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幕間8:勝利者にはご褒美を

 どこの学校にも一年に一度、球技大会がある。

 本日は白鐘学園の球技大会、朝から激戦続きで盛り上がっていた。

 午後、男子のバスケットボールは決勝戦を迎えていた。

 体育館には応援の生徒たちが集まり、歓声に沸いている。


「頑張ってー、京司クンっ。応援してるからね」

「このまま特進倒して、優勝だよー♪」

「京司クンー。カッコいい所を見せて」


 京司ハーレム、彼の取り巻きの女の子達は本日も京司に声援を向けていた。

 コートの中心から京司は彼女達に「もっと応援してくれ」と手を振る。


「ちくしょう、天海だけかよ。俺達の努力があって決勝戦までこれたのに」

「これが現実だ、諦めろ。せめて彼女達に一矢報いてやろうぜ」

「そうだな。俺達の活躍で、少しくらい好感度を上げよう」


 他の生徒たちは下がりそうな士気を前向きにとらえてかろうじてあげる。


「しかし、意外なチームが勝ち上がってきたものだ」


 京司は対戦相手のチームの顔ぶれに驚いてた。


「……特進が相手とは思わなかっただろ?」


 決勝戦の相手は特進クラスだった。


「俺達だってやる時はやるんだぞ」


 挑発的な笑いを浮かべるのは伊織だ。

 その横にはふて腐れた顔をする雅之が突っ立っている。


「はっ。相変わらずだな。天海と相手すると気分が悪いぜ」

「そうかい。おやぁ、あの隅の方で愛しの夏帆ちゃんが応援してくれてるぞ、瀬戸」

「う、うるせっ!?俺達にもう関わるんじゃないっ」


 気恥ずかしさから彼から離れていってしまう。

 彼らの関係は改善して、京司から見てもいい方向へと進みつつあるようだ。

 その様子を見ていた伊織は微笑しながら、


「おやおや、彼も随分と丸くなったものだ。良い変化だな」

「……良い変化と言うのかね、あれは?それよりも伊織。特進が勝ち上がってくるとは予想外だよ。頭のいい連中は運動が苦手だと言うのは思い込みかな」

「いや、間違いではない。ただ、このチームは特別だ。息抜きというか、昼休憩にはバスケをやってる連中なんだよ。お遊びでも、経験の差が物を言う競技だろ。それに忘れてないか。俺は中学時代はレギュラーだったんだ」


 伊織は中学時代、バスケ部の副部長をしていた。

 特進に入った事で部活動こそしていないが実力者だと京司は認識している。


「こっちは俺以外は現役、バスケ部員で固めてますから。勝ちますよ?」

「ふっ。その余裕、後悔しないでくれよ、京司」


 親友同士ではあるが、勝負事には真剣なふたりだ。


「……伊織君、いい機会だから京司にぶざまな敗北をもたらしてあげて」


 さげすむような視線で見つめるのは真心だった。

 特進のクラスは他クラスに比べ人数が少ないため、雑用係をしている。


「アンタを応援する子達の前で存分に恥をかくといいわ」

「ふふふっ。俺の好感度はこの程度では下がらないよ。しかし、そこまで言われると本気になるな。うむ、どうしようかな」


 京司は少し思案顔をすると、ポンッと手を叩いて、


「そうだ。伊織、賭けをしないか?」

「賭け?何だよ?」

「俺に勝てば、真心ちゃんを好きにしてもいい権利を上げよう」

「は、はぁ!?何を勝ってに言っちゃってるのよ、バカ京司!」


 真心は顔を真っ赤にさせて動揺する。

 その横で伊織は不敵な笑みを浮かべていた。


「いい賭けだ。それは本気にならざるをえないな」

「ちょっと、伊織君も本気にしないで」

「真心。これは男と男の対決だ。勝利にはご褒美がつきものだろ。それが魅力的であれば、あるほどにやる気もがあがるってものさ」


 伊織にそう言われて彼女は「あ、あぅ」と照れてしまう。


――どうして、伊織君はこうやって、私をからかうんだろう。


 その真っ直ぐな好意に彼女はどう受け止めていいのか分からない。

 最近の彼はやたらと真心を口説いてからかう癖がある。

 ただ、それも幼い頃とは違う、特別な何かを真心自身も感じつつあった。


「というわけで、伊織もやる気を出してくれたようだ。俺としても、可愛い真心ちゃんを友人に好きなようにさせたくないし。頑張りますか」

「人を賞品扱いしないで!聞いてる?ねぇ!?」


 真心の気持ちを完全に放置して、2人の男のやる気があがる。


「……勝っても負けても、私には何のメリットもないんだけど?」


 勝手に賞品にされてしまった真心は嘆くのだった。




 試合開始、すぐに京司が率いるクラスの猛攻が始まる。

 先手必勝とばかりに点差が開いていく。

 

「……京司め、やるじゃない」


 応援している真心はコートで活躍する京司に視線を向けた。

 京司は運動神経もよく、バスケ部員にも引けを取らない活躍でシュートを決める。


「あの女好きの性格さえなければパーフェクトなのに」


 普通であれば妹として誇れる兄であるはずなのに、残念すぎる。

 きゅっとシューズの擦れる音、ボールのバウンドする音が体育館内に響き渡る。


「このまま、京司たちが勝つのかしら?」


 しかし、中盤戦からひとりが負傷し、交代したことで流れが特進に傾く。


「やった。伊織君のシュートがまた入った!」


 後半戦からは特進の攻勢、連続得点で徐々に追いついていく。

 京司はと言えば、前半に飛ばしたこともあり、息も荒くなっている。


「ペース配分を間違えたわね、京司。調子に乗りすぎたツケよ」


 真心の指摘通り、ミスも多くなり、ゴールポストにボールがはじかれる。

 点差はほぼなくなり、同点に追いつかれつつあった。


「どうした、京司?お疲れ気味かい」

「……いやいや、俺はこれからですよ。“持久力”には自信があってね」

「そっちの体力の事は聞いてないけど。このままの調子で、真心は俺がもらうぞ」

「それだけは回避だ。伊織には涙をのんでもらわねば」


 チームを引っ張ってきた伊織にも疲労の色は隠せない。

 気が付けば、声援が静まり、皆の視線はコートにだけ集中していた。

 誰もが声を上げられないほどに、シーソーゲームの熱戦を繰り広げる。


「大塚、パス!天海に回してくれっ」


 チームメイトからボールが回ってきた京司がドリブルで仕掛ける。


「天海がくるぞ、何としても止めろ!」


 雅之がパスカットをしようとするが、京司はそれを避けてゴールに迫る。

 彼の放ったボールは吸い寄せられるようにゴールポストに入った。

 止まっていた時間が動き出したように体育館内が歓声に包まれる。


「あー。残り時間も少ないし、これは……あれ?」


 だが、最後の最後で京司はまさかの選手交代。

 コートの外に出ると、すぐさま、京司ハーレムの子達に囲まれる。

 彼女達に汗をタオルで拭ってもらいながら、苦笑いを浮かべていた。


「京司が交代?何かあったのかしら」


 気になった真心は場所を移動して京司の方へと近づく。


「やぁ、真心ちゃん。しくじったよ」

「……どうしたの?」

「思いっきり足をつって、動けません。カッコ悪すぎっしょ」


 苦痛の表情で右足を押さえる京司を女子達が心配そうに見つめる。

 スポーツをしていれば、発汗や筋肉の痙攣から足をつる事が多々ある。

 取り巻きの女の子達はそれぞれ、京司に対して賛辞を送る。


「そんなことないよ、京司君。すごくカッコよかったよ」

「うん、頑張った。私達も応援していて熱くなったし」

「ほら、水分補給して。天海さん、まだ試合は終わってないんだから」

「ありがとう。そうだね。あとはチームメイトを信じようか」


 しかしながら、京司の抜けた穴が響き、残り時間までに逆転を許すほどだった。

 試合結果は僅差で特進クラスの勝利で終わったのだった。





「――無念でござる」


 思わぬ形で試合に負け、思いっきり落ち込む京司の肩を伊織は叩く。

 

「お前でも足をつって、戦線離脱なんてあるんだな。おかげで俺達の勝利だが」

「前半に飛ばし過ぎたせい。特進、侮りがたし。甘く見てたのが間違いだった」


 所詮は勉強ばかりの特進と侮っていたのが京司たちの敗因だ。

 実際、特進のメンバーは京司たちに劣らない良い戦力だった。


「ははっ、お前に一矢報いれた。大満足だよ。……でも、いい試合だった」


 雅之はそう京司に言い放ち、応援してくれていた夏帆の方へと向かう。


「うむ……ホント、瀬戸はちょっと変わったかな。心に余裕ができたのか」

「彼女からの応援効果もあるんじゃないか」

「それは伊織もそうだろ。ったく、本気出し過ぎでしょ。おかげで俺の方がついていけずに、このありさまです。バスケじゃ本気モードのお前には勝てないな」


 京司はようやく動けるようになった右足をさする。


「で、京司。約束の方なのだが?」


 伊織はにやにやと笑いながら、


「約束通りに真心を好きにしてもいい?」

「……くっ、男に二言はありません。体育館倉庫に連れ込むなり好きにしてくれ」

「好きにされるかぁ!!人を勝ってに賞品にして、私は許可してないから」


 真心はそう言い切って、伊織の方を向くと、


「伊織君。そういうわけで無効だから」

「京司、空気の読めない女の子がいるんだけど?」

「気にするな。キミの好きにしちゃいなさい。勝者の伊織にはその権利がある」

「だから、ないって……え?」


 伊織はそっと真心の頬に手を添えると、


「真心……」

「え?あ、あの、伊織君?冗談が過ぎるのでは?」


 唇を近づけてくる伊織に真心は本気で戸惑い、動揺する。


――う、うぇ!?な、何する気なのよ?


 キスされてしまうのではないかと身構える。


――伊織君の事は嫌いじゃないけど、だからって、えー。


 これまでの人生で真心がキスをした経験は皆無だ。

 兄のキスシーンは何度も見せつけられた事はあっても、自身の経験はない。


「ま、待って。さすがに公然の場では……」


 帰り支度をしているとはいえ、残っている生徒も少なくない。

 慌てふためく彼女に伊織が迫る。

 そのまま彼女の頬に唇を触れされた。

 思わぬ行為に「きゃっ」と声をあげて固まる。


――な、なぁ。どうして、私、キスされた!?


 頬に残るのは伊織の唇の感触。


「まぁ、ご褒美はこの程度で」

「頬にキスで終わらせるとは。伊織はヘタレだね」

「……ヘタレって言いすぎ。これ以上の行為は俺が真心に嫌われるだろう」

「俺ならば遠慮せず唇にキスするよ。それが伊織の限界だね」


 京司に対して伊織は「お前と一緒にされても困る」と軽く小突く。

 

「ほら、真心。俺達も教室に戻るぞ。」

「ふぇ……?あ、あの、私は……もうっ、知らない」


 ひとり呆けてしまっていた真心が慌てて逃げるように足早に歩く。

 背後を追いかけてくる伊織に対して、どこか照れくさく、顔をまともに見られない。


――伊織君のバカぁ……バカ。


 友人の思わぬ行為に真心は動揺しながらも、どこか不思議と嫌ではなかった。

 歩き去っていく彼女達の後ろ姿を見つめながら京司は一人残っていた。


「……というわけで、不埒な行為をした件については見過ごす方向でよろしくです」


 思わぬ光景を目撃した相手、背後にいた澪に声をかける。

 口元を押さえて、見てはいけないものを見たと言う顔をする。


「私は今見た光景が信じられないのだけど?あの真心があそこまで男の子に心を許しているなんて。相手のあの子は誰なの?まさか彼氏とか?」


 負傷退場した京司の様子を見に来たつもりが、意外な光景を見てしまった。


「俺の友人の如月伊織ですよ。そして、真心ちゃんの気になる相手でもある。早く気付いてもらいたいものです。自分自身の気持ちってやつにね」


 妹の成長を見守る兄の顔をする彼に澪は微笑気味に、


「京司クンが言える台詞ではないわねぇ?」

「おや、俺は自分に素直な人間だと言う自負があるのですが」


 澪はその言葉に答えず、「保健室にいくわよ」と彼を連れていく。


「先輩と保健室へ。甘く、みだらで危ない雰囲気が漂う可能性は?」

「0%だから。甘い期待されても困るわ」

「……澪先輩が最近、つれない」

「私の中で京司クンの好感度が下がり気味だもの。自業自得よ」


 苦笑い気味の京司は澪と共に歩き出した――。

 

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