第六話 『家』
扉をくぐると部屋――と、言うよりは玄関とリビングが繋がった様な部分に出てきた。中は思っていたより広かった。――否、広すぎたと言うべきだろう。
外から見た時の外観から普通の民家を想像した自分が馬鹿だと思える程に中は広く、豪華にまとまっていた。床は扉から一段高くなっていて天井には豪華な照明が付いている。所々には花が飾られ、幾つか絵画があった。中には休める様な椅子や机が点在しており、部屋そのものが一つの芸術を生み出していた。
また驚いた事に室内には他に何人か人がいたのだ。これはまた一体どういう事だろうか。少女は確かに家には兄しか居ないと言っていたので他に人が居るのにはおかしかった。
少女が嘘をついたのだろうか。それとも近所の住民、はたまたただの不法侵入だろうか、いやそれは無いだろう。
人々を見ればそんな事はしない事が伺える。
一人は強面のスキンヘッド男だった。危ない人物に見えた――これを着ていなければ。男性は、濃い緑色をした軍服の様な姿を着ていた。
この服からして軍隊もしくは自治体みたいなものだろう。見ただけで気圧される程の容姿は軍服のお陰でなんとか抑えられていた。その男性はもう一人の人物と話をしていた。
そのもう一人の人物もまた同じ服装をしていた。こちらは先程の男性とは違い、灰色の髪に眼鏡を掛けた温厚そうな男性だ。
この2人は共に安全だと伺える。
そして最後の一人は金色の髪に黒いマフラーを着け、黒い服を来ている美青年だ。彼もまた変わった格好をしていた。
明らかに怪しいが遠くからでも分かるくらい背丈が低い。恐らく子供だろう。よってこれも違う。
何やら軍服姿の2人の男性は、手に持っている黒い箱と話し合いをしていた。
「……はい、了解致しました。これより、森への移動を致します。 はい……了解です」
「……こちらB区画部隊・ファラクロス、プリシヴィー、少女捜索へ参ります!」
『……こちら本部。無事、見つけて帰るんだぞ……』
「「 ラジャー! 」」
どうやら少女――マリアの捜索部隊のようだ。マリアが居なくなった事により出動する事になったのだろう。キョウはこれを見て思わずニヤケ顔をする。
「このまま俺が連れて帰って来たってことにすれば、マリアを連れ帰ってきた事、プラスオークから助けた事で手柄を貰えるんじゃないか!? よし、早速マリア来い!」
そう言いキョウは先程までドアの前に立っていたマリアの方を振り返る。しかし
「わーーい!!お兄ちゃーーん!!」
「ぐおぅぅぶ!!」
時既に遅し、キョウは「アチャー」と言い、顔に手を当てる。少女は既に軍服の男性――ではなく、金髪黒マフラー黒服の不審な美青年に飛びかかっていた。少女は会えたのが嬉しいのか帰れたのが嬉しいのか、どちらにせよその青年を押し倒し抱きしめていた。
「ちょっ、重っ、重いってば!!」
「こら!女の子に重いは酷いよ!」
マリアは少し頬を膨らませながら青年を優しく叩く。こうして見ると確かに兄妹らしい。
「「 ――マリア様っ!! 」」
少女に気づき2人の男性はその兄妹の元に歩み寄ってくる。マリア“様”と言っていた。これは一体どういう事だ?
「って、マリア!!どこ行ってたんだよ!!お兄ちゃん、寂しかったんだよ!勝手に外に出ちゃ駄目っていつも言ってるでしょ?」
「……うぅ、だって〜」
「だっても糞もありません。 ごめんなさいは?」
「……ごめん…なさい」
まるで説教中の母と子を見ているようだった。性格には兄と妹だが。だが、まさかあの不審な格好をした青年が兄だとは。服も違う、髪色も違う似てる所を見つける方が苦労しそうだ。兄妹だから似ているとは限らないようだ。
「えーと、マリア。あのお兄さんはどなたかな?」
視線がこちらを向く。キョウは視線を感じ取り自ら兄妹の元へと歩み寄った。
兄妹を近くで見ると遠くで見たよりも身長差があった。兄は妹――マリアと同じかと思っていたがそれよりも高かった。しかし、それでもキョウの肩の位置には届いてなかった。
キョウが元々183センチと高身長の為、届かないのは仕方ないがそれでも腹部――胸筋に届くか届かないかしか無かった。目測およそ120から130センチと、いったところだろう。マリアの方は兄よりも20センチ程低いくらいだろう。
「……え、えーと妹のマリアを助けてくれた……という事ですよね? あ、君たちは1回下がっていいよ」
「何か疑問形になってるけど、助けた……という事になってるのかな。 俺の名前はキョウって言うんだ。 君はマリアのお兄さんで合ってる…よね?」
「え、あ、はい! わ……拙者は妹マリアの兄、あ、ニンでござる!!」
いきなり人が変わったかのような口調で名乗り出した。ござるとは一体なんだろう。この変わった格好がこの口調の原因なのだろうか。
「ちょ、お兄ちゃん。 人前でその口調はやめてよ! 私まで恥ずかしいじゃない!!」
「…ふふっ、良いですよ。構いません。それと、マリアはお兄さんと居ると元気になるんだね」
特に何の意味も無く、兄妹愛が素晴らしいと言ったつもりがマリアの方は顔を赤くして兄――ニンの後ろに隠れてしまった。
「此度は、拙者の妹を外から連れ帰ってもらい誠に感謝しているでごさる。 何か礼をしたい所でござるが何が良いでござろうか」
「え、えっと、とりあえず色々聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
キョウは先程から気になっていた事を口に出す。この時、一緒に口調の方を直してもらうようお願いすれば良かったと後悔するのは言うまでもない。
「さっき、外、からって言ってたけどどういうことなの? あと、そこの軍服の男たちがマリアの事様ずけで呼んでたのも気になるな」
軍服姿の男たちは先程から部屋の隅で待機している。こちらをチラチラ見てきているが怪しまれて当然だろう。軍服でなければそちらの方が危ないが。
「あぁ、その事でござるか。 そうだ、丁度いいや。ちょっと君たち、この人に街の案内してやってくれ。 夕刻までには帰ってくるようにしてくれ。今晩は宴でござるからな」
「「――はっ!」」
「あ、じゃあマリアも行く! ねぇ、良いでしょ?」
「駄目だよ。マリアはまだやる事あるし、この人も大変だよ?」
どうやら口調は妹と話している時だけ標準語になるらしい。それは別としてさっき彼は――街と、言ったな。謎に謎が生まれる。
「あぁ、別に私は良いですよ。 それに人が沢山居た方が楽しいですし」
「え、いや、そうとはいかんでござるし……うぅ、分かった! マリア、必ずいい子にするんだよ! あと、君たち。妹に何かあったらただでは済まないでござるよ!」
「「――っは!」」
気合いの入った敬礼をして、男たちは玄関とは違う扉へ向かっていく。
「えーと、キョウ殿。こちらでございます」
「あ、はい。少し待ってくださいね」
男にそう言い、今度は少女の方へ向き直す。少女はとても嬉しそうにしてこちらを見つめていた。キョウは思わず心を奪われそうになる。子供に対してそのような感情を抱いたことは無かったがこの可愛さには負けたようだ。
「――え、あ、じゃあマリア……ちゃん。行こっか」
その可愛さにら思わず普段はすることのない、子供をちゃんずけで呼ぶという行為を行ってしまった。流石にこれには少女も、また少年の気に触れる――しかし、そう思っていたのは自分だけだった。
「マリア……ちゃん!! ちゃん…良いよ! お兄さん、私も言わせてもらいますね!」
「え、はいどうぞ。 あと、口調が…」
口調――と、いう設定を忘れ目をキラキラにして少女を見つめている。大きく息を吸いいざ、言おうとする。
「マリアちゃ――」
「お兄ちゃんはちゃんって呼んじゃ駄目! お兄さんだけ!」
「え、えーー!! そんな……酷い……」
言う途中で遮られた上、禁止にされた事に酷くショックを受け、床に項垂れる。しかし、そんな事は気に止めず少女は手を取ってこちらに笑顔を振りまく。
「さ、行こ! お兄さん!」
「……お、おぅ! しっかり案内してくれよな!」
あれほど恥ずかしがっていた少女は暖かい笑顔で笑うようになっていた。