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第5話:美女と野獣の×××《断章5》

 勇気を出して告白した結果、那美と龍平の交際は順調に思えた。

 けれど、それは彼にとっては違うようだ。

 学園内ではある程度の距離を取っているように感じる。


「……龍平は私の事が嫌いなのか?」


 思い切って龍平に尋ねるが、首を横に振り否定した。


「そういうわけじゃない。ただ、学園内ではあまり一緒の所を見られたくない。俺の噂がどういうものか知ってるだろ?お前に迷惑をかけたくないんだ」


 龍平がそう苦笑いをするのを那美はとても歯がゆく思う。


――なぜだ、なぜ……好きな相手と一緒にいてはいけないんだろう。


 那美は他人の視線も噂も気にしない。

 そういう女なのに、龍平は逆に気遣って距離を置こうとする。


――恋人同士になれたのに、恋人になる前の方が距離が近かったような気がする。


「他人か……どこまでも私の邪魔をしてくれる」


 那美自身、その自分の考えを改めなければいけないのかもしれない。


「お前は見た目は怖いがいい男だ、頼りになるし優しい」

「そりゃ、どうも。新庄が理解してくれるならそれでいいよ」


 だが、周囲にはライオンヘッドと勝手なイメージを持つ連中が多い。


――私の恋人にはふさわしくない?


 龍平の言葉が那美には胸につきささる。


――そんなことない、龍平だけが私の心へ踏み込んできてくれた。


 何も事情の知らない他人に自分の恋を邪魔をされたくなんてない。






 放課後、那美は何度目かの恋愛指導部へ足を運ぶ。

 恋愛指導部の部長、天海京司は待っていたかのように言うのだ。


「那美さんは他人なんてどうでもいいって考え方をしてるよね」


 開けた窓の外から吹き抜ける涼しげな風。

 京司は初夏の訪れを肌で感じながら、


「でもね、この世界ってのは他人を無視しては生きていけないものなのさ」

「私達の関係を他人に認めてもらうにはどうすればいい?」

「……努力しかないだろう。地道に努力して理解してもらう。それしかない。キミはそれをしているかい?俺の目から見ればまだまだ甘いよ」


 那美は努力していない、とはっきりと言われてしまう。


――そうかもしれない。私はいつも逃げてばかりだ。


 こんな状況になっても、他人を無視すればいいと言う逃避を選んでいる。


「那美さんは嫌なだけなんだ。他人に自分たちの関係を認めさせようとする行為。それをしても、他人から冷たくされるのが嫌なだけ。キミは他人をどうでもいいというがそれは嘘だ。本当は誰よりも君は他人を気にしている」


 彼は「それゆえに他人に興味がないふりをしているだけさ」と那美に言い放つ。

 心を見透かされた気がした。


――私は怖いんだ。龍平を選んだことが間違いだと他人に否定されるのが怖い。


 龍平がいくらいい奴だと話したところで、人の印象は簡単には変わらない。

 それをせずに諦めてる自分がいるのだ。


「皆は言うだろうね。あの才女がライオンヘッドと交際してる?ありえないって……。人は自分勝手な思い込みで物を言う。時にそれは他人を傷つけてしまう」


 他人の噂に翻弄されるのはもう飽きた。


「けれども、認めさせることはできる。人が勝手に印象を抱くのは仕方ないけど、自らの言葉にして否定してみせればいい」

「何をしろって言うんだ?」

「魔法のように全てを変える方法はないわけじゃない。あとはキミの勇気次第さ」


 那美に思いもしない提案をしてきたのだった。






 翌日の昼休憩に呼ばれたのは放送室だった。

 昼休みに放送部は放送番組を放送している。


『あーりんデイズ』


 校内でも人気でこの番組を楽しみにしている子も多いと言う。

 学園全体への放送だけに影響力も大きい。

 京司はその番組の曜日パーソナリティを務めている。

 

「ちゃんと来たようで何よりだ。覚悟はできたのかな?」

「……私は他人に恋を邪魔されたくないだけさ」

「ふふっ。その覚悟を見せてもらう。あーりん、準備はOK?」


 あーりんは「OKですよぉ」と笑顔で那美を放送室に迎え入れた。


「……その、皆さんには協力してもらうことになって感謝してる」


 放送部員たちに那美は頭を下げてそう言った。


「なぁに。こっちも番組を盛り上げてくれるって言うのなら大歓迎っすよ」

「新庄さんは番組の後半に登場ってことでいいですね。任せてください」


 放送部の面々もこれから始まる、かつてない展開に期待を膨らませていた。


「この放送で、キミの思う事を伝えればいい。龍平君のことも、キミ自身のこともね。これならば、学園すべての生徒に自分の思いを伝えられる」


――こんな恥さらしみたいな羞恥プレイ、学園中にさらすことなど私にはできない。


 しかし、2人の関係を認めてもらいたいなら方法は少ない。


『他人を無視して今の関係を続けるのもいい。けれどね、キミ以上に気にする子がいるのは忘れてはいけないよ。龍平君は悩んでいる。キミとの関係をどうすればいいのか。彼を救えるのは……キミだけだ』


 昨日、京司から言われた言葉を那美は思い出していた。


――この状況を変えれるのは私だけ。私が勇気を持つしかない。


「大丈夫さ。キミならやれる。誰よりも彼を想うキミならば」


 京司は那美の肩を軽く叩いて励ます。

 そして、『あーりんデイズ』の放送が始まった。

 順調に番組は進み、後半へと突入した。


「新庄さん、まもなくコーナーにはいりますけど?」


 放送部員が室内に入るのを促してくる。


「……周囲を認めさせる、その意味があるのか。私には分からない。だけど、恋人の龍平がそれを望んでいるのなら私は彼のために行動したい」


 彼女は深呼吸をしてから、あーりんと京司に見守れながら、マイクの前に座る。


「――さぁて、皆さん。ここからが本番ですよぉ」

「皆も知ってると思うけど、最近、あるカップルの噂が目立つよね?注目度ナンバーワンカップル。近藤龍平と新庄那美の熱愛疑惑。美女と野獣の恋ってね。でも、ただの疑惑じゃないんだよ」

「私もびっくりしました。あれって本当なんですか?」


 あーりんと京司は那美が話をできるように場を盛り上げる。


「本当だよ。誰だって恋をする。彼女も特別じゃないってことさ」

「えー。なんとサプライズゲストです。噂の張本人、新庄那美さんが来てくれてます。噂の真相をぜひ聞きたいところです」

「噂の真相、新庄さんが自分の言葉で想いを伝えるから聞いてあげてくれ」


 軽い口調で京司はそう言うと那美に「頑張って」と席を譲る。

 マイクを前にして、ひどく那美は緊張感に包まれる。

 このマイクで喋ること全てが学園中に伝わると思うと怖い。


「初めまして。知っている人もいると思うが私は2年の新庄那美という。何ていえばいいか、その……私には好きな人がいるんだ」


 不器用ながらも、自分の言葉で説明をする。

 誤解せずに理解してもらいたい。


『あのライオンヘッドと新庄さんが交際?ありえないだろ?脅されているのか?』

『新庄さんにはもったいないって。冗談に違いない』


 学園でふたりの事を噂する声を幾つも聞いてきた。

 いわれのない噂に振り回されるのはもう終わりだ。


――私がどれだけ龍平を好きなのかを教える、だから私達の関係を否定しないで。


「龍平は皆が思うほど、野蛮じゃない。外見は金髪でヤンキーみたいに怖いのは事実だ。私もちょっぷり怖かったりする。でも、根は優しいんだ。誰よりも、私を愛してくれる。安心感を与えてくれる存在なんだ」


 龍平に出会ってから那美は変われた。

 他人を無視してきたせいで狭かった世界が広くなった気がする。


「……龍平のことを皆が誤解をしている。本当に彼を悪く言う人間は知っているのだろうか。一度でも彼が無暗に暴力をふるい、誰かを怖がらせただろうか?見た目だけで判断していないだろうか?それだけはやめて欲しい。彼は優しい男なのだから」


 ライオンヘッド、彼の見た目でつけらられた愛称。

 それゆえに彼が傷付いてきたのを間近で見てきた那美は知っている。

 

「私は周囲から才女とか呼ばれてる。これも勝手な印象にすぎない。印象だけで人を判断するのはやめてくれ。私は……私はずっと悩んできたことがある。他人に勝手にああだ、こうだと決めつけられることが嫌いだ」


 特別扱いをされることが嫌だった。

 その影響で自らを特別扱いしていることにも気づかされた。


「その“特別”は私にとっては苦しい。私だって、皆と普通に話をしたりしたい。普通に接したい。龍平だけだった、私にワケ隔てなく付き合ってくれたのは……」


 特進クラスでも浮いた存在。

 見えない壁に苦しんできた、皆が那美を特別扱いしてきたからだ。


「……気付いた時には龍平を好きになっていた。本当の彼は人を惹きつける魅力を持っている。私と龍平の関係を否定するのは自由だ。けれど、勝手な憶測で決めつけないでほしい私達の関係は幸せで満たされている。ごく普通の恋愛なんだ」


――皆と同じように、私も恋をしているだけなんだから、否定しないでくれ。


 マイク越しに伝えようとする想い。

 校内に響くその声は、一人一人の生徒の心に届く。


「私達を認めてもらえたら、応援してもらえたら嬉しい。私もひとりの女として、皆のように恋愛という青春をしてる。それだけなんだ」


 自分の想いは言葉にしないと伝わらない。

 言いたい事を言い終えて、恥ずかしさで那美は顔を赤らめる。

 

「お疲れ様。キミの想いはみんなに伝わったはずさ」

「ですねぇ。恋の経験のない私ですらこの胸にグッときました。思い込み、イメージ。人の印象は難しいですからねぇ。那美さんの気持ち、理解できます」

「……さて、この放送を聞いてくれている皆。外野の我らはうるさく言うことじゃないのは理解してもらえたはずだ。ここは生暖かく見守ろうじゃないか」


 京司たちは放送を続けているが、那美は放送部員に促されて外に出る。


「迷惑をかけた。でも、いい経験をさせてもらった。ありがとう」

「いえいえ。こっちも良い話が聞けました」


 放送部の外へと出ると那美を待ってくれていた男がいた。

 どこか照れくさそうに唇を尖らせる金髪の男子生徒は、


「あんまり恥ずかしいこと言わないでくれよ、新庄。照れるだろうが」


 龍平は廊下だと言うのに、那美を強く抱きしめてくる。


「いいだろう?私がお前と結ばれて幸せなんだと皆に伝えたかったんだ」

「お前の覚悟に勇気づけられたよ。俺も逃げたりしない。見せつけてやるさ」

「……うん。見せつけてやろう。ははっ」


 龍平に抱きしめられながら那美は笑顔を見せた。






 あの放送から数日が経過していた。

 那美の周囲には女子のクラスメイト達が集まり自然と談笑する光景があった。


「ねぇ、新庄さん。近藤君とはどこまでしたの?」

「どこまでって……キスはした」

「えー、したんだぁ?へぇ、その先はどうなの?もうしちゃった?」

「それはまだ考えてもいない。なっ、笑わなくてもいいじゃないか」


 今まで恋愛の話題などクラスでしたことがなかった。

 那美が雑談できるほどに皆との距離を縮めたのはあの放送だった。

 彼女は特別扱いを望んでいない。

 普通の女子生徒だということを皆も共通認識を持ってくれたようだ。

 しかし、こうして皆から話かけられるのは多少恥ずかしいことでもある。


「なぁ、近藤。昨日の日本代表のサッカーの試合みたか?」

「見た見た。さすがだよなぁ。あの展開は予想してなかったぜ」


 変化は龍平にも起きている。

 まだそれほど多くはないが龍平を誤解していた人間の数は減った。

 気軽に会話したり、学園内で普通に接してくれる生徒が増えたと龍平は驚いていた。


――私達が自分たちのことを皆に理解して欲しいと伝えた結果だ。


 もちろん、すべてが解決したわけではない。

 いまだに龍平を誤解する人間はいるし、ふたりの関係を否定するものもいる。

 それでも、肯定して応援してくれる人間が増えたのもまた事実だった。


「他人に認めてもらう事……それがこんなにも大切なことだったなんて」


 この世界は人と人の繋がりによってできている。

 その意味の大切さを那美は今回の件によって知ることができた。


――恋をしてから私は世界の見方が変わった気がする。


 那美の視線に気づいた龍平を見つめながら微笑をかわした。


――この恋を大切にしよう……私の初めての恋、新しい私の始まりだ。

 

 自分の心の持ちようひとつで、自分の世界は変えられるのだから――。


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