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幕間13:あーりんデイズ、第2回

 校内放送番組、あーりんデイズは盛況だ。

 生徒会、風紀委員会、恋愛指導部と本来ならば文化系部活に関わることのない組織の長が3人も曜日パーソナリティで登場するのだ。

 普段であれば聞けない本音や意外な素顔を垣間見れるのである。

 月曜日の曜日パーソナリティは生徒会長の澪だ。


「あーりんデイズ、本日の曜日パーソナリティは瀬能生徒会長です。瀬能先輩と言えば、ずばり、恋愛指導部の京司さんとの関係が気になります。学内でも時折、おふたりの関係が特別なものではないかと噂されたりしていますよね?」


 あーりんの踏み込んだ話題に澪は余裕で受け応える。

 実際、彼らはよく一緒にいるところを目撃されて噂の対象になりやすい。


「友人のひとりよ。今も昔も変わらないお友達です」

「熱愛のお噂は?そこが皆さん気になっていると思うんですが?」

「今日のあーりんは芸能レポーターみたいね?でも、そういう事実はありません。京司クンと言えば、女好き。女関係でだらしがなくて、たくさんの女の子を泣かせる悪人よ」


 澪は縁量容赦なくばっさりとそう言い切った。

 女性人気の高い京司に対して厳しい一言。


「うわぁ、悪人とか言っちゃいますか」

「昔からだけどね。私と彼って中学時代から知り合いなのよ」

「へぇ、以前から仲がいいんですね」

「仲がいいと言うか。京司クンは女の子に対して調子がいいだけで、実は女の子を弄ぶひどい男だと思うの。放送で一個人を徹底的に非難するのは問題だと思うから、これ以上は言わないけども。ねー、京司クン。自覚あるよねぇ?」


 放送を通しての京司への牽制。

 澪からの意外な言葉にあーりんは驚いた様子で、


「あらら。京司さんと噂の関係かと思いきや極悪人扱い。これは私が予想するに過去に何かありましたね?それも恋愛絡みで……はっ」

「あーりん?それ以上はお口にチャック」

「あわわ……放送だから伝わらないと思いますが、瀬能先輩が誰も見た事のない怖い顔をしていらっしゃいます。余計なことは言わないので許してくださいっ」


 澪を怒らせたくないとあーりんは話題を変える。


「本題に入りましょう。瀬能先輩と言えば、趣味でバンド活動されてるんですよね」

「えぇ、中学時代からの友人たちと楽しくやっているわ」

「一年生の子たちは知らないでしょうけど、昨年の文化祭のライブはすごかったです。大いに盛り上がりましたよね。あの勢いと人気をそのままに、生徒会長になったのが瀬能先輩ですよ。歌声も綺麗で、すごく素敵です」


 実際に澪がボーカルのバンドは評価が高い。

 毎年、文化祭にはいくつかの学生バンドが出演するフェスが行われる。

 その中でも昨年、一番人気だったのが彼女達だった。


「美人ボーカル、瀬能先輩が率いる4人組のバンド『STAR WAY』。皆さん、とっても素敵な方々ですよね。生徒会長の仕事が多忙の中での活動は大変じゃないですか」

「むしろ、いい息抜きになってるわ。皆と音楽をやってる時間がストレス解消にもなってるもの。あーりんも歌が上手って話を聞いてるわよ」

「私も歌うのは好きですよ。ただ、好きすぎて、一人カラオケばかりです」

「同じかも。自分ひとりで歌うのが一番楽しかったり。……私達、ちょっと寂しいわね」


 お一人様カラオケが趣味な同士、妙なシンパシーを感じあう二人だった。


「さて、『STAR WAY』と言えばオリジナルソングが有名ですよね。『エンドレスワルツ』とか『ビターマインド』とか。私も好きですよ」


 学生バンドと言えば有名曲のカバーが多いが彼女達はオリジナル曲がメインだ。


「うちにはちゃんとした作曲、編曲ができる子がいるのが強みかな」

「ヴァイオリニストの香月詩音(かづき しおん)先輩ですね」

「詩音がいなければ、『STAR WAY』はできなかったもの。彼女の存在は大きいわ。この前もヴァイオリンのコンクールで優勝してすごいわよね」


 詩音は国内の若手でも有数の腕前のヴァイオリニストだ。

 国内だけではなく世界からも活躍を期待されている女の子である。


「詩音先輩の活躍にも期待です。実は今回から、『STAR WAY』の歌をこのあーりんデイズで放送できるようになりました。これ、今まで放送できなかったんですよ」

「歌の放送は権利関係もあるから校内放送では難しいって聞いてたわ」

「えぇ、カバーやアニソンだとかは学校側も難色を示してたり。校歌なら可という寂しい現実があったんです。しかし、私達、放送部も頑張りました」


 意気込む彼女はマイク越しに放送部が勝ち取った成果を報告する。


「うちの部長が直接、学園長と交渉した結果、なんと学内のバンド活動をしているグループの曲を放送できるようになりました。パチパチ、拍手です」

「……強引な交渉の末、部長さんの内申点が犠牲になったと聞くけども?」

「悲しいですね、部長は犠牲になられました。ですが、これからはあーりんデイズも盛り上がっていきますよ。そういうわけで、『STAR WAY』のあの歌をまずは放送したいと思います。『ビターマインド』です」


 『ビターマインド』は澪たちが中学時代に作った代表曲のようなものだ。

 バラード調で後半への盛り上がりは評価も高い。


「片思いの女の子の想いを表現した歌なんですが、実はこの作詞をしていたのが京司さんだったと言う事実が明らかに。驚きですね」

「そんな事実はなくなりました。忘れてください」

「あっさり否定ですか!?可哀想ですよ、そこは評価してあげましょうよ。どういう経緯で、京司さんが『STAR WAY』に参加していたんですか?」


 興味津々のあーりんに、少しうんざり気味の澪は、


「中学時代、バンド活動している私達に『俺も歌詞くらいなら書けますよ』って、いくつかの歌詞を書いてきたのよ。それを詩音が気に入ったの」

「へぇ、それでビターマインドが作られたんですね。この歌詞、私も好きですよ。しんみりするっていうか、でも、共感を持てると言う感じも素敵です」

「……京司クンらしいわよね」


 澪としても、この歌詞は好きだ。

 ただ、片思いの女の子の気持ちを澪自身に歌わせた京司にはいら立ちもある。


「だけど、あの人は私の気持ちを知って、これを作ってきた時点で許せないわ。そういう意地悪な所。女心を弄んでいるのがひどい」

「……あの、瀬能先輩?どうかされました?」

「え?あ、いえ、何でもないわ」


 放送を忘れて、つい本音が飛び出しそうになった澪である。

 あーりんは不思議そうな声で「京司さんネタはNGですか?」と呟いた。


「この『STAR WAY』の人気曲は以前から放送してほしいという要望も強かったんです。せっかく、瀬能先輩がパーソナリティをしてくれているんですから当然でしょう。というわけで、音楽の方へいきましょう。『STAR WAY』で『ビターマインド』です」


 校内放送で流れる音楽に学内は大いに盛り上がる。

 昨年のライブを知っている生徒たちからは、

 

「久しぶり。良い曲だよね。私、これでファンになったんだ」

「私も。瀬能さんの歌って綺麗だもん。本物だよ」


 初めて聞く生徒は『STAR WAY』の音楽に驚く。


「噂に聞いたけど、本格的な歌手なんだな。素人のバンドとは思えない」

「普段はお堅くて真面目なイメージのある瀬能先輩がこんなに歌えたなんて驚きだ」

「しかも、作詞は天海さんでしょ。やっぱり、あの二人の相性っていいのかも」


 曲が流れ終わった頃には新規ファンを作っていたのだった。

 流し終えたあと、あーりんも満足そうに、


「音楽のある番組っていいですね。これからも、盛り上がっていきましょう。そろそろ、お時間です。次は水曜日、京司さんが曜日パーソナリティです」

「この番組は生徒会、会長の瀬能澪と――」

「放送部のアイドル、あーりんがお届けしました。ハローグッバイ♪」


 番組を終えたあと、あーりんは放送部のアイドルのお仕事を終える。

 愛絆という本当の素顔に戻ると、


「……お疲れ様でした、瀬能先輩」


 淡々とした言葉に澪はテンションの差に何とも言えない顔をする。


「あーりん、じゃなかった。愛絆さんはあーりんモードとの差が激しいわね」

「いつもの事ですよ。私、普通だとつまらない子です」

「……あーりんは作ってるキャラだから?」


 放送部のパーソナリティ、あーりんと言うアイドルは作られたキャラだ。

 性格も、声色も放送部の部長が指定したキャラ付けである。

 愛絆は放送という仕事の楽しさを知っているが、あーりんが好きというわけではない。


「部長が見てる前で言うのもなんですが、別にあーりんに思い入れがありません」


 少し離れた場所で「えー、そりゃないぜ」と不満そうな部長が嘆く。


「可愛らしくていいと思うのだけど?」

「所詮、アイドルなんて作られたものでしょ。私は与えられた仕事をするだけですから。放送部としての活動は好きですけどね」


 そもそも、愛絆が放送部に入ったのは姉の勧めだ。

 彼女の姉が放送部だったこともあり、ほぼ強引に入部させられた。

 そして、声色がいいという理由で番組のパーソナリティに抜擢されたのである。

 当初、番組も現在のような感じではなく、淡々と学内の情報を放送するだけだった。

 しかし、新部長が大幅改革を行った事で、これだけ人気の番組へとなったのである。


「あーりんと言うキャラは普段の私とは違いすぎます。こんな明るくて誰からも好かれるような人間ならば、きっと私はもっと自分を好きになれると思いますから」


 そう言い終えるとスタッフの生徒たちに挨拶をしてから出て行ってしまう。

 ふと寂しそうな顔をした愛絆を見送った澪に放送部の部長が声をかける。


「うちのエースは少し変わった子でしょう?キャラ付けされたアイドルなんて演じたくないと最初はごねたものですよ。ははっ」

「今も納得はしてないけど、お仕事だからしてる感じ?」

「そうっすね。声もはっきりしているし、度胸もある。放送部の人間としては向いてる人材なのは確かです。部内で誰もアイツの真似はできない。俺達も彼女を支える気で、番組作りをしています。だけど……時々、愛絆はああやって、拗ねるんですよ」


 拗ねると言う表現を使った部長は苦笑気味に、


「あーりんの人気が出る度に、普段の自分とのギャップの違いが嫌になる。アイツはあーりんが苦手だと言ってましたが、一番、あーりんを意識してるのもアイツなんです。いつか“あーりん”と言う自分を好きになれたらいいんですけどね」


 澪はそんな事情を知り、「彼女も複雑なのね」と親近感に似たものを感じた。

 自分自身の一面を好きになれない、それはどこか自分に似ている気がしたから――。

 

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