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第1話:白いキャンバスに描いて《断章3》

 美術教師に恋をした真夜は誰にも言えない悩みを抱えていた。

 そして、恋愛指導室に恋愛相談をすることに。

 その部屋にいたのは2人の男女。

 男の子の方は天海京司、女の子の方は天海真心。

 双子の美形兄妹として有名なふたり。

 イケメンで女子からも圧倒的な人気を誇る京司、クールビューティーな真心。

 学園の生徒ならば誰でも知っている。


「ようこそ、恋愛指導部へ。キミが榊原真夜さんだね」

「えぇ。あの、悩みがあって……来たんだけど」

「恋の悩み。それは誰にでもあるものさ。人間だから恋をして当然だ。それを乗り越えて人は成長する。時には辛い痛みもあるけどね」


 京司はそう言うと真夜に椅子に座るように促す。

 生徒指導室のように対面した形で話し合うらしい。

 和やかな雰囲気、緊張が解けていくのを感じる。


「真心ちゃん、いつもの用意をしてくれ」

「……人を顎で使うな、バカ京司」

「お兄ちゃんと呼びなさい、ありったけの愛を込めて」

「アンタに込める愛なんて微塵もないわ」


――兄妹の仲はあまりよくないのかな。


 険悪な感じではなさそうなのでこれが普段のふたりなのかもしれない。


「先輩、先輩♪言われた通り、紅茶のパックを買ってきたよ?」


 いきなり扉を開けて入ってきたのは見慣れない美少女だった。


「え?誰?」

「……失礼。夜空ちゃん、既に相談は始まってる。静かにしてね」

「あ、ごめんなさいっ」


 真夜に頭を下げる少女は瀬能夜空と名乗る。


「瀬能って生徒会長の?」

「従妹関係だよ。それはおいといて。さて、始めよっか。まず、言っておく事がふたつある。ここでの話は学園側にも話すことはないから安心して欲しいこと」

「もうひとつは?」

「あくまで恋愛指導室は恋愛指導をするだけだ。過度な期待をされても、キミの恋を必ず叶える力はないって事だ」

「最後は私の行動次第ってことだよね。分かってるよ」


 告白するのが自分ゆえに最終的には自己責任なのは当然だ。

 失敗しても誰かの責任にはしない。

 それを踏まえて彼は資料の紙を見ながら真夜に言う。


「それじゃ、キミの悩みを聞かせてもらおうか」


 真夜は彼らに自分の悩みを話す。


「先生が好きなんだけど、どうすればいいのか分からないの。初恋で彼氏も作ったことがないし。でも、高町先生が好きだという気持ちは確かにあるの」

「なるほど……高町先生、か。夜空ちゃん、探してきてくれる」

「はーい。高町先生だね。了解~」


 夜空は立ち上がって別のファイルを探しに行く。

 入れ違いに、紅茶を淹れた真心が戻ってきた。


「榊原さん、どうぞ。熱いから気をつけてね」


 その間にいい香りのする紅茶が真夜の前に出される。


「真心ちゃんは料理は壊滅的に下手だが、紅茶の淹れ方だけはプロ並みだよ」

「……余計な一言を言うな」


 真心に怒られる京司だった。

 そのやりとりに思わず真夜に笑みが浮かぶ。


「ふふっ、ふたりって仲がいいんだ?」

「血の繋がりあう兄妹だから。魂まで繋がってるのさ」

「気持ち悪い、アンタなんかと双子の兄妹で生まれたのが私の間違いよ」

「と、他人の前では素直になれない真心ちゃんでした」

「勝手に変なナレーションをいれないでっ!」


 京司に翻弄されて、真心は頭を抱えて嘆いていた。

 真夜は彼女が入れてくれた紅茶のカップに口をつける。

 ほんのりと香るいい匂い、口に広がる味は本当に美味しかった。


「京司先輩、目的のファイルを探してきたよ」


 夜空が探してきたファイルは高町栄治に関するものだった。


「この部屋には学園全員の情報があるって噂はホント?」

「基本的なデータは紙媒体でファイル化されていて、さらに各個人の最新情報はパソコンの中にあるんだよ。さすがに個人情報は機密事項だけどね。学園ネットワークって聞いたことがあるでしょ。極秘裏に学園の個人情報を集めてるって言う噂の組織」


 学園ネットワーク、それはこの学園の7不思議とさえ言われてる謎の組織である。

 あらゆる生徒の個人情報を集めてデータ化し、一部の関係者のみが閲覧できる。

 誰が情報を集めているのか、誰が管理しているのかは謎で噂が噂を呼んでいる。

 そして、その情報を閲覧できるのが恋愛指導部なのである。


「高町栄治、25歳。白鐘学園の美術教師。この学園のOBで過去に絵画で優秀な成績を残している。美術部の顧問で、今年から2年5組と6組の副担任をしてるのか」

「親しくなったのはその副担任だったことも大きいの」

「美術教師だと接点も少ないもんねぇ。榊原先輩は高町先生に恋しちゃったんだ」


 明るい夜空の言葉に彼女は小さく頷きながら、

 

「やっぱり、教師相手じゃダメかな」

「学校関係者の中でも教師は一番マズい相手だよねぇ。先生との禁断の恋だ」


 彼女の脳裏には恋愛指導部に相談すべきものではないと言う考えがよぎっていた。

 学園公認の組織とはいえ、学園側の立場であるはず。

 ここに来るまでも悩んだが、どうしても答えが出ずにここに来た。


「相談に乗るだけなら別に悪くないさ。恋をするのは自由だ、それを止める権利は誰にもない。人が人を好きになる。その気持ちは抑えてはいけない」


 京司の言葉は逆に言えば間違っている相手に恋をしてると知っていても止めないという事、恋愛は自己責任、自由と言う代わりに責任も伴う。

 彼も恋愛指導をする立場としては複雑なのかもしれないと真夜は感じた。


「キミは高町先生のどういう所が好きなんだい?」

「先生は優しい人なんだ。なんて言うか、何でも受け止めてくれる感じが好き」

彼女は父子家庭だから親には甘えにくい、素直に甘えられる相手が栄治だった。

「甘えられる相手なら誰でも良かったわけじゃないけど」

「なるほど、包容力があるところが好きなんだ。彼を好きになったきっかけは?」

「高町先生の描いた絵を見てからかな。職員室前に飾ってる夕焼けの絵があるの。それをみた時、これを描いた人のことが気になって……高町先生のことを意識しだしたんだ。あれがきっかけ……きっとあそこから始まったの」


 全てはあの絵がきっかけ、始まりと言ってもいい。

 京司は真夜の話を頷いて聞きながら書類に目を通す。

 好きな人の事を他人に話す事に恥ずかしさを感じていたが、心の負荷がおりるというか、気持ちが楽になるのを真夜は実感していた。


「彼を本気で好きになったのはそれから後のこと?」

「うん。2週間ぐらい前に私は風邪をひいたの。車で家まで送ってくれたのが高町先生で、ついでに介抱してくれて……好きだって気持ちが確信に変わった」


 それまでは名も知らぬ生徒のひとりでしかなかったのに。

 栄治と話をする事ができて、傍にいることもできたことが彼女を変えた。


「この関係を大事にしたいし、壊したくない。それでも、私は……高町先生が好きだから。私は先生が好き。恋人になりたいの」


 自分の口から出た言葉に自分で驚く。

 恋人になりたい、それは確かな願望だけどありえない話だ。


「……最初にキミはどうすればいいか、と俺に言ったよね。自分がどうしたいのか、気持ちは決まってるんだ。それなら、することはひとつだけだよ」

「告白……?む、無理なの。先生にしても相手になんかされないもん」


――私が子供で、先生は大人で立場もあるし、迷惑はかけたくない。


 付き合う事が出来て恋人になれたら嬉しいが、それは高望みしすぎだ。

 夢を見るのは自由だが、それを行動に移す勇気はない。


「榊原さん、誰でも好きな人に好きという言葉を伝えるのは怖いんだよ」

「京司さんでも怖いものなの……?」

「当然さ。自分以外の相手に思いを伝える。単純なことなのに、一番難しい。けれど、想いはうちに秘めても意味はなくて、伝えて初めて意味があるんだ。断られるかもしれない、その恐怖より俺は未来を変える可能性にかけてみた方がいいと思う」


 京司さんは「告白するもしないもキミの気持ち次第だ」と告げる。

 選択するのは自分自身、どうしたいのか、それだけのことだ。

 栄治と恋人になれるかもしれない可能性。


――これは好きな色のお話と一緒なんだ。


 どんな色にもなれる可能性がある、それは全て、自分の行動次第だ。


「――恋をして恋を失った方が、一度も恋をしなかったよりマシである。byテニソン」


「え?」

「恋愛格言って知ってる?俺はこういうのが好きでよく引用するんだけどさ。何もせずに諦めるっていうのは一番後悔する結果じゃないかな」

「……告白するかどうか、これから考えてみる」

「うん。自分の気持ちを偽らず、後悔しない選択をすればいい。もしも、告白するなら相手の“瞳”を見てするんだよ。目を見ると想いが伝わりやすい、人の表情が一番出やすいのは瞳だから。相手の表情を見ておくんだ」


 目を見て、というのは分かる気がした。

 相手の目を見て会話することの大切さ。


「告白する時はうつむき加減になるからね。する時は気をつけんだよ」


 そんな忠告をもらい、真夜はお礼を言ってから恋愛指導室を出た。


「何だか話すだけ話したら心がすっきりした気がする」


 悩みを打ち明けられる相手がいるということ。

 そのことがこんなにも心の負荷を消してくれるとは思っていなかった。


「……私は先生が好き。その気持ちを大事にしたいよ」


 彼女は少しずつ覚悟を決めていく。


「未来を変える可能性というものに賭けてみたいんだ。だって、そうしないと私はずっと白色のままのような気がしたから――」


 少女の決意は栄治に届くのだろうか。





 ……。

 その頃、恋愛指導室で後片付けをする京司に真心が言う。


「今日はアドバイスはなし?らしくない正論ならべてさ。やっぱり、相手が教師だと難しいんだ?下手すりゃふたりとも学園での立場が危ない事になるわけだし?」

「別にそういうわけじゃないさ。ただ、物事には順序ってものがあるんだ」

「順序?先輩はただ相談に乗ってあげただけじゃないってこと?」

「真心ちゃん、夜空ちゃん。宣言しておこう。今回、榊原さんが、もしも告白すると選択肢を選んだ場合、その告白は失敗することになる。失恋だね」


 真心と夜空は思わず「は?」と驚くと、彼に詰め寄る。

 普段の彼なら「失恋」など言わないため、その言葉に唖然とする。

 恋愛相談をする時の彼を真心なりに信じているからだ。

 京司は恋愛がうまくいくように導くのが役目で、その恋を諦めさせるのが目的ではない。


「どういう意味、先輩?えー、失恋しちゃうの?可哀想だよ」

「何よ、それ?そりゃ、相手は教師だし、相手にもされないかもしれないけど、それなら最初から告白させるようにしなければいいじゃない。初めから失恋するって分かってるなら、なぜ告白させるように仕向けたの?」

「想いは伝えなければ意味がない。胸の内に秘めても、何の意味もないものだ」


 京司はファイルを元の本棚にしまいながら、微笑を浮かべて真心の方を向いた。


「……失恋するのも織り込み済み?つまり、次があるということ?」

「そういうこと。失恋することも、今回の恋愛の中身の一つにすぎない。失恋は恋の始まりだ、そこから本当の意味で始まりを迎える。逆にすんなりうまくいった方が俺は心配だね。そういう相手を信用できるかな」


 もし、すんなり受け入れた場合は教師としての認識の甘さを疑う。


「世の中、教師も良い人間ばかりではないのが現実だ。ここが評価の分かれ目だよ」


 覚悟を決めた告白の意味をどう答えるのか、それが問題なのである。


「人は痛みを受けて初めて気づくこともある。どんなに理解していても、痛みがなければ、気付けない事ってあるんだ。失恋するからこそ、始まりを迎えられる。この最初の痛みに耐えきれるかどうか、それは榊原さん次第だよ」

「……失恋を乗り越えて諦めなければ道は開ける、と?」


 全てを見通すかのような京司の態度に真心は不満そうに頬を膨らませる。

 そうやって、彼が予想した展開が外れた事なんてほとんどないからだ。


「夜空ちゃんも初めての恋愛相談だ。これからよく見ておくといい。恋愛指導部はあくまでも恋愛指導しかない。だけど、より良き方向へ導いてあげることはできる」

「ふふっ、先輩のお手並み、拝見って感じだね。見せてもらうよ」


 夜空と真心は京司の先見の明を思い知ることになる――。

 

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