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幕間12:本心を見せない

 天海京司は現在、風紀委員会の本部で取り調べを受けていた。


「えっと、本日は何をしでかした?斎藤、報告よろしく」


 委員長である神崎桜子は呆れた顔をしながらデスクに座っている。

 斎藤と呼ばれた風紀委員は「はっ、いつものことです」と真面目な口調で述べる。


「放課後の廊下で女子生徒のお尻を触っておりました。巡回中の風紀委員が見つけて、任意連行。こちらへ連れてきたところです」

「ちなみに、同意の上ですよ。セクハラはありません。いちゃついてただけですから。あと、お尻じゃなくて、腰に手を回していただけです、そこ重要」


 などと京司は悪びれもせずに風紀委員に言い放つ。


「学内でいちゃついてはいけないと言う校則はないはずですが?」

「確かに。ある程度の行為なら許される範疇だ。ただし、それが恋人でもない女性であり、インモラルな行動ならば話は別よ」


 京司が風紀委員に連れてこられるのは一度や二度ではない。

 週に1度のペースといっても過言ではないくらいに、数が多いのである。

 恋愛指導部のない日は学内のあちらこちらに出没するため、いくらでも問題を起こす。


「今月3度目、ここまで風紀委員会の常連だと取り調べも慣れたでしょ」

「最近は手順すら省かれてます。そんなに毎度、俺を拘束しても罰則規定もないので無駄な努力では?どうせ話を聞いて解放されるだけですし」


 こうして連れてこられても、彼を裁く罰則規定はこの学園にはない。

 例え、校内でキスをしても、抱き付いていても、明確な罪ではないのである。

 性行為に至るなどはさすがに問題ではあるが、それ以外ならば指導程度の問題だ。

 だからこそ、風紀委員会としても京司の存在は頭の痛い問題でもある。


「前回は水泳部の更衣室を除いたという冤罪でした」

「……近くにいてたら疑われもするでしょう。本人が反省の色もないのが一番の問題ね。ちなみに、現在、校内における風紀を乱す行為が頻発しているために、新たなる校則の制定を考えているところよ。手間をかけさせてくれるわ」

「ついに新しい校則を作りますか。面倒くさいことをしますね?」


 桜子は「誰のせいで強化されるのか分かってるの?」とため息交じりに、


「現状では校内でのキスや抱擁等の行為の原則禁止の上に罰則を考えているよ」

「無理ですねぇ。この学校は恋愛を推奨しているんですよ?ふははっ、その程度の行為に寛容さは認められるべきです。というか、恋愛指導部などが学園長の主導で行われている以上、恋愛における罰則規定は難しいでしょう」

「……恋愛自由とはいえ寛容さにも限度があるわけよ、誰かさんのせいで」


 自分で自分の首を絞めている、まさにその言葉が似合う京司である。


「まぁ、実際には罰則規定くらいは作ってもらわないと困るの。天海の行為だけではなく、ちらほらと学内でそういう行為は目撃されてるわけだし。風紀の乱れを正すのが私たちの仕事だもの」

「お仕事、ご苦労様です」

「仕事を増やしてくれているのは誰かしら?斎藤、さっさと処理して」


 一応、書類作業の事務処理をしなくてはいけない。

 桜子は部下に任せて、自分の仕事に戻る。


「斎藤君、最近どうよ。彼女と仲良くやってる?」

「付き合い始めて5ヵ月、いろいろと新鮮味がなくなりはじめてきた。これが倦怠期ってやつかな。好きなんだけど、物足りないって言うか」

「なるほどねぇ。そこを乗り越えられるかが試練だなぁ。ちなみにそういう時はわざと波乱を起こすとかもいいよ。刺激を与えないと倦怠期は乗り越えられない」


 書類を書いてる委員と普通に雑談するほどの間柄でもある。


「天海は馴染み過ぎだ。普通は風紀委員に連れてこられたら、緊張して強張ったりするものよ。遊びに来てるんじゃないんだから。あと、斎藤もたるんでるわよ」

「す、すみません。慣れとは恐ろしいですね」


 桜子が嘆くのも当然だ。

 パイプ椅子に座りながら、風紀委員とのほほんと雑談しながら取り調べられる。

 風紀委員に対して怯えもしなければ馴れ馴れしく接するのは彼くらいのものである。


「委員長。それでは、我々は本日、最後の巡回にいってきます」

「屋上の巡回はしっかりとね。先日みたいにタバコの吸い殻が見つかったら報告して」

「……了解です。人気のない所は要チェックですね。行こうか、沖田君」

「ういっす。最近、たばこが見つかった体育倉庫のあたりからいきましょうか」


 巡回する彼らを見送った京司はふと気づいたように、


「斎藤君と沖田君って、まるで新撰組ですね」

「そうね。近藤と土方はいないけども、藤堂はいるの。私も同じことを思ったわ」

「あはは、まさに巡回が良く似合う。しかし、風紀委員も大変ですねぇ。毎日の巡回、そして、生徒への取り締まり。ご苦労様ですとしか言えませんよ」


 京司に対して桜子は嫌味っぽく、

 

「その4割近くの仕事を増やしているのは天海京司、お前だ」

「うーむ。この際、俺の行動に目をつむると言うのはどうでしょう?」

「本当にそうしたい。お前の行動には呆れるだけ。そんなにあの子を振り向かせたい?」


 桜子の言葉に京司はパイプ椅子をぎしっと鳴らした。

 動揺を悟られないように、彼は平然とした様子で「あの子とは?」と返す。


「一応、生徒会にも取りしまった生徒の報告書は提出することになっている。当然、会長である瀬能も報告書は閲覧しているわ」

「……それが振り向かせるとどういう関係が?」

「言わなくても分かってるはず。いろんな女の子といちゃついてる事実を間接的にお前は瀬能に知らせている。自覚があるんでしょ?」


 桜子は書類作業を続けながら彼を一瞥することなく話をする。

 京司はにこやかな笑みを崩さずに、自然体を装いながら、


「さぁ?俺はそんなつもりはありません。女の子が大好きで、モテるだけです」

「本当にそれだけ?私には何かしらの意図があると思ってるわ」


 京司は内心、人の心の奥底をのぞき込むかのような推察力、洞察力に敬服する。


「そういえば、お前と瀬能は中学時代、同じ生徒会だって話を聞いたことがあるわ。その噂は本当なのかしら?」

「そういうこともありましたね」

「瀬能とどんな因縁があるのか知らないけども、天海らしくない。気になる相手なら、本人を口説くなりすればいいのに、行動する様子もないし」

「いえいえ、口説くのは日常ですよ。相手にもされてませんが」


 軽薄な態度を「本気で口説いてないだけ」と桜子に見抜かれる。


「好かれたいのか、嫌われたいのか、お前の行動はよく分からないな」

「……桜子先輩はどうしてそう思われるんですか?」

「嫌われたいのなら、強引に襲うなりしている。しかし、そうじゃない。お前は間接的に瀬能を遠ざけてるように感じる。失望されたがってるのか」

「そんなつもりもないんですけどね。俺は俺のやりたいようにしてるだけですよ」


 桜子はようやく京司の方へ視線を向けた。

 その綺麗な容姿と、姉御肌というべき頼りになる存在感から多くの生徒から慕われる。

 神崎桜子、風紀委員長と言う女性を京司は包容力のある子だと評価している。


「天海の女癖の悪さは一年の時から聞いてたよ。そんな奴が恋愛指導部の部長になるとは思いもしていなかった。まさに晴天の霹靂だ」

「桜子先輩は恋愛指導部に何か思う所でも?」

「天海、恋愛指導部の初代部長にあたる人物を知っているかしら?」


 京司はその問いに「確か」と思い出しながら、


「指導部には元々、カウンセラーが配属されていたと聞いています」


 どの学校でも今の時代はスクールカウンセラーを配属している。

 思春期の生徒のため、週に1度か2度、学校を訪れ生徒の相談に乗るのだ。


「かつて、恋愛指導部を立ち上げた頃はカウンセラーがその相談にのっていた。初代部長と言える創設時の部長は私の兄だったのよ」

「桜子先輩のお兄さんはカウンセラーなんですか」

「あぁ。今は別の高校に配属しているけど、当時は仕事で恋愛相談ばかりされて困るって嘆いていたっけ。恋愛指導部の創設にも関わっていたらしい。天海、カウンセラーと言う仕事につくにはどういう手順を踏まなくてはいけないか知っている?」


 桜子の問いに京司は「いえ」と否定の返事で答える。

 

「専門の大学院を出て、国家資格である”臨床心理士”の資格を得なくてはいけない。意外に大変なのに、その割に仕事は少なく、給料もよろしくない。大変な仕事よ」

「お兄さんも苦労されているようで」

「否応なく、人と接する仕事だもの。それを彼が選んだのなら家族はただ見守るだけ」


 彼女はそう呟くと話を戻して、


「人の相談に乗ると言うのは、それだけの苦労をしてようやく仕事にできるということ。だけど、お前たちはただの素人がアドバイスをするだけの無責任な組織であると私は考えているわ。恋愛指導部、よく学園側も立ち上げたものね」

「先輩は恋愛指導部に否定的な考えお持ちですか?」

「個人的な意見ならばね。必要性は認める。でも、それはプロに任せるべきであり、子供の恋愛であろうと、恋愛相談に乗るのならば、相当の知識と経験がいるわ」

「俺にはそれができるという自負はありますが?」


 京司の反論に桜子はそこが問題だと言わんばかりに、


「天海はイレギュラーの存在ね。同世代でも、経験値も場数も違う。結果も出てるようだけど、次はどうする?お前がいなくなったあとの恋愛指導部は?」


 それに関しては京司も答えられる回答を持ち合わせてはいない。

 今でこそ、順調に進んでいる恋愛指導部。

 それでもあと1年もすれば京司も卒業することになる。

 次の世代をどうするか、これは彼の課題でもあった。

 

「恋愛指導部、天海の引退後は同好会レベルまで引き下げるべき。ただの部活動のひとつとして、恋愛相談をするのならそこまでの責任も負わない」

「厳しい事を言いますね」

「それだけの責任のある立場だと自覚しなさい。それゆえに、その部長のお前が女遊びをしていることにも問題があると言いたいわけ」


 もう言い飽きたと、桜子の態度からも感じ取れる。

 京司は風紀委員会室の全体を眺めながら、


「桜子先輩たちは風紀員会として、立派だと思います」

「ん。頑張ってるから当然ね」

「学園内の規律と風紀を守る存在、責任のある仕事ですよね。俺もなんですよ。俺にだって恋愛指導部に対する責任感はあります」


 冗談めいた口調ではなく、はっきりと彼は桜子に言い放った。

 桜子の目の色が変わる。


「学生時代の恋愛なんて正直に言えば、ただの遊びだと思いませんか?初めての経験だ、初めての恋愛だと浮かれたところでいつか、あっさりと終わりが来る。真面目な恋をしても、実際にそれが結婚に結び付くとは限りません」

「結婚が恋愛の終着点ではないかもしれないけど、その通りね」

「そのお遊びの学生時代の恋愛だからこそ、価値があることもある。後悔のしない恋を俺は皆にしてもらいたい。だから、引き受けたんですよ。俺にできる事をしたいってね」


 京司の本音、胸の内をさらけ出す。

 それは女遊びで毎日、学内を騒がせている男の台詞ではなかった。


「天海が意外と真面目な考えを持ってるのには驚きだ」

「そうでなければ、俺だって好き放題にやってますよ」


 恋愛指導部という一点のみには双子の妹、真心ですら京司を信頼している。


「少しだけ訂正するわ。お前の恋愛指導部への態度だけはちゃんとしているんだって。そこまで言うのなら、お前も自分の恋愛に向きあいなさい」

「……耳の痛い言葉ですね」

「あまり瀬能をいじめるな。あの子は見た目よりもずっと心が脆い、危うさのようなものがある。いつまでも、好きな子いじめはカッコ悪いぞ」


 “好きな子いじめ”。

 京司は胸に突き刺さる言葉に思わず口元に微笑を浮かべてしまった。


「意地悪をして嫌ってくれるのなら、それでよかったんですよ」


 だからこそ、つい言わなくてもいい言葉を言ってしまった。

 普段の彼ならそんな“弱音”など吐かないのに。


「彼女を幸せにしてやれない男なんて忘れてしまえばいいのに」

「……それでも、瀬能はお前の傍にいる。忘れられない。それが答えじゃないの?」

「ですかねぇ」


 向き合うことから逃げている、京司にはその自覚はあった。

 

「さて、そろそろ、解放してもらってもいいですか?」

「今後の行動の自制と自重を大いに望むわ」

「善処しますよ。あと、余計なことを話したのは忘れてください。桜子先輩の姉御属性、恐るべしって感じですかね。ははっ」


 その横顔はいつもの彼のモノに戻っていた。

 京司が去ったあと、桜子は彼の起こす騒動の本質に気づいていた。


「恋愛指導部。本当に救われたがっているのは、天海じゃないのかしら?」


 恋愛指導部、他人の恋愛を指導し、良き方向へと向かわせる。

 その部長である京司こそが本当に救われたがっているのではないか。


「好きな子を振り向かせたくて必死なのね。不器用な恋をしてるとは意外だわ」


 天海京司と言う男は決して、恋愛上手な男の子ではないのだと。

 どこにでもいる思春期の男の一人なのだと、桜子は認識を改めたのだった。

 

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