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第5話:美女と野獣の×××《断章4》

――朝から妙な視線を感じるのは気のせいだろうか?


 学校に登校した龍平はいつもと違う変化に気づいていた。

 ライオンヘッドの噂のせいで、人に避けられてビビられるのはいつもの事だ。

 目が合うだけでも気まずそうに立ちさるのが普通。

 わざわざ龍平に視線を向ける生徒などほとんどいない。

 なのに、今日は朝から自然に視線を感じるのだ。


「……明らかに見られてるよな。何でだ?」


 テストも終わって特に何か問題を起こした覚えはない。


「変な噂でもまた流れているんだろうか?」


 ため息がちに嘆く気持ちを我慢して、いつも通りやり過ごす。

 悲しいがこれも慣れと言う奴だった。

 龍平がクラスに入るとざわっと一斉に彼を見るクラスメイト。

 

「ねぇ、あの噂ってホントなの?」

「俺は今でも信じられないが……?」

「だって、私はそう聞いたよ」


 噂話は悪意のあるものが多い。

 誰と喧嘩したとか、警察に捕まったとか、根も葉もない悪意の垂れ流しだ。

 だが、今回の噂はその手の類とは違うらしい。


「……あのさ、何の話をしているんだ?」


 龍平は普段と違う雰囲気に違和感を抱き、クラスメイト達に話しかける。

 彼らは「えっ、本人に聞くの?」と戸惑い気味。


「えっと、その、怒らないで聞いてね。近藤君って新庄さんと付き合ってるの?」

「……え?」

「あのね、ふたりが恋人になったとかそういう噂が流れているのよ。特進クラスはそんなに騒いでいないけど、普通科では結構騒ぎになってるみたい」

「新庄に憧れる男は結構いるからな。で、実際はどうなんだ?」


 彼らが興味ありげに話をしてきたことに、龍平も驚きを隠させない。


――俺と新庄が交際!?どこをどうなったらそんな噂になるんだ?


 最近は仲がいいのは認めてもいい。

 少しくらい好かれているんじゃないかって言う自惚れもあったりする。


――俺自身も新庄みたいな子が恋人になってくれるなら、悪くはないけどさ。


 那美が龍平に心を許しているように、彼もまた彼女に心を許している。

 軽口を言い合うことも、互いの距離を詰めつつある現状も心地よい。

 だが、それを付き合ってると言うのは話が飛躍しすぎだった。

 彼自身、この気持ちが恋心だとは気付いていないからだ。





 龍平が那美とようやく話せるようになったのは昼休憩のことだった。

 ひとりで食事を終えた龍平はいきなり背後から誰かに引きずられた。


「こ、こっちにこい」

「新庄?」


 龍平の制服の上着の袖をつかんできたのは那美だった。

 いつもの冷静さを失い、どこか焦りのような余裕のない感じ。

 彼女が連れて来たのは人気の少ない屋上。


――ここでなら堂々と話ができると言う事だろうか。


 彼女は緊張した面持ちで龍平に問う。


「龍平、噂の事は聞いているか?」

「あぁ。朝から何だか変な噂が流れているな。誰があんなの流したんだろ?」


 ふたりの関係は確かにクラスでは噂される程度だった。

 それがいきなりこれほど広範囲にわたって噂されるのは驚くしかない。


「誰かが意図的に流しているとしか思えないな」

「……うぐっ」

「まったく面白おかしく適当な事を噂しやがって。笑ってしまうよな」

「……あ、あぁ。そうだな」


 なぜか那美は目を泳がせながら気まずそうにしている。

 その様子がおかしいことに気づいた。


「どうした、新庄?」

「あのな。私は、その、何だ。何が言いたいかというと……」

「ん?歯切れが悪いな。いつものお前らしくない」


 どこか照れくさそうに、彼女は言葉を言いよどんでいる。

 言いたい事ははっきり言う、それが那美らしさだ。

 今の彼女は借りてきた猫のようにおとなしい。


「噂の事なら気にするな。俺は気にしていないぞ。あんなデマに……」

「……噂、なんだが」


 どうやら心あたりはあるようで、動揺しているようでもある。

 初夏の日差しを浴びる屋上の片隅。

 龍平と那美だけしかいない、ふたりだけの空間。

 彼女は深呼吸をひとつしてから、。


「その噂を流したのは私なんだ」

「は?え?」


 事情を理解できず思わず呆けた声を出してしまう。


「な、なんでお前が?え?ホントかよ」

「わ、私だって何やってるんだと思ってるさ。た、ただ、こうでもしないと自分を追い込めないと言うか、逃げずに勇気が出せないこともある」


――自分を追い込むって何だよ?


 意味も分からず、龍平は困惑する。

 ただ、目の前で赤くなる彼女の事は可愛らしいと思えた。


「噂の出どころがお前だとして、なんでこんな噂を?」

「……だから」

「え?」


 聞こえない程に小さな声。


「わ、私が……龍平を好きだからだ!」


 最後の方は消え入るような小声で彼女は龍平に告白してきた。


「……はぁ!?」

「き、聞こえなかったか?もう一度言え?くっ、何て恥ずかしい真似をさせる」


 那美は顔を真っ赤に染めて、今度ははっきりと聞こえる声で、


「私は龍平の事が好きなんだ。出来れば付き合って欲しい」

「……新庄が俺を好き?」

「そうだ。先日、私は恋愛指導部へ相談に行った。そこで私は自分の気持ちに気づけた。最初はただの興味でしかなかった龍平の存在が、私の中で恋する存在だと……」


――もしかしなくても、今、俺って告白されてる?


 思わぬ那美からの告白に驚きのあまり声もでなかった。


――そりゃ、期待していなかったわけじゃないけどよ。


 ここ最近の親密さは男として、淡い期待がなかったと言えば嘘になる。


「私は自分でも可愛げがないと思っている。素直に人に甘えるのも下手だ。だけど、それでもお前が私を選んでくれたらいいと願っている。私ではダメか?」

「い、いや、ダメとかじゃなくてだな……。俺も新庄の事は女として良いとは思うぜ?俺みたいな奴に接してくれるのはお前くらいだからな」

「……龍平は外見こそ怖いが、中身は優しい男だ。それを知っているのは私だけだ」


 真顔で言われると普通に照れくさくなる。


――新庄が俺に好意を抱くとは……本気なのか?


 信じられない現実に戸惑う龍平。


「それで、お前の返事はどうした?ダメか、それとも……」

「あ、あぁ。俺か?俺は……新庄の事は女として可愛いと思うし、多分、好きだ」

「多分?はっきり好きではないのか?」


 シュンと雨に濡れた子犬のような顔をしてうなだれる。


――そんなにしょげた顔をするなよ、罪悪感がわくじゃないか。


 普段の強気な那美の姿はそこにはなく、どこにでもいる恋する女の子がいた。


「訂正。新庄の事が好きだ。見た目で判断しないって点で新庄は俺にとっては特別な存在だったのは間違いない事だからな。ただ、俺でいいのか?」

「龍平でいいとは?何だ、他に交際している女性がいるとか?」

「そう言う意味じゃない。俺がライオンヘッドって呼ばれている事だよ。学園で不良扱いされている俺がお前と付き合う事になったら……」


 才女としての評価が高い那美と不良扱いの龍平。

 どちらも特進であるという意味では優秀な生徒だ。

 だが、風評としての評価の差がそこにはある。


「他人など気にするな。私達は私達の事だけを気にしていればいい。どうせつまらない噂もすぐに消える。人とはしょせんそういう生き物なんだ。他人を気にして生きるのは面倒だ。私が気にしないのだから、龍平も気にしないでいい」

「お前らしい考え方だな」


――こいつの他人をどうでもいいと思う所は、今回に限っては良しと思おう。


 普通の女子なら耐えられるか微妙な問題だ。

 想いを告白しあい、再び屋上は静けさを取り戻す。


「……龍平?」


 彼は少しためらいがちにそっと背後から那美の華奢な身体を抱きしめる。


「好きだ、龍平……」


 那美は黙ってその行為を受け入れる。

 どこか照れくさく、くすぐったい感じに思わず笑みがこぼれた。






 それは翌日の出来事だった。

 昨日からの噂であった龍平と那美が恋人同士になったというデマは真実になった。


――これはこれで困ったことになったぞ。


 経緯がどうであれ、人気の高い那美と交際しているので嫌でも噂は大きく広まる。

 ふたりとも噂の対象になりやすいゆえに、心無い悪意も見え隠れする。

 龍平が力づくで那美をモノにしただの、脅されているだの、適当に好き放題言われてる。


――俺達の状況を間近で知っていたクラスメイトは逆に祝福してくれてるがな。


 噂とは真実を知るモノにはただの噂でしかない。

 クラスメイトたちは意外にもふたりが恋人になったことを簡単に受け入れた。

 それと同時に彼らも普通の生徒なのだと、特別視をやめてくれたのである。


「お前らがホントにくっつくとはびっくりしたよ」

「でも、案外、お似合いかも。近藤君って見た目は怖いけど、面倒見がいいから」

「あんな美人を彼女にできて羨ましい」

「あんまり恋に浮かれて成績落とすなよ?普通科の連中に見くびられても困る」


 きっかけひとつで人の印象は大きく変わる。

 いつしか顔が怖いと言うだけで距離を取られてきた龍平を気にするクラスメイトはいなくなり、自然とクラスに馴染めるようになっていた。

 しかし、喜んでばかりもいられない。

 問題は普通科の方だ、龍平の悪評ばかりが大きく影響している。

 そのために、そう簡単に誤解も噂を消しさることもできない。


『……勝手にいう奴は放っておけ』


 那美はそう言って相手にもしていない。

 だが、ずっと周りの目を気にしてきた龍平にとっては無視できる問題ではないのだ。





 交際から一週間が経過しても現状は変わらず。


「俺はいいが新庄が悪く言われるのは避けておきたい。どうすればいいんだ」


 昼食終え、教室で提出用の宿題の問題を解きながら龍平は悩んでいた。


「勉強と違って悩んでも答えが出ないからな。はぁ」


 何時だって最後は他人と言う壁が邪魔をする。

 それは他人と距離を置き続けてきたふたりにも問題があった。

 

「逃げてばかりじゃいられない、か」


 他人と向き合うことを避けてきた現実。

 逃げてばかりじゃ前には進めないのは分かっているのに。

 

「あれ?そういや、新庄はどこに言ったんだ?」


 気が付けば、先ほどまで一緒に食事をしていた那美の姿がない。

 代わりに龍平に近づいてきたのは真心だった。


「近藤君。ちょっといいかしら」

「どうした、天海?」

「もうすぐ、校内放送番組が始まるわよね」

「あぁ。あーりんデイズか。俺は興味ないけど人気らしいな」


 あーりんデイズは放送部が運営する学内屈指の人気放送である。


「一応、当事者の貴方には心の準備をしておいてもらおうって思って」

「心の準備?」

「……新庄さんの方は覚悟を決めたみたいよ。あの子の勇気を応援してあげてね」


 意味深に微笑む真心に「あ、あぁ?」と理解できない龍平は曖昧に答える。


――アイツの覚悟と勇気って、どういう意味なんだ?


 数分後にはその意味を嫌と言うほどに理解することになる。


『――さぁて、皆さん。こんにちは、今日もあーりんデイズのお時間です』


 彼らの運命を変える校内放送が始まった――。

 

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