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プロローグ:おかしな双子の恋愛指導

 天海京司(あまみ きょうじ)の朝が始まる。

 今年の春で高校2年生になったばかり。

 季節は春、入学してきた後輩たちも学園生活に慣れ始めてきた4月の中旬。

 今日も穏やかな一日が始まろうとしている。

 ベッドから天井を見上げながら、枕もとの目覚まし時計が鳴る前に止める。


「良い朝だ、素晴らしい目覚めの朝だな」


 太陽の日差しを浴びながら欠伸をしつつ目を覚ます。

 窓から差し込む光は目指し時計よりも正確に彼を起こしてくれる。

 いつものように洗面所で顔を洗いリビングに入る。

 小気味の良い包丁の音、香るのは日本の心、お味噌汁のいい香りだ。

 和食は日本人の心だと彼は常々思う。

 キッチンで料理をしている少女が振り向いた。


「お兄ちゃんだ、おはようっ」

「あぁ、おはよう。相変わらず手際がいいな」


 エプロン姿でキッチンに立つ美少女、彼の最愛の妹だ。

 名前は天海沙雪(あまみ さゆき)、年齢は今年で12歳になる小学6年生。

 幼さのある可愛く大きな瞳とサラサラな長髪。

 見るものを惹きつける容姿。

 神が与えてくれた天使がそこにいる。


「沙雪の可愛さは世界で一番だな。それに料理も上手だし」

「えへへっ。ありがとう、お兄ちゃんも世界で一番カッコいいよ」

「当然のことだが、沙雪に褒めてもらえると嬉しいものだな」


 エプロン姿の妹に視線を向けて凝視する京司。

 最近、ますます魅力的に成長を遂げる妹が素敵で愛らしい。


――この魅惑の果実はまだ青い、熟すまでは時間がかかるものだ。


「……実妹をいやらしい視線で見つめるな、変態」


 そんな京司に暴言を吐いてくる女の子。

 朝は低血圧気味らしく、機嫌の悪さは抜群だ。


「実妹であろうがなかろうが、可愛いものを可愛いと思って何が悪い?」

「そういう事を平然と言えるところが変態なのよ」


 世間ではクールビューティーと評価されているだけあり、冷たい眼差しがよく似合う。

 沙雪が真似をしているというだけあり、その長髪もよく手入れされている。

 それだけではない、スタイルも他の女子の憧れるパーフェクトボディー。

 

「まったく実に惜しいな。真心ちゃんが実妹でなければ、間違いなく襲ってる」

「襲うな!?そういう事を口に出すな、バカ京司!」

「我が双子の妹は朝から不機嫌そうだな」

「黙れ、双子の兄。朝から私を不機嫌かつ、憂鬱にさせないで」


 頭を抱える美少女は京司の双子の妹、天海真心(あまみ まこ)と言う。


「真心か。いい名前だよな。心が下にあるから下心、真ん中にあるからこそ真心か。下心があるのが恋、真心があるのが愛だ。恋と愛の違いって、奥が深い」

「……何か意味分かんないけど、喧嘩売ってる?」

「いや、褒めているのさ。真心がある優しい人間であると言いたいのだよ」

「嘘つけ。私に真心なんて名前が似合わないって思ってるクセに」


 自分の名前に若干のコンプレックスを持ってる様子。

 不満気に唇を尖らせる姿は京司の前でしか見せない。


「真心ちゃん。良い名前だと俺は思うが。女心は難しいものだね。なぁ、沙雪」

「えへへっ。真心お姉ちゃん、おはよう」

「おはよう、沙雪。この変態兄貴に何かされなかった?」

「ふぇ?お兄ちゃんには何にもされていないよ?お手伝いしてくれた」


 お手伝いを率先としている京司は皿を並べながら、


「するはずないだろう?可愛い妹をこの俺が傷つける真似をするはずがない。俺は青い果実は食べる趣味はないのさ。もう少しだけいい感じに熟すのを待っている」


 その発言の1秒後には真心のパンチが京司の頬をかすめていく。

 それをかろうじてよけながら、双子の妹に睨みつけられる。


「青い果実が何だって?いい加減、殴るわよ」

「別に普通の話だろ?青い果実はまだ食べごろじゃないっていう」

「どこが普通の話よっ!妹にする話じゃない」

「朝から怒ってばかりいると身体によくないぞ?」


 と注意してあげてもあまり意味はないのだろう。

 真心が怒りっぽいのは最近の事ではなく、幼い頃からずっとだった。


「ねぇ、お兄ちゃん達は何のお話をしているの?」


 不思議そうに沙雪が尋ねて来るので京司は答えてあげる。


「……沙雪にはまだ早い“愛の話”をしているのさ」

「黙れっ!何が愛よ、どこに愛があるのよ。って、人の話を聞きなさい!」

「朝から騒がしい妹のために緑茶を入れてあげよう。それでも飲んで心を穏やかにしてくれ。沙雪手作りの朝食もまもなく完成だ」


 彼らの賑やかすぎる朝食前の風景。

 騒がしい双子の妹と可憐な妹、このふたりは最高の妹達だと自負している。

 京司にとっての最愛にして溺愛している妹たちである。





 私立、白鐘学園には他校とは違う委員会が存在する。

 職員室から少し離れた場所にひとつの部屋が存在する。


『恋愛指導室』。

 

 読んで字の如く、生徒の恋愛を指導する部屋である。

 通称、『恋愛指導部』。

 これは学園から正式に認められた委員会である。

 通常の部活ではなく、扱い的には生徒会や風紀委員会と似た部類のものだ。

 公的な組織であるために集められている情報はかなり細かい。

 もちろん、情報や相談内容を他に漏らすことはあってはならない。

 この部の発案は学園長である西門(にしかど)学園長である。

 数年前、まだ30代前半で学園長に就任した彼は画期的な提案を学園側に仕掛けた。

 それがこの『恋愛指導部』である。

 新入生の誰もが驚く、この学園の恋愛指導部と言う存在。

 入学式の時に学園長はまずこの話から始める。


「新入生諸君。昨今、ニートや働かない人間が増大する傾向にある。それは挫折や失敗経験から他者との関係を拒み、コミニケーションを取れない人間が増えた結果でもある」


 学園に入学したばかりの生徒たちに持論を語り始める。


「なぜ、そうなってしまうのか。その理由の一つに責任感もなく、働かずとも、生きていける環境があるからだ。親に甘え、他人に甘え、自堕落に生きながらも社会を否定する人間も多い。この学園に通う生徒達にはそうなってほしくない」


 若き学園長はあえて新入生たちに自己啓発の言葉を告げる。

 

「もちろん、それぞれの事情はあるだろうが、大きな要因はこれに限る。成功経験がない事だ。進学や就職に失敗した。夢破れて挫折した。それらの失敗経験から人は引きこもり、社会とのコミニケーションを拒絶するようになる」


 成功体験、人間は達成感や成功した時の経験が大きな自信に繋がる。

 頑張ったから結果が出た、あの時を思い出せ。

 そんな風に前向きな思考になれる、自信がつくために必要なものである。

 

「成功経験がない人間には概ね自信がないことが多い。自信がなければ人は前には進めない。その自信をつけるためには、成功経験を重ねる事が大切である。どんな人間にも可能性はある。その可能性を引き出すのが成功経験や成功体験だ」


 そして、それこそが、恋愛指導部と大きく関わってくる。


「成功経験を積み重ねた人間は自分に自信を持てる。そうすれば、どこまでも成長していける。私はキミたちに成功経験を重ねて、自信を持ってもらいたい。自信のある人間には魅力がある。輝いてみえる。そう思わないか?」


 とはいえ、自信を持てと言われても、大抵の人間には簡単な話ではない。

 簡単に自信がつけば人は誰も苦労などしないのだから。

 

「些細な事でもいい。勉学や就職、部活動や友人関係。自信をつけるための機会が今のキミたちの周りには溢れている。だが、大人になればそうもいかない。思い通りにいかない現実、社会に対しての不満。あらゆるネガティブな要素が自信を喪失させる」


 学生時代の今だからこそ、積み重ねておかねばならないもの。

 それこそが“成功経験”なのだ。

 

「本校は他の高校とは違う。それは恋愛を推奨していることだ。もちろん、遊びまくれと言っているわけではない。人間が最初に挫折することが多いものが何だか分かるか?……失恋だよ。人は初めての恋に失敗すると大抵挫折感を味わう事になる」


 失恋の経験はそのまま、失敗経験として自信を失わせる。

 何をやってもダメなんだ、誰にも好きになんてなってくれない。

 自信を喪失した結果は、後々の人生にも大きく影響をすると言っても過言ではない。


「失敗経験を重ねても、前向きに成功経験に結びつければ問題はない。失敗は成功の母、失敗こそが経験だと昔の誰かが言った。だが、失敗経験を積み重ねている人間には成功経験をえられる機会はほとんど来ないのが現実である」


 学園長の言葉に耳を傾ける新入生たち。


「そこで本校では『恋愛指導部』というものが存在する。これは本校独自の取り組みでもある。成功体験、成功経験。それは恋愛が一番だ。恋愛面で自信をつけることが今のキミたちの時期には何よりも大きな糧となるはずだ」


 ……もちろん、学園としての取り組みには周囲からの反対も多くあった。

 生徒が生徒の恋を指導することに問題がないわけではない。

 相談すれば恋が成就するなんて、神社のような神通力もない。

 あくまでもその恋愛に関しての指導、いわゆるアドバイス的なものでしかない。

 それでも、この組織は学園長にとって必要なものだと感じていた。


『――恋の悩みほど甘いものはなく、恋の嘆きほど楽しいものはなく、恋の苦しみほど嬉しいものはなく、恋に苦しむほど幸福なことはない。byアルント』


 “恋愛の格言”のひとつに、そんな言葉がある。

 

「人は恋を悩み苦しむことで人間として成長するものだ。だが、時にその悩みは自分や他人を必要以上に苦しめてしまうことがある。ひとりでは解決できない恋の悩みを相談して解決していくことが必要だ。そんな時にはぜひ恋愛指導部を利用してもらいたい」


 全ては学生時代に成功経験を積み、自信を持つ人間になって卒業してもらうために。


「自分を好きになり、揺るぎのない自信を持ちなさい。それこそがキミたちの才能を開花させ、あらゆる可能性を引き出す最高の力となるのだから」


 学園長の想いはただ、それだけなのである。

 その後、生徒会長の挨拶を挟んだあと、一人の生徒が壇上にあがる。

 

「ご入学おめでとうございます。みなさんの新しい学園生活を応援するための公認組織、『恋愛指導部』の部長をしている、天海京司と言います」

 

 優しく微笑みながら新入生に話しかける男子生徒。

 そう、天海京司はこの学園の恋愛指導部の部長だ。

 恋に悩む学園の生徒たちを導く存在なのである――。

 

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