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第1話:白いキャンバスに描いて《断章2》

 榊原真夜がその絵に初めて気づいたのは高校1年生の夏のことだった。

 職員室前には額縁に飾られている数枚の絵画があった。

 それは過去の生徒が描いた絵で有名コンクールで入賞した作品だ。

 その中でも夕焼けの風景画は真ん中に飾られていた。

 数年前に描かれた幻想的な素晴らしい絵に真夜は一瞬で心を奪われた。。

 同じ赤でも暗めの赤と明るい赤の絵の具を混ぜて描かれている夕焼け。

 まるで写真のように綺麗な夕焼けの色彩を表現していた。


「これって昔の生徒の名前だよね……作者名、高町栄治?」


 絵の下に作品のタイトルと作成年、名前が書かれている。

 今から7、8年も前の作品で、この絵の作者の名前は高町栄治というらしい。

 

「知ってる、真夜?それってあの高町先生の絵らしいよ」


 隣にいた友人から聞かされて私は驚く。

 高町栄治は若手の先生で生徒から人気のある美術教師だったのだ。


「彼、この白鐘学園の出身で在籍時はかなり優秀だったみたい。人って見かけによらないよねぇ。高町先生がこんなに迫力のある絵を描くなんて」


 栄治は生徒達には年上のお兄さんみたいに優しく頼れる教師である。

 親近感を抱くタイプの先生で、イケメンでもあるため彼に憧れる女子も少なくない。


「噂をすればアレ、高町先生じゃん」


 友人の指差す先には栄治の姿が見えた。

 相変わらず、男女問わず周囲から生徒に話かけられているようだ。

 

「人気だねぇ、外見もいいから当然かな。真夜もそう思わない?」

「どうかな。私はよく知らないから」

「いい先生だよ。あー、高町先生が担任だったらよかったのにね」

「新人の高町先生が担任になるにはまだ早そう。来年辺りに副担任ぐらいは任せてもらってそうだけど。高町栄治……高町先生か」


 真夜の中で彼に対する興味を抱いた瞬間だった。





 月日を重ねるにつれて真夜の中で栄治への想いは変わっていく。

 興味はやがて好意に変わり、大きくなる想いは氾濫しそうになっていた。


「高町先生は優しいし、誰隔てることなく生徒を思いやる今時あんまりいない先生で、そばにいると安心できるな」


 だが、彼が好きでも告白する勇気なんて全くなかったのである。

 春になって学年がひとつ上にあがった4月の中旬。

 真夜は高熱を出し、季節はずれの風邪をひいてしまった。

 学校の授業中にダウンした彼女は保健室に運ばれた。

 家に親がいないため、教師が家まで送ってくれることになったのだが……。

 その相手こそ、彼女の憧れる高町栄治だったのである。

 緊張しつつも、熱のせいかちゃんと会話できたことに喜ぶ。

 その一件以来、真夜は彼に対して積極的に近づく。

 栄治に近づけるきっかけを得た真夜は昼休憩になると、美術準備室に行く。


「先生、お待たせっ♪」


 真夜が部屋に入ると、彼は冷たくあしらうように、


「……―誰も待ってないが?」

「ひどっ。うぅ、先生が私に冷たくする」


 彼女が拗ねたフリをすると彼は困った顔をして言う。


「また来たのか。お前も暇人だな」

「先生に会いに来た、って言ったら嬉しい?」

「あー、はいはい。嬉しいねぇ」


 棒読みで答える栄治はポットでお湯をわかしコーヒーを入れ始める。

 食事の時だけ一緒の時間を過ごせる。

 放課後は部活があるので栄治も忙しいのだ。


「榊原、お前もホントに暇人だな」

「だから、暇じゃないってば。先生に会いに来てあげてるの。ひとり寂しくお昼ご飯って可哀想じゃない。付き合ってあげているんじゃない」

「誰も頼んでないけどな。お前といると暇しないのは確かだが」


 真夜がここに来ることは半ば受け入れてくれているようだ。


「学食を使う人もいるけど、高町先生はいつも惣菜パンを食べてるよね」

「お金がないからではなく、好き嫌いが激しいので学食が合わないだけだ」

「先生、それ子供っぽいよ?」

「うるさい。余計なお世話だ」


 真夜の昼食は毎朝お気に入りのお店から配達されるサンドイッチだった。


「……榊原はいつも高そうなサンドイッチだな」

「別に?1000円くらいのサンドイッチだけど」

「出たよ、無意識なお嬢様発言。こっちは合わせても300円もしないっての。贅沢は身体に毒だぞ。歳をとってから後悔するがいいさ」


――これってお嬢様発言、なのかな。


 栄治にそういう風に言われるまで、真夜はあまり自分の金銭感覚を疑っていなかったけど若干ズレがあるのだと気づき始めていた。

 自分が恵まれた環境にいる人間だというのは自覚がある。

 親はこの学園にも影響力を持つ、いわゆる富裕層の人間だ。


「食べたいならあげるよ。どうぞ、高町先生」

「くっ、その余裕は屈辱的だ……。むっ、これは生ハムか?」

「そうだよ。美味しいよ、生ハム。食べないの?」

「……生徒から同情されるわけにはいかんのだ。100円のソーセージパン、最高」


 そう言いつつも彼は生ハムサンドを食べた。


「ホントに素直じゃないなぁ。そーいうとこ、可愛いと思うよ」

「……年下の女に言われると辛いセリフだな」


 ため息をつく栄治に真夜は微笑みかける。

 話してみて改めて彼の親しみやすさを感じさせられる。


――生徒に対して壁がないといえばいいのかな。良い先生だよね。


 クラスメートの男子と話してるのと変わらないくらいだ。


――タメ口でも全然気にせず許してくれるし、先生なのに先生って感じがしない。


 それはいい意味で“親近感”になってる。

 食後は栄治の入れてくれたコーヒーを飲みながら談笑する。


「私のためにあまり苦くないように入れてくれるからこのコーヒーの味は好き」

「安物のコーヒーだけどな」

「そこで拗ねないでよ。私、この味が好きだよ」


 真夜は部屋の片隅にある描きかけの絵に目を向けた。


「……昨日よりも出来てるね」


 それは数日前から栄治が描き始めた絵だ。

 湖に満月が鏡のように反射して映る写真がキャンバスの真横に貼られている。

 星がきらめいていて美しい光景だった。

 その写真をもとにキャンバスには鉛筆で薄く下書きがされている。


「先生の新しい絵、美術教師をしてるだけあって下書きでも十分うまいね。先生。今度のこの絵の写真ってどこで撮ったの」

「春前に休みを使って北海道に行った時の写真だ。田舎は星が綺麗だからいいな。久々に絵を描くための創作意欲がわいたよ」

「……ふーん。で、誰と一緒に行ったの?恋人?」


 遠出≠一人旅ではないはず、他に誰といったのかものすごく気になる乙女心。


「悪かったな。おひとりさまだよ。3泊4日の一人旅。恋人なんていないからずっとひとり。言わせるなよ、悲しいから」


 どうやらホントに寂しかったようで拗ねてしまった。


――そっか、先生って恋人いないんだ。私にもチャンスがあるかも?


 思わず、期待してしまう真夜だった。


「えーっ。それは寂しいね。あははっ」

「笑うな。ったく、美大時代にはモテたのに教師になって出会いが極端に減った。こうなったら、ののちゃん先生でも狙ってみるか?」


 ののちゃん先生、本名は小阪ののか。

 彼女は新人先生で今年で2年目、若くて可愛いと評判の先生である。

 童顔で一緒にいると生徒と交ると誰も教師だと気づかない。

 皆からは愛されキャラとして人気の先生だった。


「いいの?ののちゃん先生、かなり天然系だけど」

「いや、やめておく。教頭にすら同情されるドジっ娘だ。付き合いきれん」


 苦笑いをしてる栄治と対照的に真夜はかなり複雑な気分だ。


――先生は私の想いに気づいてくれてないんだろうな。


 彼と触れ合う時間が増えれば増えるほど、真夜の気持ちは膨らんでいく。


「先生も頑張らなきゃ。そうだ、生徒を狙ってみれば?」

「俺を犯罪者にする気か。最近の女子高生に魅力は感じるが生徒に手を出すほど鬼畜じゃない。手を出して教職を失うのは勘弁だ」


 冗談口調で否定されてしまった。

 教師相手に恋愛するには難しいのは分かっていても、本人の口で言われるのは辛い。


――私は高町先生が好き、大好き。


 この気持ちは誰にも相談できない、恋の悩みを真夜は抱いていた。

 そんな時だった、彼女は学園の掲示板に張られたポスターを見つける。


『誰にも言えない恋の悩み、相談に乗ります。恋愛指導部』


 恋愛指導部。

 その名前で彼女は思い出した。


「確か学園公認の恋愛相談に乗ってくれる部だったはず」


 周囲にも利用している子がいて好評だったのを思い出した。


「恋愛指導部か。相談に乗ってもらおうかな?」


 教師と生徒の関係という微妙な恋愛事だと思いつつも、恋愛相談をしているという彼らに話を聞いて欲しくなっていた。

 他人に話せば何かが変わる、そんな気がしていたから。

 相談の前日に予約表に記入するだけ、翌日に指定時間に行けば相談に乗ってもらえる。

 真夜は名前を記入して翌日、その恋愛指導部の教室を訪れた。

 そこで私を待っていたのは美形の双子の兄妹。


「――ようこそ、恋愛指導部へ。キミの恋の悩みは何かな?」


 ついに踏み入れた恋愛指導部の教室。

 この恋を成就することができるのか。

 真夜にとっての恋の試練が今、始まろうとしていた。

 

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