その一
むかしむかし、ある田舎に、魔力と機械を組み合わせたオーダーメイドの農具を売って細々と暮らす男がいた。広大な畑での耕作や収穫の時間を節約したい、若い頃のように鍬を振るうことができない、地理的に難しい場所にある畑へ水路を引きたい……。そんな依頼者の声に応えて、男は一件一件の困りごとの解決に適した、この世にひとつしかない農具を考え出した。
男の名はアモン。死後、一連の《アモンの書》の再発見によって世に知られることになる天才である。
“道具が手足の延長ならば、人体を丸ごと包み込むような、全身の機能を補助する道具があってもよいのではないか?”さまざまな農具を製作するかたわら、アモンはこの発想を人型の魔法機械へと発展させ、膨大なアイデアメモを記した。しかし魔法機械はどれひとつとして完成することはなかった。わずかな力しか持たない自然の魔力を増幅し、無数の関節を稼働させるための複雑な機構が、当時の技術では巨大になりすぎるか、費用がかかりすぎるかの二択だったからだ。アモンはスポンサーのつかない魔法機械を“泥をこねて魔法の奴隷を造ろうとした人々が天罰を受ける”という宗教説話になぞらえ、自虐的に“被造物”と名付けた。
アモンは魔法工学のみにとどまらず、絵画や数学、天文学においても才能を発揮したが、天体の運行を予測する新しい計算法を発表したとき、宗教裁判にかけられた。“神は宇宙の中心に大地を作った”という教典の一節を読み上げさせられたあと、弁明の場でアモンは言った。
「宇宙の中心がどこかなど、どうでもいい。仮に太陽を焦点とすると星々の軌道計算が楽になることを発見したので、同好の士に伝えようと思っただけです。あなた方が何を根拠に何を信じようと勝手ですが、いち個人の趣味の世界にまで、あなた方の信念を押し付けないでいただきたい」
この発言が“被造物”の発明を快く思っていなかった教会幹部の怒りの火に油を注ぎ、アモンは一切の執筆活動を禁じられた(そののち処刑されたとする説もあるが、教会に処刑の記録が残っていないうえ、墓の所在が不明で子孫もおらず、確たる証拠はない)。そして彼が遺したメモの数々は後代の研究家によって書き写され、注釈が加えられ、それらの断片が《アモンの書》(アモンの杖の書、アモンの技術書とも)として、知る人ぞ知る幻の魔術書となった。
“魔法工学の専門家を求む”。クロルク国王じきじきの依頼だった。王侯が公の文書で被造物に言及するのは珍しい。“人の身をわきまえず神に挑戦するもの”として教会に睨まれている被造物とは(少なくとも表向きは)関わり合いになりたくないはずだからだ。被造物に乗った悪者が都で暴れているとか、よほど重大なトラブルが起きたのに違いない。
ウェイナーくんの胸部装甲の内側、ユゥラの視界の端にクリップで留めてある地図を頼りに、都市と都市とを隔てる森の小径を抜け、遠く街壁を見渡す平野に出ると、甲冑の一団がこちらへ向かってきた。……いや、周りの木々との大きさの比率がおかしい。あの三人は歩哨の兵士ではなく、ウェイナーくんと同じ乗り込み式の被造物のように見える。
ユゥラの予想どおり、三体の被造物はそれぞれ剣を振りかざして突っ込んできた。目的は、おそらく報酬の独占。自分達以外の傭兵など最初から来なかったフリをして、王様がユゥラにくれるはずだった取り分を丸ごと頂戴するつもりで待ち伏せしていたのだ。
「三人がかりとはご挨拶ね!お前ら、まとめて予備パーツにしてやる!!」
被造物の攻撃をまともに受けてはいけない。仕事の前だというのに、ウェイナーくんの大剣や関節が損傷しかねないからだ。なるべく一体を一撃で仕留め、サクっと追加報酬にしてしまおう。つまりユゥラも敵と同じ傭兵狩りをするわけだが、フェアでない相手に対してフェアプレー精神を心がける必要などない。機体の正面でぐるりと大剣を回転させ、光の魔障壁で初撃を防ぎつつ敵の背後へ回り込む……が、背甲のド真ん中にひと突きを喰らったはずの被造物は、操縦者を失って倒れるどころか、よろめきもせずウェイナーくんの胸甲に肘打ちをくれた。
「ッ!?」
背を向けたままの被造物に突き飛ばされて転倒するウェイナーくん。敵の胴体には確かに、明らかに大剣の貫通した亀裂がある。亀裂の奥で歪んだ歯車が火花を散らしている。操縦者は胴体にはいない……?というより、そもそも搭乗していないらしい!動作の鈍くなった僚機をかばって二体の被造物がこちらに向き直った。たぶんこいつらも同じく無人。操縦者もなく、自らの判断で剣を構え、ユゥラに襲いかかる。片肘を地面に叩きつけた反動でとっさに跳び退いたウェイナーくんは、姿勢を低くして避ける動きで二体目の獲物の後ろを取った。大剣を拾う余裕はなかったので、素手で敵の腕を掴み、相手の動きに逆らわずに背中を押すようにして投げ飛ばす。そのとき、三体目の切っ先が二体目の陰からまっすぐ伸びてウェイナーくんの胴体を貫いた。死角だった。
装甲の丸みで突きを受け流す動作は間に合わなかったが、身じろぎして敵の手から得物をもぎ取ることはできた。ユゥラは左頬に張り付く冷たい刃に自分の血液のぬめりを感じつつ、剣が深々と突き刺さったままのウェイナーくんと立ち回った。敵は三体とも生きている。とどめの刺し方が分からない。
「敵に構い過ぎた?逃げる……か?」
これから王様と会って仕事の話をしなくちゃいけないのに、たったひとりで人間の乗っていない被造物と乱闘しながらどんどん赤字になってくあたしってアホなのかな?そこまで考えてユゥラは気づいた。ああ、クロルク王国のトラブルの種ってコイツらか!!
三体の被造物に包囲されて追い詰められるウェイナーくんの頭上を、金属でできた腕のようなものが飛び越え、被造物の頭を一個ちぎり取っていった。
「とりあえず苦戦してるほうを助ける!!」
宙を舞う鉄腕に人間がくっついている。被造物の首を投げ捨てた金属塊は空中で鮮やかに変形すると、着地したときには甲冑の女を乗せた二輪車に早変わりしていた。
「フェイ!!」
「ユゥラ!?ユゥラ・ブレインズか!!」
孤児だったフェイに苗字はない。名前も、彼女を拾った犯罪組織が付けたものだ。組織はフェイを使い捨てるつもりで働かせ、あるときライバル組織を陥れるための偽の取引場所までブツを運ばせた。張り込んでいた騎士団が見境なくごろつきを斬殺しまくる混乱の中、フェイはどさくさに紛れてブツを持ち逃げした。そしてブツを元手に装備を揃え、組織の追っ手を返り討ちにしながら、いっぱしの運び屋へと成長していった。ユゥラと知り合ったのは裏社会と縁を切ったあと、被造物の部品運搬の依頼を通じて、だ。
愛車“ウォレン”は身体ひとつで仕事をこなしていたフェイに馬以上のスピードと積載量と、毎晩酒場でエールを一杯追加注文できるだけの稼ぎをもたらした。全金属製の前輪と後輪それぞれが、サスペンションを内蔵する複数のユニットから成り、すべての部品と部品との間にスムーズな変形のための間隙があるので、ちょっと助走して勢いをつけてやればバッタのように跳ねることができる。ただし整備が難しすぎて好き者にしか扱えないが……。
フェイはフライホイールに溜め込んでいた魔力をアクセルで解放し、土煙を上げて無人被造物の注意を引きつけた。
「大丈夫!?彼氏、ベコベコにされてるじゃないか!」
「コイツら急所がどこか分かんない!」
「脚でも斬っといて逃げよう!」
「くやしいけど、そうするしかないッ、か……」
三体の被造物を挑発するように蛇行するフェイ。その後ろで胸甲の剣を引き抜いたユゥラは、被造物の脚部関節がどんなに頑丈で、どんなに精巧で、どんなに組み立てに手間がかかるかよく知っていたけれども、地面をかすめる横薙ぎの一撃で片膝を叩き折った。剣も同時に折れたので、片脚を失って擱座した敵から奪い取った剣で次の敵を、同じ調子で奪った剣で最後の敵を立て続けに倒した。そして、さっきフェイが投げ捨てた首級はクロルク王への手土産として持って行くことにした。
満身創痍のウェイナーくんを中庭の衛兵に預け、ユゥラ達は依頼人が待つエラルブルクの城内へ入った。ここではフェイのウォレンは下半身すべてと左上半身を……すなわち全身の四分の三を覆う重装甲の甲冑に変形し、パーツの大半が左肩から生えた三本目の腕になっている(この片翼のようにも見える巨腕は、中央部のハンドルを握ることでフェイの左腕の動きと連動する仕組みになっていて、二輪車形態への変形もハンドルを中心に展開する)。ユゥラとしては、被造物を屋内に持ち込める機能は正直うらやましい。ウェイナーくんに防犯装置を組み込んだときはとても苦労させられたし、他人の土地に被造物を駐機すると金を取られる場合もあるからだ。
「せっかく再会したのに、ウェイナーくんのお披露目があのざまなんてね……」
「三体の敵とやりあっても歩ける状態だったなんてさすがじゃないか」
「そう言ってくれるとうれしいけど」
ユゥラは左頬のガーゼを撫でた。応急手当をしてくれたフェイの所見では、皮膚が薄く擦り剥けた程度で、治れば傷痕も残らないそうだ。乙女の顔を傷物にされっぱなしでは済ませないつもりのユゥラだったが、玉座の前にひざまづき、詳しい話を聞いてみれば、報復の相手はどうやら依頼人でもよさそうだった。クロルク王は魔法機械の騎士団を制御できなくなり、都を追い出されて、秘密の地下通路からエラルブルク近郊まで脱出してきたという。つまり、アレが郊外をうろついていたのは、元はといえば王様のせいだった。
挨拶が済むと、依頼に至る経緯を宰相ルフ・ユヴールが主君に代わって話した。玉座を挟んでルフの反対側に立つエラルブルク領主は終始ひとことも喋らなかった。
「“勇者に頼らず魔王討伐を自動化する”。我が国が機械騎士の開発に踏み切ったのは、万民の願いを叶えるためなのです。計画は順調に進み、完成した被造物は、自動工房から列を成して魔王の城へと旅立ちました。ところが数日後、みごと魔王を討ち滅ぼしての帰り道……」
機械騎士軍団は辺境にそびえる魔王城を文字通り粉砕した。そして、その足で王都の街門をも粉砕したのである。凱旋パレード目当ての屋台が建ち並んでいた目貫き通りはたちまち地獄絵図。見物人は蜘蛛の子を散らすがごとく逃げ惑い、出動した衛兵の長弓も長槍も通じぬまま、あっという間に城を制圧されてしまった。
「……機械騎士どもは郊外の採掘場で精製したインゴットを運び込み、工房で自らを量産し続けておるものと考えられます。運搬路の中程にある橋を落としもしたのですが、水底に沈んだ機械騎士の上を、なんと後続の機械騎士が踏み渡り、対岸へ派遣した封鎖部隊を全滅させられました」
「事前に稼動試験というか、性能の確認はなさったんですか?」
「城でできる実験にはすべて成功したとの報告を受けております。城外へ出しての試験運用は、今お話ししました遠征が初めてでした。我が方にはこれといって心当たりがないのですが……」
ユゥラは頭を抱えた。「何もしてないのに壊れた」と言う奴に限って大抵余計なことをしているものだ。
「機械騎士の設計資料と実験記録をお貸し願えますか?」
「技術的な点につきましては、詳しい者が王城にて指揮を執っておりますゆえ……」
「都の様子は?」
フェイの質問のあとに不自然な間があり、
「それを偵察して頂きたい」
王様は我が身の安全を図るのに必死で、下々の避難にまでは気が回らなかったというわけだ。




