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第1話:白いキャンバスに描いて《断章1》

 最初に彼女を意識した時、不思議な女の子だと思っていた。

 どこか人を惹きつける魅力を持った巨匠の絵画のように。

 興味を惹かれる存在だが、その時はまだ気になる程度しかなかった。


「……こんな絵をいつまで飾ってるんだか」


 廊下に飾られた絵を見つめ、吐き捨てるように呟く男性。

 彼は高町栄治(たかまち えいじ)。

 美大を卒業して2年、母校で美術教師をやっている。

 絵描きになりたかったが大学途中で己の才能に限界を感じ、挫折した。

 絵だけで食っていくのは現実的じゃないと諦め、堅実的な美術教師を目指したのだ。

 高校在籍時に様々なコンクールや賞を受賞していた事もあり、私立校である母校で無事に採用となった。

 今年の春で教師生活も3年目、2年のクラスの副担任も任されるようなった。

 美術教師ってのは他の科目の教師よりやることが少ない。

 とはいえ、常に暇かと言われるとそうでもない。

 面倒な雑用なんかを他の教師から押し付けられる事も多々あるのだ。

 その日は午後は授業もなく、放課後の美術部指導まで暇だった。

 美術室の整理をしていたが、5時間目の始まりと共に携帯で教頭に呼ばれたのである。


「確か高町先生は車通学でしたね?」

「はぁ、そうですけど」

「実は先程、女生徒のひとりが高熱をだして倒れまして、保健室で休んでいます。症状が重いので今日は帰らせることにしました」


 その名前を聞くと、うちのクラスの女の子だと知る。


――副担任としての役目ってやつか。面倒だな。


 そう本音では思いながらも断ることもできず。


「なるほど。分かりました、彼女を送り届けてきます」

「話が早くて助かりますよ。これが彼女の住所です。彼女はうちの学園にとっても大切な存在ですから気をつけてくださいね」


 大切な存在、というのは彼女自身の事ではなくその“親”という事だろう。

 栄治は「分かりました」と答えるに留まる。

 白鐘学園は私立校、親が金持ちなら学園側に影響力も大きい場合がある。

 保健室で休んでいるという女生徒を迎えに行く途中、彼女の教室に立ち寄り荷物をひきとってから保健室に入った。

 保健室には既に保険医が彼女の準備を終えていた。


「高町先生、お世話をかけます。榊原さん、立てる?」

「えぇ、何とか……え、高町先生?」


 高熱を出した生徒は榊原真夜(さかきばら まや)。

 高校2年生で栄治が副担任の受け持ちクラスの生徒だ。

 それまでにも授業で話した事もあり、顔と名前ぐらいは知っている。

 比較的おとなしめな印象を受ける女の子だった。

 顔も美人だし、将来はいい女になりそうなタイプだという認識だった。


「大丈夫か、榊原?肩ぐらい貸そう。それでは先生、彼女を連れて帰ります」

「えぇ。榊原さん、今日はゆっくりと休んで明日も熱が続くようなら病院に行きなさい」


 保険医に見送られて俺達は廊下を歩きだす。

 力が入らない榊原を支えながら車を止めてある駐車場を目指した。

 車に乗り込んだら、再びぐったりとする彼女を寝かせる。


「ほら、水だ。飲めるか?」


 途中の自販機で買った水のペットボトルを差し出すと彼女はそっと口づける。


「ありがとう、先生」

「気にするな。しばらく寝ておけ。えっと、住所は……」


 彼は彼女の住所が書かれた紙を見る。

 地名も知ってる場所なので、彼はそのまま車を動かし始めた。


――しかし、春になったばかりで風邪を引くとはな。


 風邪をひきやすい冬ならまだしも、春になり暖かくなってから風邪になるのも珍しい。

 真夜は助手席からこちらを見ていた。


「……ねぇ、先生。話をしてもいい?」

「ん?寝てた方がいいんじゃないか」

「そういう気分じゃないの。話してた方が楽かも」


 きっとそちらの方が高熱の意識がまぎれるのだろう。

 病人相手に無理させるわけにはいかない。


「それならばつきあってやろう。なんだ?」


 真夜は熱で顔を赤らめながら言う。


「職員室前に飾ってる夕焼けの風景画を描いたのって高町先生でしょ」

「ん、あれか?まぁな。恥ずかしいが高校時代に描いてコンクールで優勝した絵さ。卒業してからもずっと飾られていてびっくりしたよ」


 かつて栄治が高校2年に描いた絵が某有名絵画コンクールで優勝した。

 学園側からも認められて、結果的に美大の推薦をもらえた要因のひとつとなった。

 当時は絵を描くことが純粋に楽しかったし、日夜問わず夢中になっていた。

 あの頃のような絵画への情熱は失われてしまったが今でも絵を描く事はある。

 美術自体は今でも好きだし、そうでなければ美術教師なんてしていない。


「綺麗だよね、あの絵。初めて絵に興味を持ったの。なんていうか、幻想的って感じがするもん。先生はずっと絵を描いてるの?」

「絵画は子供の頃から描いてる。親が絵画教室に俺を通わせたのがきっかけでね、気づけば人生の中心になっていた。不思議なものさ」


 芸術と美術に出会い、栄治はいい人生を歩めている。

 赤信号で車を止めると、今度は彼の方から質問した。


「俺の方から質問いいか?前の授業で『自分を好きな色に例えたら』って質問しただろ」


 新学期の最初の授業の時、栄治は生徒にそんな質問をした。

 

『皆、自分を好きな色に例えたらなんだ?それを考えてみて欲しい』

 

 それぞれの生徒が、明るい子は赤、クール系なら青と自分の性格を言い表す色を発言したが、榊原は「白色」と答えた。

 白は純白、清純、純粋という意味で答える生徒はいたが彼女は違う。


『私は白色。なぜなら、私はまだ他の色を持たないから』


 白色の理由を答えて他の色を持たないから。

 何色でもない、それは自分がないという意味なのか。


――違うな、本当の意味があるはずだと気になっていた。


 あれから真夜は栄治にとって興味を抱く存在だったのだ。


「あの時、なぜ、他の色を持たないから白と言ったんだ?」

「そのままの意味だよ。今の私は明るい色でも暗い色でもない。可能性っていえばいいかな。私は何色にでもなれると思うから白色って言ったの」

「へぇ、面白い意見だな。そうか、だから白なのか」

「納得した?先生は黒でしょ。腹黒そうだから」

「おいおい、せめて何色にも染まらないと言ってくれ」


――白は何色にもなれる可能性がある、か。


 白色を混ぜた色はどんな色でも淡く優しい色になる。

 彼女は意外と見た目と違い明るい性格をしているらしい。


――てういか、腹黒って俺は普段からどう思われてるのやら。


 車内での真夜は案外元気に話していたが高熱がでているのは事実で、家についた頃には再びぐったりとしていた。

 彼女の家は高級住宅街にある、見事な豪邸だった。


「すごいな、これは。榊原、ついたぞ」


 栄治は真夜を車から下ろす。

 彼女の話によると今の時間は家には誰もいないらしい。


「母親は2年前に他に男の人を作って家を出たの。父さんは仕事が忙しいから夜遅くにしか帰ってこなくて……」


 真夜の父親は有名商社の社長だそうだが、仕事熱心になりすぎ家庭をおろそかにした。

 その結果が離婚であり、真夜は父親に引き取られて今はふたりで暮らしている。


「他人の事情に何かを言うつもりはないが、家庭環境は複雑そうだな」

だが、当の本人はいたって気にすることもなく、

「今の時代、片親ってのは珍しくないでしょ。私はまだ恵まれてる方よ」


 ちゃんと現実を受け止める真夜。


――意外としっかりしているな、この子は。


 家に入り、栄治は彼女の世話をしてから学校に戻ることにした。

 本来ならそこまでする必要はないのだが、彼女を放っておけなかったのだ。

 熱を計ると38度越え、ゆっくり寝て休むしかないだろう。

 けほっと咳き込む真夜をベッドに寝かせ、氷まくらで頭を冷やしてやる。


「……先生、ありがと。いろいろお世話もしてくれて感謝してる」

「早く風邪をなおせ。明後日の俺の美術の時間までにな」


 軽い口調で言うと、「はーい」と真夜は答える。

 一応、何かあった時のために栄治は携帯電話の番号を書いた紙を渡して家をでた。


「そろそろ学校に戻るか」


 時計を見ると時間も時間だけに彼は急いで学校へと戻る。

 その帰り際の車内、榊原真夜の事を考えていた。


「不思議と魅力を感じる女の子だな」


 もちろん、生徒だし、年下なので恋愛対象としてではない。

 それでも、気になる存在ではあった。


「榊原真夜。見た目とのギャップに驚いたよ。人間ってのは話をしてみないと分からないものだな。ふっ、本当に面白い」


 思わず笑いが出てしまった、悪くない気分だった。





 翌日、真夜は熱も下がり無事に登校してきた。 

 栄治は担任教師から借りた出席名簿でそれを確認して安堵した。

 普段から使っている美術準備室が栄治の学校での拠点だ。

 職員室にも机くらいあるが、あまりそちらを使わない。

 理由は教頭に暇な時に雑用を押しつけられるからだった。

 美術の時間以外は美術部員以外、この部屋を訪れることはない。

 なので、部屋の扉がノックされた時、誰だ?と首をひねり扉を開けた。

 そこにいたのは元気に回復した真夜だった。

 彼女は満面の笑みで言うのだ。


「こんにちは、高町先生っ♪来ちゃいました」


 この日から栄治と真夜は、生徒と教師という関係以上に距離を縮めていくことになる。

 

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