その三
「陛下が脱出なさったあとも、リンゼ様は事態解決のため城内に残られたのです。執務室への許可なき立ち入りを固く禁じられておりましたが、それから三日経ち、せめてお食事をと運ばせましたところ、変わり果てたお姿で……」
割のいい仕事には死体が付きものだ。被造物量産計画の責任者アルトゥエ・リンゼは、内側から施錠されていたという密室で机に突っ伏したまま事切れていた。喉から流れ落ちた大量の血液が書類の上で赤黒く干からび……?いや、用紙の真ん中から斜めに書き始める書類があるだろうか?血糊のついた羊皮紙を剥がし取ってみれば、その下の羊皮紙にも大きな血痕が広がっていた。アルトゥエは瀕死の状態でしばらく生きていたのだ。そして刺客が立ち去ってから、わざと紙の上に別の紙を重ねた。……そこまで推理して、ユゥラは思考にブレーキをかけた。これ以上首を突っ込むのは報酬に対してハイリスクすぎる。
「……帰る?」
「何言ってんのユゥラ。こっちの依頼はダメになったけど、まだひとつ残ってるでしょうが」
「きな臭いの気づいてるでしょ!?探偵ごっこやるほどの契約、してない。仕事は第一にお金をもらうためにするもので、“世のため人のため”ってのは、あくまでもそのついでだよ!」
「なら、コンビはここまでだ」
フェイは踵を返した。
「街の人達をほっとけない。機械騎士を止める方法を探して、もうひと稼ぎする。会えて嬉しかったよ」
フェイと別れたユゥラは召使いの許可を得て王の居室を調べたが、大きな家具の裏に隠された脱出口に潜り込み、板材で補強されている狭い通路を少し下ると、崩れ落ちた土砂で途中から先が行き止まりになっていた。背後で音がして、急ぎ戻ったときには、城への入り口を塞ぐ家具が何か非常に重いもので固定されていた。……すべては折り込み済みだったのだ。実行犯はあのとき執務室に居合わせた人物。執務室の合鍵を持っている人物。アルトゥエの遺体が搬出も埋葬もされずにいたのは、「責任者が自殺した」との報告をエラルブルクへ持ち帰らせるためだった。ところが少しばかり、ユゥラの知恵が回りすぎたようだ。じきにフェイも始末されることだろう。暗闇の中、ユゥラは冷たい床にへたり込んだ。
「捨て駒、か……」
ユゥラの父親、パウル・ウェイナー・ブレインズは、魔術師の遺族から大量のガラクタ……もとい遺品を買い取っては鑑定し、掘り出し物を知り合いの魔術師達に売ることで妻子を養っていた。魔術にとても詳しかったが、本人は魔術師ではなく、魔術書をたくさん持っていたが、古書店を営んではいなかった。“果物屋さん”や“大工さん”ほど分かりやすい仕事ではないので、幼いユゥラは友達への説明に困ったものだが、ずっとあとになって魔王討伐専門の傭兵業で稼ぐようになってから、“自分のやりたいことが世の中の既存の枠に当てはまらない場合もあるものだ”と気づいた。父は好きなことを好きなようにやって生きていたのだ。ホントのところはどうか分からないけれども、ユゥラはそれで納得している。
父は戦で死んだ。
王国軍と魔王軍との戦のさなか、ユゥラの住む街に騎士がやってきて、王家の紋章のあるボロボロの旗をたなびかせ、路地という路地を巡り馬上から声を張り上げた。前線を支えきれなくなって後退した騎士団の人員を補うため、遠くの砦へ連れてゆく義勇兵が欲しいのだ。……義勇兵などといっても、どうせ貴族を守る盾か囮にされるのがオチだから、志願する馬鹿はいなかったが、間もなくこの街にも敵が攻めてくるのは疑いない。騎士が去ったあとの寄り合いで、自分達の街は自分達で守ろうということになった。誰が言い出したのかユゥラは知らない。ともかく、パン屋さんも鍛冶屋さんも酒場の亭主さんも、大人の男はひとり残らず、例外なく父も槍を持たされた。その姿が父に関する最後の記憶になってしまった。
その後、破壊し尽くされた街の広場に、瓦礫を再利用した記念碑が建った。刻まれた大勢の名前の中にある父の死を「尊い犠牲だった」と人は言うが、ユゥラはどうも腑に落ちなかった。いくら褒めてもらえたって、死んでしまったあとでは……。母とふたり途方に暮れるユゥラに遺されたのは、本、本、本……。整理しきれぬまま放ったらかしになっている古書の山だった。一冊一冊の価値など分からないが、ものによっては亜麻袋いっぱいの金貨と交換できることは知っていた。そして、一心不乱に後片付けを始めたユゥラが出会ったのが《アモンの書》だった。操縦者の身体能力を何倍にも強化する巨人の設計図が、そこには描かれていた。




