その女、強すぎる故に恋を知らなし
世界中を放浪し、旅する最強の女が居た。
その女、最強故に恋を知らなく、また、自分より強い者以外を認めないという女だった。
だが、その女は来る者拒まず、去るもの追わずの精神であり、戦いを求められては受け、例え野盗に襲われて殺されそうになっても、打ちのめし、逃げるならば追うことはなかった。
一度。本当に一度だけ。女は野盗に襲われていた男を助けた事がある。顔も名前も知らない男を助けたが、もちろん、善意ではない。ただ単純に自分の道を邪魔したが故に、野盗を退治しただけだ。
ただそれだけ。本当に善意などではないのだ。この事を何度説明しようとも、女の目の前に居る男は理解を示そうとはしてくれなかった。
「何度言えば分かる。私はお前など知らん」
「そう言わずに! 私はあなたに助けられました! その事に対してお礼がしたい! 是非私の料理を食べてくれないか!」
「―――料理、だと?」
偶然な事に、女の腹は空いていた。たまたま昼飯時にモンスターに襲われ、退治したのは良いものの、昼飯を地面へと落としてしまったのだ。
だからこそ、女の腹は空いていた。
……そして、不運な事に、女に無駄使い出来るほどの金は持ち合わせていなかった。
「私は料理人をしております。主に、モンスターを調理し、食べる。もちろん、普通の食材でも出来ますが、モンスターを主な商売としております。モンスター調理のライセンスも持っている為、貴方様のお口に合う料理も作れるかと……」
この男の提案は魅力的だった。助けた記憶はほぼ皆無に等しいが、こうして料理をご馳走してくれるというのなら、男の口車に乗せられても良いと女は思ってしまった。
「分かった。今回だけは頼むとしよう。だが、本当に私は善意であなたを助けた訳では無い。それでも良いのか?」
「はい。私が覚えているので大丈夫です。では、料理を作ると致しましょう。材料は何に致しますか? オーダーメイドも可能ですが、材料などをお持ちでしたら、ですが……」
「ふむ。そうだな……」
女の持ち物にはモンスターの肉もあった。所詮はモンスターの素材であり、売却する為に持っていただけだが、こうしてモンスター調理の出来る調理人が居るのなら、任せても良いかもしれない。
「では、これを調理出来るか?」
「―――こ、これは、レインボーウルフの肉ではありませんか!! このようなレアな食材。本当に宜しいのですか?」
「うむ。大丈夫だ。所詮は売りに出そうと思っていた物だ。レアな食材という事はきっと美味いのだろう? 私はモンスターを食べたことがない。だからこそ、最初は良いものを食べたいのだ。任せたぞ」
「かしこまりました。では、調理致しましょう!」
男はレインボーウルフの肉を持ち、調理する準備を始めた。魔法石を使い、火を付け、網を取り出す。そして、風魔法を使い、空中でレインボーウルフの肉を細かく刻む。
男がどのような調理をするか分からないが、網を取り出した所を見るに、焼き肉をするのかもしれない。
「此度は私も本気を出すと致します。ですので、この、二度と入手出来ないかもしれない、幻の野菜。ニホンネギを使うと致しましょう」
「良いのか? その二又に分かれたネギは私でも知ってるほどのレアな食べ物だ。このように使ってしまっても良いのか?」
「良いのです。私の身は野盗に襲われた時に一度死んでいるのです。だからこそ、命の恩人にこそこの野菜は使われるべきなのでしょう」
調理をしながらも女へと笑顔を向ける男に対し、女は少し心が動いてしまった。
女にとって初めて知った感情だ。胸を締め付けられるような、言葉として表現するのならば、ドキッという言葉が正しいのだろう。
「今回は食材の味を最大限に使うとして、調味料は塩だけ。これだけでも充分美味しいでしょう。あとは―――」
男は鼻歌交じりに細かく刻んだ肉と、適当に切ったネギを竹の串へと刺していく。
塩を一摘みだけ振りかけて、網に乗せて焼いていく。
「ほう。自称するだけあって、中々の手付きだな」
「ありがとうございます。もう少しすれば出来ますので、もう少々お待ちください」
男の言う通りにして、女は木陰へと移動して待つ。調理された肉の匂いが風に乗り、女の腹を更に空かしていた。
「これで完成です。では、どうぞお召し上がりください」
「これは、もしや私だけに食べろと言うのか? お前の分はどうした」
「私は助けられた身です。私に食べる資格などないのですよ……」
「―――良い。これはお主も食せ。どうせなら2人で食べた方が気持ちも良いだろう」
「か、かしこまりました。では、ご一緒致しましょう」
女は何故自分が一緒に食べることを誘ったのかは分からない。先程のドキッという感情をもう一度味わいたいからかもしれない。
けれど、女はあまりこの感情を認めたくはなかった。強さを求めるにおいては必要ないと感じたからだ。
「とても美味であった。感謝する」
「いえいえ。こちらこそ、お礼ができて良かった。それで、これはご提案なのですが、今後とも私と組んでいただけないでしょうか? もちろん、悪い話ではないと思いますよ」
男の言い分はこうだ。自分と一緒に世界中を旅し、女の倒したモンスターを男が調理して女に食べさせる。だが、街に辿り着いた時には、男の料理を売る為に女が手伝う。もちろんの事だが、男は女にモンスターから守る護衛料も支払われる。
言い分を聞く通りなら女にとってメリットしかない話だった。
「お前は良いのか? このような提案をして後悔はしないのか?」
「はい。世界中のモンスターを食べられる事。そして、何よりも、貴方様と一緒に居れ事こそが私にとっての幸せなのです」
「そ、そうか。それならば良いのだ」
女は強すぎたが故に、それを追い求めて恋を知らなかった。
けれど、この真っ直ぐな男の言葉に女の心は締め付けられている。
きっと、これは恋なのだろう。信じたくはないが、これから先、男と一緒に居れば更に何かが分かるのかもしれない。
「では、私と共に旅をしていただけますか?」
男にとっては一世一代の勇気を振り絞ったプロポーズ。命の恩人である強すぎた女に伝わるかは分からないが、それでもいい。ただ、一緒に居るということが男にとっての喜びだったのだ。
「あぁ。こちらこそよろしく頼む」
恋を知らぬ女は、その恋を詳しく知りたくなり、男の提案に乗る事にした。
ただ一度の胸の締めつけによって、女は恋という感情を少し知る事が出来た。
そして、この男と女は世界中を旅して後の世まで語り継がれる程となる。
けれど、後の世の語り部はどれも、女のことを強すぎたが故に恋を知らない純粋な乙女。と語ったという。
ちなみに、短編は普段あまり書きません。