいつにも“ユゥラ補正”ついてるから」
「だといいが……。ああ、あちらの天使はアイラ嬢。私の命の恩人だよ。アイラ君、こちら傭兵のフェイ君だ」
「アイラ・リンゼと申します」
「リンゼだって!?たしか宮廷魔術師の……」
フェイはあわてて言葉を切ったが、遅かった。
「父をご存じで?会いに来たんです!アルトゥエ・リンゼは今どちらに?」
「……」
「亡くなられた。そうだね?」
「……ここで長話はマズい。あの衛兵も魔術師を殺した奴らの手先だ。場所を変えよう」
白馬の背にもたれて失神したアイラをディナスが下から抱き留めた。




