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幕間14:あーりんデイズ、第3回

 あーりんデイズ。

 放送部の定番となった放送番組は普段とは少し違う雰囲気を表していた。


「あーりんデイズの時間です。今日も15分間お付き合いください」


 毎週のこの時間を楽しみにしている生徒も多い。


「皆さん、こんにちは。あーりんです。暑くなってきて、初夏の訪れを感じますね。暑いのが苦手なあーりんとしては辛い季節がやってきました」

「夏だよ。俺の季節がやってきたよ。曜日パーソナリティの天海京司です」

「……あの、さっそく質問です。夏が俺の季節って何ですか、京司さん」


 開始早々、テンションが無駄に高い。

 あーりんは返答が予想できつつ尋ね返す。


「夏と言えば海、海と言えば女の子の水着。ひと夏のアバンチュール。ひと夏の恋は女の子を変えてしまうのだよ。夏って素晴らしい」

「……今年の夏はどれだけの女の子を泣かせる羽目になるんでしょうか、この人」

「なんと、あーりんの水着姿を放送部のHPで公開予定です。そうですよね、部長?」

「しませんから!?ちょっと部長。カメラの用意はしなくていいです」


 目線で部長をけん制しつつ、あーりんは「海と言えば」と話を続ける。


「私ですね、海ってあまり行った経験ないんですよ。どちらかと言えば山派です」

「それなら今年の夏はあーりんと一緒に海に行こう。俺が連れていくよ」

「変な所に連れ込まれそうなので遠慮させてもらいます」

「あーりんが俺に冷たい。でもさぁ、海っていいよ。プールと違って自然を感じられるし、開放的な気分になった女の子達も口説きやすくなる」


 ちょっと呆れつつも、あーりんは京司に、


「京司さんは夏の予定はたくさんありそうですね」

「ふふふ、この夏は俺をきっと大人にさせてくれると思うんだ」

「……もう少し精神的に大人になりましょうね?ナンパばかりしてたらダメですよ」


 例年通りの夏を送りそうな京司をたしなめる。

 三ヶ月もたてば、京司の扱いも十分に分かってきたあーりんだった。


「そういうあーりんはどうなのよ?夏休みのご予定は?」

「私は家族でキャンプする予定です。小学生の弟が今から楽しみにしてます」

「ほー。子供の頃って、カブトムシとかに憧れました。あーりんはアウトドア派なのね」

「一応、山ガールズですよ。登山も親の影響で趣味ですし」


 アウトドアが得意と言うあーりんは「虫は苦手ですが」と付け加えた。

 あーりんは手元の資料に目を通しながら、


「さて、次は先週募集していたテーマに行きましょう。今回のテーマはずばり『夏にしたいこと』。皆さん、なぜか恋に関する話題が多いようなんですが」

「どうよ、あーりん。夏と言えば、ひと夏の恋でしょう!恋だよ、恋っ」

「……ぐぬぬ。京司さんと同じ思考の人がたくさんいるってことですね。はぁ」


 夏と恋の話題がセットなのは思春期ならば仕方のない事だ。

 送られてきたメールの一つをあーりんは読み上げていく。


「ラジオネーム、二月生まれさん。夏にしたいこと。自分には微妙な関係を続けている幼馴染がいるんですが、その関係を進展させたいと考えてます」

「ふむふむ。夏前に恋愛指導部をご利用ください。あと妹はやらんぞ、如月」

「……最後まで聞いてあげてくださいよ。本人バレするので名前も言わないであげてください。えー、幼馴染は海で泳げないので泳ぎを教えてあげたいと思ってます。下心を感じさせないように海へ誘う文句はないでしょうか?」

「真心ちゃん、泳ぎ下手だからなぁ。如月にとってのチャンスでもある」

「だーかーら、名前バレ禁止です。もうっ。あと、如月さん、じゃなかった、二月生まれさん。こうなったら、当たって砕けてください。もう手遅れかもしれませんが」


 遠くで如月の叫び声が聞こえたのは気のせいだ。

 あーりんは「真心さん、泳げないんですね」と興味ありげに呟いた。

 なお、この放送がきっかけで夏デートの予定が真心にはできたらしい。

 番組も後半、ここからは少し雰囲気が変わる。


「――さぁて、皆さん。ここからが本番ですよぉ」

「皆も知ってると思うけど、最近、あるカップルの噂が目立つよね?注目度ナンバーワンカップル。近藤龍平と新庄那美の熱愛疑惑。美女と野獣の恋ってね。でも、ただの疑惑じゃないんだよ」

「私もびっくりしました。あれって本当なんですか?」


 わざとらしく驚いて見せる。

 京司はにこやかな笑みを浮かべながら、


「本当だよ。誰だって恋をする。彼女も特別じゃないってことさ」

「えー。なんとサプライズゲストです。噂の張本人、新庄那美さんが来てくれてます。噂の真相をぜひ聞きたいところです」

「噂の真相、新庄さんが自分の言葉で想いを伝えるから聞いてあげてくれ」


 サプライズゲスト、新庄那美はここ最近、皆の話題になっている少女だ。

 美女と野獣、と揶揄される不良少年との熱愛が大きな注目を集めている。

 那美は少し緊張した声色で話し始めた。


「初めまして。知っている人もいると思うが私は2年の新庄那美という。何ていえばいいか、その……私には好きな人がいるんだ」


 龍平と付き合っていることに誤解を受けている。

 その噂を払しょくするためにこの場にゲストとして招かれたのだった。


「……龍平のことを皆が誤解をしている。本当に彼を悪く言う人間は知っているのだろうか。一度でも彼が無暗に暴力をふるい、誰かを怖がらせただろうか?見た目だけで判断していないだろうか?それだけはやめて欲しい。彼は優しい男なのだから」


 人は見た目が怖ければ距離を取ろうとする。

 それは仕方のない事だし、責められることではない。

 だが、勝手な思い込みで他人を傷つける悪評を流してもいいわけではない。

 噂は簡単に流れるが、噂される本人を傷つけるということを理解しなくていはいけない。


「私は周囲から才女とか呼ばれてる。これも勝手な印象にすぎない。印象だけで人を判断するのはやめてくれ。私は……私はずっと悩んできたことがある。他人に勝手にああだ、こうだと決めつけられることが嫌いだ」


 話を聞きながらあーりんも共感できるところがあったのか頷いた。

 

「その“特別”は私にとっては苦しい。私だって、皆と普通に話をしたりしたい。普通に接したい。龍平だけだった、私にワケ隔てなく付き合ってくれたのは……」


 那美の想いはすごくまっとうなものだった。

 この学園に流布する噂は誤解や悪意にまみれ、龍平の正当な評価を奪っている。

 人が人に恐怖するということ。

 人は自分の知らない相手だからこそ恐怖を抱く。

 相手を知れば、それは些細な思い込みだったということも多々ある。


「……気付いた時には龍平を好きになっていた。本当の彼は人を惹きつける魅力を持っている。私と龍平の関係を否定するのは自由だ。けれど、勝手な憶測で決めつけないでほしい。私達の関係は幸せで満たされている。ごく普通の恋愛なんだ」


 この放送を通じて那美は自分の想いを言葉にした。

 それがひとりひとりにとって考えさせる事だったのは事実だ。

 少しずつでも彼らへの目が変わることを京司は傍で祈っていた。

 那美が去ったあと、あーりんはしんみりとした口調で、


「……というわけで、新庄さんが噂の真相を語ってくれました。うーん、これは考えさせられることですね。噂って今はSNSですぐに流せますからね」

「俺もよく“女ったらしの軟派野郎”と言われます。適当な噂って悲しいね」

「それは事実なので、大丈夫ですよ」


 笑顔で言われた京司は「あーりん、厳しいね」と拗ねるのだった。


「そろそろ、番組の方もお時間ですね。本日で一学期の放送は終了です。次回のテーマは夏休み中にHPの方で募集しておきます。京司さん、テーマは何にしましょう?」

「ここは本日のテーマのまとめで『ひと夏の思い出』でしょう。夏休み中に大人の階段を駆け足でのぼったよ、とか。初めて彼氏とホテルに……」

「京司さんの話はエロネタばかりで、あーりんはとても悲しいデス」


 冷たい視線を向けられてしまう。

 

「おっと、あーりんを怒らせると怖いのでこの辺で。皆さん、夏休みをエンジョイして、思い出に残る夏を満喫してね。ひと夏の恋をぜひ」

「それではお時間です。ハローグッバイ。良い“なちゅやすみ”を――あっ!?」


 最後の最後であーりんが噛んだ。


「なちゅやすみ!?噛んだ、あーりんが噛んだ」

「ちょっと噛んだだけで笑わないでくださいよ、もうっ。うぅ……このいじめっ子」


 拗ねて頬を膨らませたあーりんはもう一度「ハローグッバイ」と番組を締めたのだった。






「……新庄さんは勇気がありますよね」


 放送を終えた後、あーりんモードを解いた愛絆はいつも同様、落ち着いたテンション。


「校内放送を利用したこと?これで問題が解決するかは別だけどね」

「どちらにしても、私ならば無理です。あんな風に堂々と全校生徒に自分の恋愛事情をさらすような真似はできません」

「噂を消すには自分の言葉が一番ってね。愛絆ちゃんが熱愛したら、こんな風に報告しちゃうとか?その時はお手伝いしますよ?」

「……ありえませんから」


 愛絆はぷいっと京司からそっぽを向く。


「私には恋愛なんて無縁ですし」


 そもそも、人付き合いがさほど得意ではない彼女には恋愛は無関係だと思い込んでいる。

 

「そんなに拗ねないでよ。なんていうのかな、恋って突然だし。自分には縁もゆかりもないとか思ってたら、大間違いだぞ?」

「京司さんはこんな私にも縁があると?」

「もちろん。愛絆ちゃんが思ってる以上に、出会いは身近にあるかもよ?あーりんにはファンが多いし。そんな思わぬ出会いがあるかもしれない」

「……それは“私”ではなく“あーりん”に恋をしてるだけです。私なんて、別に何の取り柄もない、ただの普通の高校生ですから」


 そのまま挨拶を終えて彼女は立ち去っていく。

 その後姿はどこか寂しそうなものに見えた。


「うちのエースがまたご機嫌ななめっすか?」


 部長が心配そうに京司に言うと、彼は口元に笑みを浮かべて、


「あーりんも自分のひとりだと言う事に気づけないだけさ。彼女はまだまだこれから成長できるよ。本当のあの子の姿を引き出せる相手さえ見つけられたね」


 愛絆自身の成長を信じつつ、京司は放送部員たちに「今日はありがとう」と礼を言った。


「女の子は恋して成長していくもの。この夏はどんな子たちの成長がみられるか――」


 そして、それを見守るがの恋愛指導部なのである。

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