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第5話:美女と野獣の×××《断章2》

 龍平と那美の関係がこれだけ進展したのは数ヶ月前の事だ。

 まだ新学期に入ったばかりの頃。

 那美に告白してきたのは見知らぬ他クラスの生徒。

 しかし、気がない相手に告白されて、無駄な時間を過ごす苛立ちもあった。

 普段は面倒なのであまり言わない文句を彼にぶつける。


「私が自分よりバカな相手と付き合うわけがないだろ?」


 あまりにも今回の相手がしつこかったのもその要因だ。

 つい言ってしまった一言が彼の怒りを買う。


「ちっ、何だよ。そこまで言わなくてもいいだろうが。ふざけんなっ」

「ふざけんな?それはこちらのセリフだ、わざわざ時間を作ってやったのに逆切れだと?身の程を知れ。そもそも、お前みたいな奴が……」


 些細な事から言い合いになり、不穏な空気に包まれる。

 だが、それは思わぬ相手の乱入で消えることになる。


「――お前ら、痴話喧嘩か何か知らないが他所でやれ」


 低い声にふたりが振り向くとベンチで寝ていた男が起き上がる。

 金髪と鋭い目つきがこちらを睨んでいた。


「ら、ライオンヘッド!?」


 言い争っていた男は金髪男の姿を見るや態度を急変させる。

 噂が噂を呼んでいる“不良のライオンヘッド”の実物の登場なら仕方ない。


「誰がライオンヘッドだ?今、お前、俺の事をそう呼んだか?」


 寝起きだったこともあり、目つきの悪さは通常の二倍増し。

 彼でなくても普通の生徒なら畏怖するのも無理がなかった。


「い、いえ、そんなことはないです。えっと、あの、近藤さん」

「名前で呼べるならそう呼べよ。ったく、誰が言い出したんだろうな」

「さ、さぁ?カッコいいじゃないっすか、ライオン。強そうですしね、へへ」


 男子生徒は顔を引きつらせて、身の危険を察し、足を震えさせながらご機嫌を取る。


「ライオンヘッド?」


 その呼び名をされている人間を那美は学園にひとりしかない。


「近藤龍平……?」


 同じ特進クラスの人間で学内最強の不良だと噂される男。

 特進並の頭脳なのに不良とは矛盾していないか、とかねてから疑問に思っていた相手。

 いつのまにか男の方は龍平に怯えて逃げだしていた。


「やれやれ、ここまでビビられると正直悲しいぜ」

「不良でも人助けをするのか?今の私を助けてくれたと感謝してもいいのか?」

「別に感謝されなくてもいいが、不良が人助けをするのかという文面に関しては文句を言わせてくれ。俺は不良じゃない。見た目はこれだが不良ではない」


 ヤンキー扱いされるのが大層に不本意らしくて彼は二度言った。

 

「その髪を染めるなりすればどうだ」

「この髪は地毛だ。親がアメリカ人だからハーフなんだ」

「目つき悪いのもハーフだからか?」

「それは関係ないだろ!?それを言われたのは初めてだ」


 肩を落として凹む龍平、案外中身は可愛い奴だと那美は思った。

 

「悪気があって言ったわけじゃない。気にするな。さっきはありがとう、龍平」

「いきなり呼び捨てかい」

「気に入らないか?私の事も那美と呼んでくれていいぞ」

「……新庄。俺は女を名前で呼ぶ主義じゃない」


 龍平に那美が興味を抱いたのはこの時からだ。

 那美と言う少女は基本的に他人への興味が低い。

 才女ゆえに特別視する周囲への反応が冷めたのは子供の頃からだった。

 しかし、龍平に限っては人並みの好奇心と興味を抱く。

 見た目ヤンキーを気にしていたり、案外、凹みやすかったり。

 接すれば接する程に彼と一緒にいることに楽しさを覚えていた。





 那美は昼食は屋上でお弁当を食べる事が多い。

 元々、龍平は一年の時から屋上をよく利用していた。

 教室にいれば他人を怖がらせてしまう、それが面倒だからだ。

 いつしか二人で食事する事も多くなり、今日も同じベンチに座りながら食事をする。


「ふわぁ。やばい、マジで眠い……この天気は眠気を誘うな」


 昼食後、ベンチにもたれて眠そうなあくびをする。


「いいのかなぁ?今寝てしまうと私がお前の髪を三つ編みにしてやるかもしれない」


 那美は金髪を軽く引っ張って遊ぼうとする。

 それを手で制しながら龍平はベンチに寝転がった。


「俺の短い髪でできたらすげぇよ。あと、髪をいじくり回すんじゃない」

「いいじゃないか。お前の髪は意外と髪質が良くて気持ちがいい」

「……ライオンじゃなくて王子様になりたかったものだ」


 龍平の素直な本音に那美は「それは似合わないな」とばっさり否定した。

 

「5時間目までには起こしてやるからゆっくりと寝てるがいい」

「……頼んだぞ。気が付いたら放課後っていうのだけはなしにしてくれ」

「くすっ、それは起きてからのお楽しみだ」


 意地悪く囁く那美に「楽しめねぇよ」と龍平は呟いて眠りにつく。

 眠たかったのは本当らしく、すぐに寝息をたてはじめる。

 昼寝モードに入った龍平の寝顔を彼女は黙って見つめてみる。


「寝ていればこのライオンも可愛いものなのに」


 瞳をつむれば普段の怖い顔も大人しく見える。

 人間は顔じゃないって人は建前では言うくせに、結局は容姿だ。

 美人であったり、怖い顔だったり、人は容姿でまず判断する。


――本当の龍平を知っている人間は少ない。


 彼女が彼を気に入っているのは見た目とのギャップもある。

 龍平を恐れないのは彼の本来の姿を知ってしまったからだ。


――見たよりも繊細で、他人を思いやる心を持っていて。


 何よりも、傍にいて不快感を抱いたことが一度もない。

 それは他人と距離を置き続けてきた那美にとっては初めて心を許せる相手だった。


「……お前だけなんだぞ、龍平」


 口元に自然と浮かんだ笑み。

 いつからだろう、自分がこんなにも“笑う”ようになったのは。

 それまで心の底から笑うことなんて人生でもあまりなかったのに。


――龍平と親しくなってからの数ヶ月、毎日を楽しく過ごせているんだ。


 それまでの彼女にはなかった日常が今はある。

 新庄那美の人生は孤独そのものだった。


『新庄は才女だからな。成績が良くて当然だ。俺達とは頭の出来が違うんだ』

『あの子はすごい子だもの。天才には勝てないわ』

『特別だものね、彼女。私達じゃ相手にもしてくれないんでしょう』


 幼い頃から成績優秀、学校の試験では負け知らず。

 特別視されている事を優越感として抱けていたのは小学生くらいまで。

 中学、高校に入り、その特別感はいつしか“孤独”になっていた。

 誰もが那美を“特別”や“才女”と言うレッテルを張り、自分達とは違うと区別する。


「特別なんかじゃないんだよ、私は……」


 誰にも興味を持てずにいたのは、そういう人との距離感もある。


「だけど、龍平は私を特別扱いなんてしないから」


 寝息を立てて心地よさそうに寝ている男の子。

 自分で思っている以上に、龍平に心惹かれているのだ、と。


「――愛することとは、ほとんど信じることである。byユゴー」


「え?」

「人が人に心を許す。恋をするのはいつだって、信頼から始まる。知ってるかい?」


 いつのまにかフェンスにもたれてこちらを眺めている男子生徒がいた。

 女好みのイケメンフェイスが那美と視線を交錯させる。


「……天海京司?」

「久しぶりだねぇ、新庄さん。学年一の才女と野獣と恐れられる男の子との組み合わせ。まさに美女と野獣。面白い組み合わせだ」


 天海京司は特別進学ラスにおいて最も敵視されている相手。

 昨年、一般クラスながらも特進よりも優秀な成績を叩き出し、特進に編入する機会を得られたのにも拘らず、その機会を自ら蹴り飛ばした。


『勉強だけがすべてじゃ人生はつまらないでしょ。俺はそう言う考えなんで』


 その軽い発言が特進の生徒のプライドをいたく傷つけた事件。

 事件の遺恨か、特進の中には未だに彼を許せずにいる子達も多い。


「誤解をしないでくれ。龍平は面白いから遊んでいるだけなんだ」

「……なるほど、誰だって居心地のいい関係は壊したくないよね」

「何が言いたいんだ、天海君?」


 どことなく含みを持った言い方に那美はそう尋ね返していた。


「自分の心に素直になってみたら分かるんじゃないかな」

「素直に?」

「ただの同級生だから傍にいて心を許せるのか、それとも好きだから一緒にいるのか?キミの場合はどちらなんだろう?考えたことってある?」


――龍平の事が好きかどうか?


 そんなことは考えた事もなかった。


――龍平はからかいがいのある男、それだけのはず。


 なのに、心のどこかで私は彼の事を意識している自分に気づいていた。


「――愛する人と共に過ごした時間を経験しない人は、幸福とはいかなるものであるかを知らない。Byスタンダール」


「私は既に知ってしまったって言いたいのか?」

「キミが近藤君と過ごした日々が大事なモノだと言うのなら、その理由を考えてみるのもいいんじゃないかな。居心地の良さに甘えても、いつかはそれは終わるよ」

「……天海君は私にどうしろって言いたいんだ?」


 今のような時間はいつまでも続かない。


「最初に言ったじゃないか。キミの素直な心に聞いてみればいいって」

「龍平の傍にいたい理由?」

「自分でも気づいていたはずだ。この胸が高鳴る何かが芽生えていることに」


 少し前から感じていた、モヤモヤとしている何か。

 彼女は無防備な寝顔をさらしている龍平の顔をそっと見つめる。

 高鳴る胸の鼓動。


――私にとっての龍平って……?


 龍平を強く意識している事を否定することができないのは事実だった。

 

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