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幕間15:近距離恋愛

 生徒会の仕事は事務作業が多い。

 澪が生徒会長になったのは決してこの地味な作業がしたいわけではない。


「こういうお仕事をしていると、私は何のために生徒会に入ったのかって思うわ」


 同じく作業に集中していたメンバーも同感だと頷く。

 生徒会と言えば、華やかなイメージを持たれるが、実際の仕事は地味だ。

 議論をするだけではなく、資料整理や事務作業が山積みである。

 生徒会枠の限られた人数、お手伝いを含めても人数は十分とは言えない。

 年中このような作業があるわけではないが、憂鬱な気持ちになる。


「生徒会長の任期もあと少しですね、会長」

「えぇ。そうね。夏休みが終われば、次へ引き継ぎだもの。その作業もまた大変よ」


 生徒会の任期は9月下旬まで。

 その後は選挙を経て新体制へと移行する。

 

「以前から聞きたかったんですけど、会長はどうして会長になられたんですか?」

「人の上に立ち、学園の権力を我が物にしたかったのよ」


 さらっと真顔で言い放つ彼女の問題発言に静まり返る室内。

 その場にいた5名は唖然とした顔で彼女に視線を向ける。

 さすがにその沈黙が辛かったのか、澪は苦笑い気味に、

 

「静まり返らないでよ。冗談だからね?」

「で、ですよね。一瞬、本気かと疑ってしまいました」

「会長でもそういう冗談を言うんですね」

「でも、先輩の場合は冗談に聞こえないからなぁ」


 澪にとって生徒会長という役職は特別なものではない。

 子供の頃から学級委員など生徒の中心にいる仕事を選んできた。

 自分に向いていると言うよりも、自分の性格なのかもしれない。

 

「そもそも生徒会の権力ってそもそも何?大して偉そうにできるわけでもないわ」


 澪は権力の上で偉そうにふんぞり返るタイプではない。

 生徒会などほとんどが雑務の繰り返しだ。

 生徒からの信頼を集め、実直に仕事をこなす毎日。

 その姿から生徒たちからも人気があるのは当然とも言える。

 権力を振りかざすまでもなく、皆が澪を慕っているのだ。


「人の役に立ちたい、とか真面目っぽいわけでもないのよ。私の性分なのかしら。こうやって、何かの中心にいたいって言うのは……」

「会長はカリスマ性のある方ですから、自然と人も集まるんでしょうね」


 澪は生粋のリーダータイプだ。

 小中高、と続けて生徒会長を務めてきたし、人々の中心にいる事も多い。

 それゆえに時に貧乏くじを引いてでも、他人のために何かをすることも珍しくない。


「そういえば、次の会長候補は誰でしょうかね?」

「特進の麻宮が狙っていると言う噂もあるけど?アイツは偉そうなタイプだからな」

「特進はダメでしょ。一流の大学進学狙ってる子達が片手間にできることじゃないよ」


 雑談の中で特進と言う言葉が出た。

 澪を含めて生徒会のメンバーは特進ではない。

 特別進学クラスはこの学園の中で有望視された選りすぐりの生徒。

 それゆえに好待遇されているし、特進であるということは一種のステータスだ。

 だが、大学進学と言う最優先事項があるゆえに、学業以外に関わることは少ない。


「過去、特進が生徒会長になった例は一度もないわ」

「ですよね。麻宮ではなく、新庄とかならどうでしょう?」

「新庄那美は優秀でも人の上に立つタイプではないでしょう」

「では、天海真心は?彼女が立候補してくれたら安泰ですよ」

「真心は良い子よ。実際、中学の時は私と同じ生徒会をしていたの」


 澪は懐かしそうにあの頃を思い出す。

 彼女にとって真心は信頼できる後輩の一人だ。

 

「あーあ。真心さんなら、この生徒会を任せられるのに」

「ホント、隣の恋愛指導部で遊ばせておくのがもったいないくらいですよ」

「恋愛指導部ねぇ。人材は適材適所で使われてこそ価値があります」


 恋愛指導部は学園公認の組織である。

 それゆえに生徒会にとってはまた他の部活動とは違う


「そういえば、……ちなみに噂では天海京司も会長と一緒だったとか?」


 先日のあーりんデイズで知った、とひとりが口にすると、


「京司クンは当時から問題児でね。監視の意味を含めて、生徒会入りさせたのよ」

「なるほど。会長はその頃から彼と関係を続けているんですね」

「……関係って何?腐れ縁って意味で?」


 澪の言葉に生徒会の面々は「何を今さら」とばかりに笑いながら、


「またまた。お二人が影ながら交際を続けているのは周知の事実ですよ」

「会長が心を許している男性と言えば彼くらいでしょう」

「自慢の彼氏がいて羨ましいですよ。私もああいう人気の彼氏が欲しいです」

「先日もデートをされてたとの噂あり。何を隠す必要があるんですか」


 などと誤解されていることに、澪は初めて気づくのだった。

 学園中の生徒たちにアンケートでもとってみれば、その過半数はこう答えるだろう。

 ふたりの関係は恋愛関係に違いない。


「は?いや、ちょっと待ちなさい。それは誤解なのだけど」

「またまたぁ。隠さなくてもいいじゃないですか」

「ですね。私達の前では隠す必要はありませんよ。誰にも言いませんから」

「ふふっ。会長はホント照れ屋ですね。口ではなんと言ってもラブなんでしょ」


 あらぬ誤解を否定することさえ聞いてもらえない雰囲気。

 澪は「あ、あのねぇ」と言葉を震わせながら、

 

「私と京司クンは付き合っていません。わ、笑わないでよ。ホントだから!?」

「はいはい。そう言うことにしておきます」

「……ホントなのよ?」


 誰もが彼女の照れ隠しだと信じてくれず、げんなりする澪だった。






 いつのまにか静まり返り、澪はひとりで生徒会室の仕事をしていた。

 他の生徒はもう帰ってしまった。

 最後に判を押した書類を学園長に提出すれば、今日の仕事も終わりだ。

 

「……もう一学期も終了なのよね」


 生徒会長の任期は9月末まで。

 夏休みは何度か生徒会室に来る用事があるものの、9月は引き継ぎの関係の仕事があるだけで、もう主だった仕事は終わりと言ってもいい。

 そこに寂しさも感じるが、役目から解放されると言う気持ちも大きい。


「失礼しますよ」


 ノックの音と共に入ってきたのは京司だった。


「おや、澪先輩だけですか?」

「京司クン?どうしたの?」

「せっかく皆に真心ちゃん特製紅茶を振舞おうと持ってきたのに。ふたりでティータイムでもしますか?今日はミルクティーです」

「真心の淹れてくれたお茶は好きよ」


 彼はティーカップにお茶を注ぎ込んでいく。

 いい香りのする紅茶の入ったカップでふたりは乾杯する。

 

「皆、帰ってしまったんですか?」

「この時期はある程度の仕事が終わればやることもないからね」

「もうそういう時期ですか。引き継ぎ、大変そうですね」

「……恋愛指導部は引き続き、京司クンが担当になるのよね」


 風紀委員会、生徒会と違い、トップの中で京司だけが唯一の二年だ。


「学園長からはそう言われてますよ。これからも引き続き女の子達の面倒をみてくれ、と。そう頼まれたら俺も頑張るしかありませんねぇ」

「女の子限定にしないの。恋愛指導部は男子生徒の味方じゃないの?」

「男の恋愛なんてウジウジ悩む前に行動しろって感じで終わりですから。男は所詮、恋愛と性欲の区別がついてない。男の恋愛では物語を楽しめませんよ」

「独特の物言いをするのはいいけど、貴方がその代表でしょ」


 彼に呆れながら澪は真心の特製紅茶を飲む。

 甘いミルクティーの味には大満足だ。


「……澪先輩は上の方の大学に優先入学が決まってるんでしょう。他の生徒と違って受験勉強をしなくてもいいわけですね」

「その言い方はアレだけど。まぁ、ほぼ決まりかな」

「ということは、この夏は俺と海に遊びに行く予定も自然と立つわけですな」

「なぜにそうなる」


 いきなりのデートのお誘いに澪は顔を赤らめながら、


「ダメですか。色々と楽しい夏休みにしたいと思っただけですよ。先輩ともぜひどこか遊びに行きましょう。せっかくの夏ですからね、可愛い女の子達と遊びつくさねばいけないですよ。青春は人生で一度っきりなんですから」

「お、女の子に“達”はいらないから!?」

「ただのグループ交際ってやつですよ?」

「うぅ、絶対に意味が違うし。この女好きめ。ひどいやつ」


 夏を間近に受かれる心は澪の中にもある。


――いい加減、この関係を変えて欲しいもの。


 過去のしがらみを乗り越えるための一歩。


――青春は一度だけ、か。チャンスは逃しちゃダメだ。


 この夏が最後の機会になるかもしれない。

 そう思った澪は意外な行動に出ていた。


「……グループ交際はやめて、私だけにしてみる、とか」

「澪先輩?」

「わ、私ひとりだけでも十分に満足させてあげられると思うのだけど?」


 京司の制服の袖をつかみながら、澪はそう呟いていた。

 恥ずかしさから照れくさそうに頬を染める。


「こんなダメ男に惹かれるとは先輩は男を見る目がないですねぇ」

「自分で言わないで。いい?私だけにしておくこと!」

「ははっ。まったく……いいですよ、この夏は先輩だけで我慢しておきます」


 京司は小さく頷いてから、澪の手を取る。

 ほんの少しずつでもいい。

 この近距離恋愛を進展させることができるのならば。

 何かが変わる気配、本格的な夏が始まる――。

 

第一部終了です。

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