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幕間7:本気のキスを知りたい

 昼下がりの恋愛指導室。


「も、もういい?先輩?」

「まだダメ。我慢だよ、我慢」


 互いを新距離で見つめ合う二人の男女。

 親密な恋人同士が漂わせるような甘ったるい雰囲気。

 キスできそうなくらいに顔を近づけながら、夜空は我慢していた。


「……先輩、もうダメ」

「まだ我慢です。ほら、あと1分」

「うぅ、このしつけは厳しいよぉ」


 夜空に対して京司は澪からあることを任されている。

 それは、キス好きで気に入った相手になら誰でもキスをしてしまう悪癖を何とかする事。

 彼は夜空をしつけると称して遊んでいた。


「……3、2、1。はい、5分クリア」

「もういい?んぅっ」


 見つめ合ってじらされ続けてきた夜空は顔を赤らめながら京司にキスをする。

 唇を触れ合わせる事に満足したのか、


「ふぅ。この焦らしプレイは私にとって試練だね」

「我慢するという事を覚えただけ進歩だよ」

「……はぁ。後輩に平然とキスをするアンタがおかしい」


 呆れ切った顔でその様子を眺めていた真心がため息をつく。


「いやぁ、女の子をしつけるのって楽しいなぁ」

「にんまりと笑いながら放課後に調教プレイを楽しむ実兄に殺意を抱くわ」

「おや?待てとお座りは調教の基本だよ?」

「殺意を実行してもいい?首輪とかつけだしたら、本気で消すから」


 冗談抜きで京司に敵意と殺意を抱く真心だった。


「顔が怖いよ、真心ちゃん。これは夜空ちゃんのためでもある」

「夜空さんがキス好きなのはこの1ヵ月で思い知らされたわ」

「可愛い顔して小悪魔だね?」

「それを平然と受け止める京司が極悪なのよッ!」


 キス程度では顔色一つも変えない。

 経験の差なのか、性格なのか……それもまた気に入らない真心である。


「アンタも夜空さん並にキス好きでしょ」

「もちろんさ。キスは好きだよ。可愛い女の子とするのなら格別だもの」

「……やっぱり、最低だ、この男。早く消さないと世の中の害だわ」


 双子の妹からの評価がさらに下降していた。

 京司は夜空に抱き付かれながら、


「可愛い子からのキスを拒めるほど、俺は大人じゃないよ。それにこれは澪先輩からのお願いでもある。彼女のキス癖を何とかしてほしいってね」

「それは解釈が違うでしょ!瀬能先輩が泣くわよ」

「みーちゃんは私の心配をしてくれてるんだよ?」


 夜空は澪のことを“みーちゃん”と呼んでいる。

 京司は「従妹にしては仲がいい」と関心気味だ。

 

「私とみーちゃんは姉妹みたいなものだから。私は一人っ子で、みーちゃんは末妹でしょ。家も近くて、昔から実妹みたいに可愛がってもらってるんだ」

「なるほど。ちなみに、先輩のお兄さんはこわーいお人だという事だけは知ってる」

「それは京司が思いっきり、悪評があったせい。あの時、痛い目見ればよかったのに」


 中学時代、女好きで悪名高き京司と澪が親しい関係にあると噂を聞きつけた澪の兄からお叱りを受けたことがあるのだ。


「あの人はシスコンじゃないけど、いいお兄さんだよ。妹に悪い虫がつかないようにって言うのは兄としては心配して当然だ」

「……自分が悪い虫だと言う自覚はあったのね、京司」

「ありますよ?俺は悪い奴だっていう自覚くらい。女の子をよく泣かせてしまう」


 京司は肩をすくめて、反省の色も見せずに言い切る。


「というわけで、夜空ちゃん。キミがまだ知らないレベルのキスを教えてあげよう」

「やめなさいっ。もうっ、本気で怒るからね?先輩を呼んでくる!」


 まるで家に平気で愛人を連れ込んでいる父親を持った気分だった。

 非常に不愉快な真心は隣の生徒会室へと出ていく。

 

「真心先輩はお堅いねぇ?もっと心を広く持たないと疲れるよ?」

「真心ちゃはファーストキスもしたことのないピュア子だから。経験がないからこその純粋さ。そこがいいとも言えるけど」

「先輩、美人さんなのに?相手とかいないの?」

「気になる相手はいるけどね。そこに気づいていないのが彼女なのさ」


 双子の妹の成長を見守る京司であった。

 妹思いな気持ちが一ミリも相手に伝わっていないのが寂しい。

 

「京司先輩ってどんな女の人を好きになってきたのか、すごく気になる」

「いろんな女の子に惚れて、付き合ってきたよ。いい人生を歩んでます」

「自分で言っちゃうところが先輩だよね?」

「ははっ、人間って言うのは自覚が必要なんだよ。モテているという自覚。人から行為を抱かれてる自覚。時に自惚れになるかもしれないけども、無自覚よりはマシだ」


 京司は腕の中で恋人のように抱きしめられいる夜空に問う。

 

「逆に夜空ちゃんはどうなんだい?恋人でもない相手にキスをして、身を委ねている気分は?可愛いキミなら特定の相手も見つけられるだろ」

「私は今まで何人も男の子と付き合ってきたけど、皆、自分の欲望ばっかりでつまらなかったんだ。私達くらいの男の子って、欲望まみれじゃない」

「欲望に忠実なのが男ともいえる。もちろん、女の子もそうだよ。程度の問題さ」

「でも、先輩はそういうガツガツした欲望がないよね。今だって、私に好き放題できるのに、ただ、私のしたいようにさせてくれる。その余裕が私は好きなんだ」

「俺にも下心くらいはあるんだけど。信頼されていて何よりだよ」


 京司から手を出すことはほとんどない。

 夜空に対しては彼は猫でも可愛がるような感覚だ。

 甘えられれば応えるし、相手がそれ以上を望めば応える。

 夜空としても安心して彼に身を委ね、好きなようにしているのだ。


「……先輩は本気の恋愛が苦手そうだね」

「え?」

「なんとなく、そう思ったんだ」


 ちろっと小さく舌をだして彼女は囁く。


「本気になると周りが見えなくなる。それが怖いだけだよ」

「先輩って恋愛が得意なのに、怖いと思う事もあるの?」


 小さな声で「そうだな」と答える。

 その横顔はいつもの京司とは少しだけ寂しそうに見えた。

 夜空もそれ以上は深く追求しないことにした。


「それより、そろそろ次の段階に進みたい」

「次の段階?」

「先輩が言ってる本気のキスってやつ。私、今以上に気持ちよくなれるキスがしたいの」


 濡れた唇を尖らせる夜空。

 

「ちゅーは?ちゅー」


 艶っぽい誘惑する仕草に、京司は夜空の胸に手を伸ばしながら近づく。

 その唇が触れようとしたその時、


「――な、何をしてるのよ、貴方達は!?」


 甲高い澪の声が恋愛指導室内に響き渡る。

 振り向くと顔を青ざめさせる澪とため息をついて頭に手で押さえる真心がいた。


「うわぁ、やりおってた。この変態め。時と場所くらい選びなさいよ」


 今、まさに夜空を襲おうとしているオオカミさんが一匹。

 夜空を押し倒し、行為におよぼうかという誤解を招く構図。

 言い訳の使用のない場面に遭遇してしまった澪は、嘆き悲しみを超えて怒りに火がつく。


「……京司クン。貴方、今何をしているのかしら?」

「夜空ちゃんに本気のキスを教えようとラブシーンの真っ最中ですが」

「ふふっ。恋愛指導部の部長さん、私はそんなこと教えてあげてなんて言った?」


 低い声で、そう答える彼女。

 京司はハッと澪の顔が笑っていないことに気づく。


「あのですね、夜空ちゃんの教育を任された身として……」

「お黙りなさい!京司クン、まずはその夜空の胸を揉もうとしている両手を頭の後ろに。そして、床に膝をつけなさい。早くして?」


 まさにホールドアップの格好をさせられる。

 彼は渋々、胸を揉もうとしていた寸前の手を離す。


「京司先輩になら、おっぱいくらい揉まれても平気だよ?」

「夜空。貴方のお仕置きはあとでするから黙っていて」

「……は、はい」


 夜空も澪の威圧感に負けてしゅんっとうなだれる。

 

「あわわ、みーちゃんが本気で怒ってるよ」


 普段と違い、澪の怒りは本気の様子で京司もお手上げだ。


「真心ちゃん、ヘルプミー」

「強姦魔かつ、犯罪者で変態な兄を助ける義理はないわ」


 しれっと冷たい反応で京司からの助けを拒否る。


「ふむ。どうやら、状況は俺にとってかんばしくないようだ。素直に投降しよう」


 彼は空気を読んでそう呟いた。

 素直に従い、頭の後ろに両手を回し、両膝をついて座る。


「これでよろしいでしょうか?」

「さて、京司クン。これはわいせつ事件よね?真心の話を聞いて来てみたら、淫行寸前なんて笑えない冗談だわ。まさか、生徒会室の隣でこんなことが起きてるなんて想像もできなかったわよ。ねぇ、京司クン、この落とし前どうつける気?」

「やだなぁ、ちょっとした先輩と後輩のスキンシップですよ」

「おっぱいを揉むスキンシップなんてありません!セクハラの域を超えてるわ」

「女の子の胸を揉むなんて挨拶程度です。えらい人にはそれが……いえ、失言でした」


 京司の発言がさらに澪の怒りを煽る。

 顔をひきつらせながら彼女は不満げな様子を隠さない。


「どうやら、反省がないので風紀委員を呼びます」

「お待ちください、生徒会長。詳細を事細かに説明するのでお待ちください。どうやら、澪先輩は誤解をしているのではないでしょうか?」

「へぇ、誤解?女の子の上に覆いかぶさり、胸を揉もうとする寸前で何が誤解なの?」

「夜空ちゃんからキスをしてほしいとせがまれたんですよ。そして、行為に及んだ。これはあくまでも犯罪ではなく、同意に基づいた正当な行為です」


 京司は「大事な所は、これは同意の上です」と保身に走った。


「……夜空の誘惑にノっちゃう、京司クンは先輩としてどうなのかしら?」

「据え膳食わない男は男じゃありません。ゴチです」

「くっ、やっぱり、風紀委員を呼ぶから!」


 反省の色なしの彼に澪はキレたのだった。

 というわけで、数十秒後、澪の連絡を受けた風紀委員がやってくる。

 風紀委員会の部屋は恋愛指導部の二つ隣り、つまり生徒会指導室の隣である。


「事件ですか、生徒会長?」

「学園内でわいせつ行為をしていた、卑劣な犯罪者です。拘束してください」

「分かりました。またお前か、天海京司」


 風紀委員も慣れた様子で、京司に対応する。

 両腕をがしっと風紀委員に掴まれて逃げ場を失う京司だが、


「ふっ、わいせつ行為?この天海京司をなめてもらっては困る」

「どういうことだ?」

「そんな甘い行為で捕まる俺でははない。“みだらな行為”をしようとしていたのだ!」


 堂々と彼は問題発言を全員の前でするのだった。

 静まり返る指導室内、誰もが唖然としてしまう。

 この状況で自信満々に言うことではなかった。


「……はぁ。お手数をかけるけどよろしく。容赦しなくていいから厳罰処分で」


 頭を抱えながら澪は京司を風紀委員に突き出した。


「了解です。天海京司。同行してもらうぞ。詳しい話は本部で聞く、さっさと来い」

「あっ、全然、相手にされない。ちなみに、わいせつ行為とみだらな行為の違いはどちらのも同意の上だが、性行為の有無があるかないかの違いで、あー」


 引きずられながら連行されていく彼を見送り、澪はホッとした様子を見せる。


「悪は滅んだ。これで学園内の平和が少しだけ保たれたわ」

「……瀬能先輩、バカな兄が迷惑かけてすみません」

「真心が謝ることはないわ。京司クンが変態なのは今に始まったことではないもの」


 自分の長い髪を撫でながら澪は「全然、反省しないのもね」と呟いた。

 真心も京司に関しては自業自得だと放置。

 

「バイバイ、京司先輩……あと少しで本気のキスが体験できるはずだったのに」


 未遂に終わった行為を残念がる夜空だった。


「夜空?他人ごとのようにしてるけど、貴方も同罪だから。床に座りなさい」

「す、スカートが汚れちゃうよ、みーちゃん?」

「大丈夫。はい、座布団。さぁ、お説教を始めましょうか?」

「うわぁ、顔が全然笑ってない。みーちゃん、マジで怖いっ」


 夜空は「やだぁ」と嘆きながら、従姉からのキツイお説教を食らうのだった。

 

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