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第4話:なりたい自分を演じてる《断章5》

――変わった自分を褒めて欲しかっただけなのになぁ。


 千鶴は俯き加減で公園のベンチに座り考えていた。

 この公園は学校からも近いし、広いためによく演劇の練習に使う。

 池のある場所は人通りも少なく他に迷惑もかけずに練習できるいい場所だ。


「雑賀先輩にはよくここでアドバイスをもらったなぁ」


 まだ入部して間もない頃はダメだしされまくりだった。

 中学から始めた彼女の演技はまだ未熟だったし、慣れない事もたくさんあった。

 先輩役者である桜子や俊也の指導で今の地位を得るまでの成長をした。


「あの頃から先輩が気になっていたんだろうね。はぁ、私の何がいけなかったんだろ」


 変わろうとしたのが間違いだったのか。


――どうせ、私なんて女の子らしくなんて無理ってことなのかも。


 真心や夜空に手助けしてもらい言葉づかいから仕草まで全部、女の子らしく変えた。

 俊也が好きだから変わろうとした。

 その努力した変化を否定されてしまうと素直に凹む彼女である。


「やっぱり、私口調なんて“ボク”には似合わない」


 どうせ意味なんてないんだと、改めて口調を戻す。

 普段のままの自分に戻れると妙な安心感がある。

 無理に演技してまで女の子らしく振る舞うのは大変だった。


「……あっ」


 そこで千鶴は俊也の言葉を思い出して声をあげる。


『今の千鶴は俺は好きじゃない』


 その言葉を文面通りに受け取ってショックを受けていた。


――自分で今、思った事が答えなんじゃない?


 無理をして、我慢して、そうして彼が望むであろう女の子のように近づこうとしてた。


――先輩はボクはボクらしく、今まで通りでもいいって事じゃないの?


「少し男っぽくて、女の子らしさもないけど、先輩は私を好きだって言ってくれた」


 下手に考えて無理をしなくても、彼は自分を好きでいてくれる。

 

“可愛い女の子になりたい”。


 周りの望むような男の子ではなく、女の子らしく振舞いたいというのは千鶴の思い込み。

 その上、実際にしてみれば違和感を覚えてしまうほどで、演技しなきゃできない現実。


「理想と現実、本当のボクはどうしたいの?」


 その時、静かだった公園内に足音が響く。


「はぁ、はぁ。千鶴、ここにいたのか。探したよ」


 あちらこちらを探していたみたいで、息を荒くする俊也が走りこんできた。

 まずは開口一番に「気を悪くさせてごめん」と謝罪をする。


「俺は別に千鶴がしたい事ならそれでいいと思う。変わりたいと思ってくれたその意思を否定したわけじゃない。ただ、無理をしてまで変わらないでくれ。俺は千鶴が好きで、今のままでもいいと思っているから」


 その強い眼差しに、千鶴は逆に問いかける。


「……私ってば全然、女の子らしくありませんよ?」

「俺から見れば十分、千鶴は女の子だよ。無理をしなくてもいい、変わらなくてもいい。演じる事も必要ない。ありのままのキミが好きなんだ」


 そっと千鶴に近づくと、そのまま身体を抱き寄せる。


「千鶴。俺はね、演技に本気で取り組める千鶴はすごいと思う。だけどさ、自分を偽り演じる事はやめて欲しい。千鶴は千鶴だ、他の誰も真似をする必要も演じる必要もないんだよ。それを分かってほしいんだ」


――先輩はボクが誰かを演じていると気づいていた。


 彼は演出家だ、演技しているかしていないかなどすぐに見抜かれてしまう。


――無理して、偽って。だから、あんなに厳しい言葉を告げたんだ。


 言葉の意味をようやく理解できた。


「……ごめんなさい」

「謝る必要なんてない。さっきも言ったけどさ、千鶴が女の子っぽくしている姿は可愛いよ。おしゃれしたりして、外見を変えるのもいいさ。それが本当にしたいことなら。でも、無理してるんだろ。わかるんだよ」

「ボクはボクでいいんですか?私とか言わなくても、女の子らしくなくても?」

「千鶴は千鶴だ。キミの良い所を俺はよく知っている。真面目で、何事にも前向きで、とても優しい女の子だ。そう言うキミを俺は好きになった」


 その告白に思わず涙しそうになる。

 好きだと言われる事が嬉しくて、胸がしめつけられる。


「……雑賀先輩。ボクも先輩が好きです。けれど、ボクは自分に自信がなかったんです。女としての自信がなかったから、先輩に不釣り合いなんじゃないかって」

「そんなこと、気にしなくてもよかったんだよ。千鶴は誰よりも魅力的なんだから」


 抱きしめてくれる力が強くなり、千鶴は身を委ねる。

 心地よい風を肌で感じられる。


「あとね。嘘偽りのないキミの変化なら、俺は大歓迎するよ。今のキミは綺麗だ」


 今の自分を誰よりも愛してくれる、それが千鶴の自信になる――。





 ふたりが恋人になって数日が経ち、演劇部ではいつものように練習に励む毎日。

 恋人らしくデートはまだ出来ていないが、目先の夏の大会に向けての練習あるのみ。

 演劇に夢中なのはふたりともで「俺達は演劇バカだな」と笑いあっていた。


「千鶴、次のセリフ合わせいける?最初から最後まで、一気に行くからね?」

「任せて。役の感じは掴んだ。もう大丈夫だよ」

「おー、最近の千鶴はやけに張りきってる。役も自分に似合ってきてるし良い傾向だね」


 亜佐美の言う通り、千鶴の演技には磨きがかかり、一皮むけた感があった。


――この主人公の気持ちが今なら分かるよ。


 主人公は恋を知らない男の子、恋を知り戸惑いながらも現実と向き合う。


――初恋を知らない人間はどうすればいい?


 答えは単純、恋を経験して知ればいい。


――何も知らないからこそ、恋愛と言う事を難しく考えちゃうんだ。


 恋する気持ち、大切さを身にしみて感じる今は千鶴には彼の気持ちを理解できる。

 場面は主人公がヒロインに告白し返すシーンだ。

 一度はフッた自分がもう一度、今度はこちらから告白しなおす場面。


「ごめんね。僕はキミの事を理解していなかった。恋って何かを知らなかったんだ。今なら分かる気がする。人が人を愛する事。ずっと僕はキミの事ばかり考えてしまう。好きだって気づいてからはなおさならなんだ」

「……私もね、フラれてから考えていたの。一方的に気持ちを押し付けてしまった。それを後悔している。焦らずにゆっくりと、もっと貴方に私の事を知って欲しい。私の事を好きになって欲しいのよ」


 亜佐美と千鶴は抱擁しながら、愛を確認し合う。

 毎回ながら告白のシーンは緊張するが、役に集中して演技を続ける。


「好きよ、貴方の事が今でも好き。ううん、前よりももっと好きになれた」

「……僕もキミの事を愛している。人を好きになるって不思議だよね。こんなにも自分が誰かを強く意識することなんてないと思っていた」


 見つめ合うふたり、ついに迎えるのはキスシーン。

 予定では頬にキスということになっている。


――もちろん女性同士なので唇でチューはありません。


 さすがに千鶴も女の子にキスはしたくなかった。


「……キスしてくれる?」

 

 亜佐美のセリフに深呼吸をひとつしてからキスをする真似をしようとする。

 唇を近付けながら、頬に狙いをつける。


「お願いがあるんだ。恥ずかしいから瞳をつむって」

「……嫌よ、キスする瞬間まで貴方の顔を見ていたいもの」


――あれ、台詞がおかしいぞ……?


 亜佐美がいきなりアドリブをし始めて動揺する。

 台詞にない事を練習でする事はなく、思わず周りを見渡すと皆がにやにやしている。

 別に間違えている事を笑っているわけでも、咎める気配もない。

 千鶴の「どういうこと?」というその答えは彼らの視線の先にいた。

 その演技を俊也が複雑そうな顔をして見ていた。


「おい、どういうことだ?こんなのはシーンになかったはず」


 小声で囁きながら、「演技だよ、演技。ははっ」と他の先輩からからかわれている。

 亜佐美も「何でもいいからキスシーンを続けて。演技はまだ終わっていないよ」と、そしらぬ顔でにキスを求めようとしてくるありさまだ。


――くっ。分かった、これは皆でボクと先輩に対する意地悪なんだ。


 まさに公開羞恥プレイ、演劇部の罠にハマったと知る。

 亜佐美の唇を見つめると俊也とのキスを思い出して、頬が赤く染まる。


「キス、してくれないの?だったら、私からしようか?」


 そのまま艶っぽい唇を尖らせ、亜佐美は視線を向けてくる。

 深呼吸をひとつ、千鶴は覚悟を決めて演技に集中する。


「……いや、キスをするのは僕からだよ。キミが好きだ」


 亜佐美が「へ?」と呆けた素の声をあげ、その唇に千鶴は口づける。

 ギリギリ唇の真横にキス、周囲から見れば本当にキスしたように見えた。

 思わぬ行為に部員達が「うわぁっ」と盛り上がり声をあげる。


「大好きだよ。これからもボクの傍にいてくれ」


 呆然と口をパクパクと金魚のようにさせる亜佐美。

 最後のセリフを終えると「うぎゃー」と彼女の方が恥ずかしさに顔を赤くした。


「ちょ、ちょっと、千鶴。私、何された!?キスされた!?初チュー、奪われた!?」

「奪ってないってば……そもそも、自分から誘っておいて、何を驚いてるのやら」

「やだ、この子、すごく余裕。ちくしょう、経験があるからって余裕なのね!?」


 拗ねる亜佐美をなだめながら、千鶴は「本番でもしちゃう?」と意地悪く反撃する。


「いいんじゃないか。千鶴、亜佐美のキスシーンは盛り上がるぞ。これは実際の舞台でも採用した方がいいかもしれないな。なぁ、雑賀?」


 副部長の言葉に雑賀先輩は「……え?」とボーっとしていたらしい。

 

「ふっ、あははっ。お前、マジで呆けすぎ。いくら役とはいえ好きな千鶴を取られたくないか?ほら、千鶴。口なおしだ、一発こいつにかましてやれ」


 副部長に片を押された俊也は照れくさそうに、


「べ、別に演技だから気にしてない。これくらい役者なら当たり前だし、これからもあるだろうからな。キスぐらいで俺は別に気にしていないから。……ホントだぞ?」


 明らかな動揺、千鶴以上に気にしている人がここにいた。


「先輩、可愛い。ふふっ。ねぇ、目をつむってください」

「へ?いや、だから俺は気にして……んむっ!?」


 千鶴は少し背伸びをしながら唇を重ね合う。


「お、おうぅ!?なんだ、生チュー!?本気でするか、このふたり!?」

「……しくしく、知らない間にこんな子に。千鶴の成長っぷりに私がついていけません」


 周囲のざわめきを感じながら、お互いの手を繋ぎあう。


「演技のキスじゃボクの心はときめきません。先輩とのキスじゃないとダメなんです」


 俊也との恋愛が千鶴に大きな変化を与えていた。

 これからの彼女の成長が楽しみだ、と俊也は口元に笑みを浮かべたのだった。






「なりたい自分、か。私は間違えていたのかしら」


 恋愛指導部で反省気味に真心は淡々と言葉を告げた。


「男っぽい彼女を変えたいと努力したけど無理に自分を変えても意味はない。変わりたいと思った、その彼女の意思を尊重したのに」


 結果的に二人の関係を亀裂を入れかけたことに反省しているのだ。

 恋愛指導部として初めて直面した責任の重さ。

 真心は自分のアドバイスが人に与える影響を身にしみて感じる。


「京司。私なりに今回はしてみたけど、結局、私は何もしてあげられなかった」


 レポートを眺めながら京司は落ち込む妹に優しく慰める。


「いいや、真心ちゃん達は彼女の変わろうとした支えになってあげていた。女の子らしくなる、その行動をとらせてあげたじゃないか」

「私が無意味な事をする。それが分かってたなら止めたらよかったじゃない。そうすれば、ふたりは何の誤解もなく付き合う事ができてたんじゃ」


 その言葉を遮るように、京司は落着いた声で言う。


「違うよ。俺達は恋愛指導部だ。何でもかんでも協力して恋を実らせてあげるわけじゃない。行動するのは自分自身、雑賀先輩も千鶴ちゃんも、自らの意思で動いた結果だ」

「だとしても、こじれると分かっていたら止めるでしょう?」

「千鶴ちゃんが自分から変わろうとして努力した。結果がどうであれ、自分で考えて動いたんだ。それを真心ちゃんは否定するのかい?」


 真心はこの数日間で、彼女がどんなに必死になっていたかはよく知っている。

 慣れない事をする、確かにそれは無理をしたかもしれない。

 けれど、努力した事が無駄だったとは言い切れない。

 

「真心ちゃん。恋愛は答えを誰かから教えられてその通りにするものじゃない。自分で見つけた答えじゃないと意味がない。それと、真心ちゃんが落ち込む必要はないさ。失敗したと思うのならその経験を次に活かせばいいのさ」


 京司は「何事も経験だよ。成功体験を積んで、真心ちゃんも成長しなさい」と諭す。


「……上から目線で言うなぁ。私達、相談される側も経験を積んで成長しなきゃいけないってことなのかも。考え直させてくれる、いい機会だったわ」


 苦い経験こそ、次に活かして成長する。

 恋愛指導部としての責任の重さ、行動の重要さを痛感した真心だった――。

 

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