幕間10:あーりんデイズ、第1回
白鐘学園の昼休憩には月水金と放送部の校内放送番組が流れる。
いわゆる、ラジオ番組風のトーク番組でメインパーソナリティは放送部の“あーりん”と言う愛称で呼ばれる女の子が務めている。
また、日替わりで、月曜は生徒会長の澪、水曜は恋愛指導部の京司、金曜は風紀委員長の桜子(さくらこ)がそれぞれパーソナリティとなり、放送を盛り上げている。
今日もまたお昼の1時から人気の放送番組『あーりんデイズ』の放送が始まった。
「こんにちは、校内放送番組『あーりんデイズ』のお時間です。本日も15分間、お付き合いください。メインパーソナリティは放送部のアイドル、あーりん、と――」
「水曜日担当、恋愛指導部の天海京司がお届けします」
「さっそくですが、京司さん。前回の放送は京司さんの経験談トークのせいで、かなり際どかったんですが。おかげで生徒指導の大村先生から睨まれてしまったわけですよ」
「おや、放送部の危機だねぇ。来週、放送できるかなぁ?」
まるで他人事のように呟く京司。
あーりんは「えー、他人事ですかぁ」と不満そうに、
「過激発言連発の京司さんのせいですよ。エロ発言禁止です。分かってます?」
「反省してマース。大村先生と言えば、3日前に駅前のコンビニで見かけたんだ」
「……あのー。何だかその話題、危険な香りがするんですけど?」
「ふむ。先生はコンビニのエロ本コーナーで真剣な眼差しで本を選んでおりました。大村先生、駅前はまずいっす。あそこは塾帰りの生徒が良く通るんです」
思わぬ京司の爆弾発言にあーりんは苦笑気味に、
「あららぁ。また余計な発言をしてくれますよ、このお人。ちなみにどのような本を?」
「あーりんには言えないジャンルだよ。先生、女子高生ものは職業的にまずいのでは?」
「言っちゃってるんじゃないですか!?あわわ、大村先生、今のは聞かなかったことに」
「大丈夫。本当にまずいもう一冊の方のジャンルは俺と先生だけの秘密です。お口にチャック。他人に話すことはないのでご心配なさらずに」
「まず、心配なのはこの番組の存続ですっ!?」
校内放送なので大村先生の性癖は全校生徒の知るところに。
京司の危険発言にあーりんは嘆きながら、
「え、えーと、本日のテーマの方に話題を移しましょう。本日のテーマは『成長したなぁ、と思う事』。新学期も始まって2ヵ月、そろそろ新入生の方も慣れてきたころですよね?そこで本日は成長をテーマにお話したいと思います」
「成長かぁ。いいね、人は常に成長していく生き物だよ」
「学園長の好きそうな言葉です。京司さんは何か成長しなぁって思う事はあります?」
あーりんからの質問に京司は「あるある」と嬉しそうに笑いながら、
「前、話したことがあったっけ?俺はピーマンが苦手なんだよねぇ。あの苦味が子供の頃からすごく苦手で食べられないもののひとつなんだ」
「あー、分かります。ゴーヤとかピーマンとか苦手な子も多いですよね」
「でも、先日、妹の手作り、ピーマンの肉詰めは食べられたんだよ。苦味もなく、色合いもよくて、美味しかったんだ。その時、あー、俺も成長したんだなぁ、と」
「……京司さん、京司さん。そのピーマン、黄色とか赤色じゃありませんでした?」
ふと、あーりんは嫌な予感がしたようで京司にそう問う。
「ん?そういえば、そんな気も?」
「残念なお知らせです。京司さん、それは“パプリカ”ですよ。ピーマンに似てますけど、苦味もなくて甘いやつで、似て非なるものです」
「なんだって!?沙雪ちゃんは『ピーマン食べられてよかったね、お兄ちゃん♪』と褒めてくれたのに。あれがピーマンではなかったと?」
「妹さんがお兄ちゃんにピーマン嫌いを克服して欲しくて、そう誤魔化したんですね。なので、全然苦手を克服してません。成長してませんよ、京司さん」
がっくりと落ち込む京司は「マジかぁ」と凹みながら、
「お兄ちゃん、妹の優しさを感じました。そう言う、あーりんは何か成長した?」
「笑わないでくださいね?私、実は先日、逆上がりができたんです」
「……ははっ、鉄棒の?今さら?高校生になって?」
「めっちゃ、顔が笑ってるじゃないですか。もうっ。私も小学生の弟がいるんです。その弟に逆上がりを教えて欲しいと言われまして。でも、私、ずっと逆上がりができなかったんですよねぇ。弟の前で恥ずかしい所は見せたくなくて頑張りました」
にやにやとまだ笑う京司を横目にあーりんは、
「京司さん、笑いすぎです。で、何とかやってみたら、案外簡単にうまいこと回れたんですよ。おかげで弟の前で恥ずかしい真似はせずにすみました。子供の頃と違って、大きくなるとできた事に、成長したんだなぁって思ったんです」
「分かる気がする。子供の頃できなくても、身体が成長したらできる事ってあるよね」
「京司さんは未だにピーマンが食べられないんですよね。お子様ですね、ふふっ」
「おや、まだ言いますか。笑ってごめんね。似たような話で、成長したなぁって思った事。実は先日、俺の小学生の妹がブラをつけたがるようになりました」
またも危険発言にあーりんは唖然としながら「またそういうネタですか」と言う。
「いや、これ大事な事なんだよ?あーりん、ブラはいつくらいにつけた?」
「セクハラですよ、もうっ……中学生からですけど?」
「うちの妹がブラをつけたがるという年齢になったことが成長を感じさせる。赤ちゃんだった時の沙雪ちゃんをこの腕に抱いてた頃を思い出しました。しんみり」
妹の成長をしみじみと感じる京司。
「京司さん、お父さんですか!?どちらにしても、お兄ちゃんに相談することじゃないですよ、それ。当然、真心さんに怒られたでしょ?」
「怒られた上にお財布だけ奪われて、置いてけぼりをくらったよ。お兄ちゃんも妹のブラ選びに付き合いたかったのに。妹の成長を見守れないなんて、残念すぎる」
「京司さん、犯罪行為にならないようにお気を付けください。ホント、えっちぃですね。ではでは、リスナーさんのメールを読んでいきましょう」
あーりんは手元にメールの書かれた紙を持ちながら読み始める。
「ラジオネーム、ナイトスカイさん。初めまして、あーりんさん。私が成長したなぁって思う事は、キスを我慢できるようになったことです。実は私、誰でもキスしちゃうタイプなんですが、最近はようやく我慢できるようになったんです。本当にしたい人だけにキスができる日まで、頑張っていきたいなぁ、と言うお便りなんですが」
「……あーりん、このリスナーさんが誰だか分かった件について」
というか、ナイトスカイと言う名前からして思い当たる子がひとりしかいない。
「ダメですよぉ。名前はお口にチャックしておいてください。はぁ、キスかぁ。最近の子は進んでますよね?進んでるのかな。うーん?実は私、経験がなかったりするんですよ。恥ずかしながら。なので憧れではあります」
「あーりん、今の発言は男子ファンの心を鷲掴みっ。いつまでもピュアなあーりんでいてね、と皆が望んでいます」
「……いや、私的には微妙ですよ?さすがに、私だって恋やキスくらいしたいですし。そういう京司さんはファーストキスはいつくらいにしました?」
京司は過去を思い返して悩む顔を見せる。
「あれ?いつだったんだろう?小学生低学年くらいだったような。相手は明美ちゃん?いや、蘭ちゃん。違うな、陽子ちゃんだったか。あー、思い出せない」
「……えー、ナイトスカイさん。こんなファーストキスの思い出が思い出せないお兄さんみたいにならないように、キスは大事な人だけにしておきましょうね?」
あーりんはそう締めくくると別のリスナーのメールを読み始める。
京司が担当の日は女子からの恋愛絡みがメインだ。
軽い恋愛相談も終えてから、時間が押し迫ってくる。
「さて、番組も残り時間が少なくなってきました。来週のテーマを発表します。テーマは『異性にドキッとしちゃった瞬間』。京司さん、エロネタ以外でお願いします」
「あーりんが最近、俺に冷たいなぁ。寂しい。数日前の話だけど、ゴールデンレトリバーの犬を散歩させてる女の子がいたんだよ。中学生くらいの子だったかなぁ」
「大型犬ですか。私も小型犬を飼ってます。犬は可愛いですよね」
「でも、いきなり犬がダッシュをはじめて、慌てて犬と共に走ることになった飼い主の子が慌てふためく姿が可愛かったなぁ。ハプニングって見てる方もドキッとするよね」
「あれ、普通に怖いんですよ?小型犬でもぐいぐいリードを引っ張られると焦ります」
あーりんは自らのドキッとした瞬間を考えながら、
「私はつい昨日の話なんですけど。近くの席に座ってる男の子が居眠りしてたんですよ。男の子の無防備な寝顔を見つめた時、不覚にもドキッてしてしまいました」
「へぇ、異性の寝顔か。確かに普段は見る機会のないものを見るとふいにドキッとしたり、胸きゅんしたりするよねぇ。俺も経験あります」
「ちなみにその相手は寝言で女性の名前を告げたところを運悪く、先生に見つかり、頭を叩かれて起こされてました。ドキッとした自分がちょっと恥ずかしくなりました。残念男子の話です」
「――それは俺の事じゃないか!?」
「京司さん。先生、怒ってましたよ。居眠り禁止です。めっですよ」
あーりんの呆れた声に「反省してます。春は眠いんだよ」と京司も肩をすくめる。
「寝てる所と言えば、うちの妹の真心ちゃんも寝てる時は無防備なんだ。先日もソファーで寝てしまってお腹出して寝てました。おへそ出して、可愛かったなぁ」
「あの真心さんが?普段はクールな印象なんですけど、意外です」
「ああみえて、可愛い所もあるのだよ。時には皆の幻想を打ち砕くような……おや、誰か来たようだ、ちょっと見に行ってみようか」
「きょ、京司さん、その扉を開けちゃダメです。バットエンドフラグですから」
あーりんが慌てて制止しながら、話を締める。
「というわけで、お時間です。来週のテーマは『異性のドキッとした瞬間』。リスナーのみなさん、体験談をぜひ放送部の方へメールで送ってくださいね。最後にお知らせです。明日は朝の全校集会で演劇部の講演を行いますので皆さん、お楽しみに」
「この番組は恋愛指導部、天海京司、と――」
「放送部のアイドル、あーりんがお届けしました。次の放送は金曜日。曜日パーソナリティは風紀委員長の神崎桜子さんです。それでは、ハローグッバイ♪」
無事に校内放送番組が終了する。
放送を終えると、京司はマイクから離れて軽く伸びをしながら、
「お疲れ様、愛絆ちゃん」
「……お疲れです。本日も無事にお仕事終わりました」
先ほどの明るいテンションとは違う、落ち着いた声。
“あーりん”こと、吉田愛絆(よしだ あいき)という2年の女子生徒である。
魅力溢れる饒舌で明るい女の子、あーりんの正体。
本来は冷めた感じの印象を受ける、非常に物静かで大人しいタイプの子だ。
しかし、校内アナウンスから番組まで担当する、放送部のエース的存在であり、“あーりん”というキャラ付けされた放送部のキャラクターも演じている。
ちなみに、あーりんの正体は公開されておらず、隠しているわけではないが、愛絆があーりんだと言うのを知らない生徒も多かったりする。
「……また来週もよろしくお願いします、京司さん」
愛絆は先ほどまでの“あーりん”とは違う、平然とした顔で挨拶するのだった。




