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第2話:幼馴染フラグを破壊せよ《断章5》

 最初は潤に焼きもちを妬いて欲しかったのだ。

 京司が咲良の恋人を演じる事で、彼にもきっと影響を与えるはずだって。

 それなのに、潤は目に見えて変化を見せてくれない。


「あ、あのね、潤ちゃん。私、明日、京司先輩とデートするんだ」

「……デート、か。気をつけて行って来い。あの人、危なそうだからな」


 そっけない彼の態度に咲良はシュンッとしてしまう。


――もっと反応があってもいいのに。


 昨日までは強く反対していたのに、それが今日はなぜか大人しい。


――私の事、やっぱり、ただの妹程度にしか思っていなかったのかな?


「どうした、咲良?」

「あっ……ご、ごめん。何でもないよ」


 彼女はつい彼の制服の端を掴んでしまっていた。


――こういうところが子供っぽいと言われるところなのかもしれない。


 咲良は京司の言葉を思い返していた。


『彼に好かれるかどうか、頑張るのは君自身だ』


 そう、結局は努力しなきゃいけない。


――潤ちゃんに好かれたい、妹以上に見てもらいたいんだ。


「あ、あの……私、大丈夫かな?他の男の人とデートなんて初めてだし」

「咲良があの先輩を選んだんだ、一緒にいても何もないんだろ?」

「それは……そうだけど」


 潤以外の男性が苦手なのは治っていない。

 傍にいるだけで怖くなる事もある。

 過去のトラウマは男嫌いとまではいかなくても、精神的に不安になったりするの。


――京司先輩も傍にいて完全に大丈夫ってわけじゃないのに。


 事情を把握して、距離の取り方をちゃんとしているので今はまだ大丈夫だが。


「やっぱり、お前には恋人なんて早かったんだよ」

「そうかもしれないね」


 改めて誰かと付き合う事が怖い事だと彼女は思い知る。


――ダメなんだ、潤ちゃんじゃないと私は……。


 潤を不安そうな顔で見つめる。

 彼は彼女の頭を撫でるだけで何も言わずにいたのだった。





 日曜日、京司と待ち合わせていた駅前で合流。

 今日は映画を見ると言う予定だった。


「すみません、日曜日まで付き合わせてしまって」

「いや、別にかまわない。それよりも、彼にはこの件で何か話した?」

「デートするってことしか。本当に潤ちゃんは私の後を追ってきてくれるんですか?」

「多分ね。キミに対して想う心があるのならついてくるはずだ。でも、世の中、100%はないから。その辺は覚悟だけしておいて」


 場合によれば、この作戦が無駄になってしまうかもしれない。


「えっと、手を繋ぐのもNGだっけ?」

「手、ぐらいなら大丈夫です。それっぽくしないとダメですよね?」


 咲良は京司と手を繋いで映画館まで歩きだす。

 潤と違う男の人の手、温かいけども、特別なものは感じられない。


――やっぱり、違うんだ。潤ちゃんと先輩じゃ何かが違う気がする。


 彼女は自分なりに京司と言う異性を潤と比べていた。


「……キミは何も気にせず普段通りにすればいい。難しいかもしれないけど、ここにいるのは俺じゃなくて、前橋潤だと想像してみて」

「分かりました。それなら、うまくやれそうな気がします」


 映画はGW直前なので新しい映画がちょうど始まったばかりで人が多い。

 どれでも選んでいいと言われたので、彼女は少女漫画が原作の恋愛映画を選ん だ。

 京司は文句を言わずに付き合いながら、映画を観賞する。


――それにしても女の子の扱いがうまいなぁ、経験豊富って感じがする。


 演技とはいえ、恋人役をする事にドキドキすることもある。


「……先輩は好きな人に振り向いて欲しいとき、どうするんですか?」

「自分をしっかりアピールして、一生懸命に行動するだけさ。結局、その人の中でどれだけ自分の存在を大きくできるか。それが恋愛だからね」

「自分の存在を大きくする……?」

「意識させる、と言った方が正しいかもしれない。キミと前橋君の関係はその認識が問題になっている。傍にいすぎて、その大きさに気付けていない」


 京司は微笑しながら、


「咲良ちゃんにとっては、彼が大きな存在であるように、彼にとってもキミを大きな存在だと気づかせてあげる。それだけでいいんだよ」

「私の存在が潤ちゃんの中で大きなものだったらいいですね」


 そのまま映画を見終えた咲良達が外に出た頃はすっかりと夕焼け空だった。

 気が付けば人通りの少ない駅前の公園にやってきた。


――あれ?ここは予定になかったし、どうするんだろ?


 その時、咲良は何かが違うと、違和感に気づくのだ。

 入り込んだのはいわゆるホテル街。

 怪しいお店が立ち並ぶ付近なので来た事もない。


「あの、先輩……これからどうするんですか?」

「どうする?面白いことを聞くんだね?」


 ふっと彼は口元に笑みを浮かべる。


「男女がここまで来たら、やることはひとつだろ?」

「え?あ、あの話が違うじゃないですか。い、いやぁ!?」


 彼女の中に嫌な悪夢がよみがえる、過去の記憶は消したい記憶。

 中学2年、彼女は教師にストーキング行為をされていた。

 初めは分からない授業内容を聞いていただけなのに、次第に咲良に付きまとうようになり、その行為はさらにエスカレートしていく。


『咲良、キミは僕だけのものだ。さぁ、おいで』


 ある日の放課後の教室、いきなり私を抱きしめようとする教師に必死の抵抗をするけど、力が強くて引き離せななかった。


『だ、誰か、助けて……いやだぁっ、潤ちゃん!?助けて、助けて!』


 その危機を救ってくれたのは潤だ。

 彼も教師の行動を怪しんでおり、警戒していたのだ。

 結果として咲良は襲われる未遂で助かったものの、あの出来事は心に傷をつけていた。

 男性に抱きしめられるとその悪夢を思い出してしまう。


「京司先輩、離してっ!?やだっ、嫌だぁっ!」


 半泣きになりながら京司を突き飛ばす。


「どうして俺を拒むんだ?俺達は恋人のはずだろ?」

「話が違うじゃないですか!?あれは全部、演技で……?」

「ははっ、キミは本当に騙されやすいね。それが嘘だ、恋愛指導なんてただの口実、キミを俺のモノにするための罠にすぎない。ここがどんな場所が分かるかい?」


 周囲はホテル街、逃げ場のない場所に追い込まれている。


「そうだ、最初からキミは俺の罠にハマっていたのさ。騙されやすい子は単純で楽でいい。心配しなくてもいい。キミには気持ちいい思いをさせてあげるから」

「う、嘘ですよね?先輩、やめてください。離してっ」


 京司の手が咲良の肩に触れる。


――嫌だよ、こんなの嫌だ!嘘だよ、あの優しい先輩が悪い人だったなんて!?


 身動きできない私は必死になって逃れようとするけど、できそうにもない。


「た、助けて……助けてよ、潤ちゃんっ!!」


 来るはずのない男の子の名前、恐怖に身体を震えさせながら、咲良は叫んだ。


「――やめろ、その手を離せ!」


 ドンっという衝撃と共に京司は誰かに突き飛ばされ、体勢を崩す。

 咲良はそのまま手を引っ張られてようやく自由になれた。


「……くっ、痛いじゃないか。そうか、忘れていたな。キミがいたことを」

「ようやく本性を見せたな、京司先輩。咲良を傷つける奴は俺が許さない」


 咲良を守るように身を挺して、潤がそこに立っていた。

 どうして彼がここに来ているのか、そんなことはどうでもいい。


「じゅ、潤ちゃん!?ひっく、潤ちゃんっ」


 咲良は彼に抱きついて泣きそうになる。

 来てくれた事が嬉しかった。

 いつだって彼だけが咲良を守ってくれる。


「だから、言っただろ。アイツはお前の身体だけを狙ってるって。俺が咲良を守る、誰にも渡さない。咲良は……咲良は俺のものだ」

「俺のモノ?まだそんな戯言を言うのか。言ったはずだ、彼女を愛していない人間が口を出すことじゃないって。キミは俺の敵ではないんだよ」

「……その通りだった。俺はずっと自分の気持ちに気づいていなかった。一番傍にいて、幼馴染って存在に安心していたんだ。今なら言える、俺の本当の気持ちを。俺は……俺は咲良が好きだっ。だから、アンタには渡せないっ!」


 潤の言い放った言葉に咲良はびっくりしてしまう。


――潤ちゃんが私を好き……?ちゃんと言葉にして言ってもらえた。


「じゅ、潤ちゃん……?」

「今まで傷つけてごめん、咲良。俺はお前が好きだ、こんな男じゃなくて俺を選らんで欲しかった。お前を失って初めて気づいたんだ」


 彼の腕の中で、その温もりに自分が満たされていくのを感じる。


「潤ちゃんが私には必要なんだ、昔も今も変わらずに。私もごめんなさい。潤ちゃんの気持ちを試すような事をして。本当は向きあうべきだったんだよね、潤ちゃんとの関係を変えたいなら素直に告白しなきゃいけなかったの。私も潤ちゃんが大好きだよ」


 想いが通じ合うこと、それが幸せなんだと咲良は知る。

 だけど、まだ終わっていない。

 京司はため息をつきながら失笑を浮かべていた。


「くくっ。おいおい、俺の目の前でラブシーンかい?それで?お互いの想いが繋がってハッピーエンドで終わりじゃないだろ……ぐっ!?」

「させないって言ってるだろ!咲良、逃げるぞ」


 潤が彼にタックルをして、咲良達はその場から逃げだす。

 ふたりで走りながら逃げると、京司は背後から追いかけてくる気配もなく、駅を通りすぎてからふたりして安堵する。


「はぁはぁ、ここまでくれば大丈夫だろ?」

「そうだよね?それにしても、先輩があんなひどい事をするなんて……あれ?」


 彼女は自分の携帯にメールが届いてるのに気付く。

 開いてみると中は京司先輩からのメッセージだった。


『最後の恋愛指導。彼だけじゃなく、キミ自身も素直になること。逃げずに頑張ってね』


――京司先輩、もしかして、さっきのも演技だったの?

 

 そこでようやく京司の行動の意図に気づく。

 後をつけてきた潤の存在を確認してから意図的に窮地を作り、嫌でも自分に素直になる環境へと追い込んでいく。

 強引ながらも、効果的な方法だった。


「そっか、私が自分の気持ちに素直になるためにあんな真似を……先輩、ありがとう」


 すっかりと騙されたが、これも京司の策だったのだ。

 彼の行動の真意を理解して心の中で感謝する。


「ねぇ、潤ちゃん……本当に私の事が好きなんだよね?」

「今さらかもしれないけど、アイツに咲良を持っていかれそうになって気付いた。こんな事、俺から言うのもあれだけどまだ手遅れじゃないよな?」

「うん。私、やっぱり潤ちゃんが好き。嫌われたくないから告白できなかった」

「俺もそうだ。当たり前である事に安心しすぎて大切なものが見えていなかった」


 自然な流れで潤が咲良にキスをする。

 ファーストキス、夕焼けに染まる空の下で重なる唇。


「……んぅっ。大好き、大好きだよ」


 幸せになりたいから人は恋をする。

 例え、関係を壊してしまうかもしれない恐怖があったとしても逃げずに前へと進む。

 そうすればきっと、誰もが大事なものを手にする事ができるから。





 数日後、ゴールデンウィークを迎えた休日の朝。

 咲良は潤を起こしに彼の部屋を訪れていた。


「起きてよ、潤ちゃん。起きて、出かけるんでしょ?」


 寝ている彼を布団越しに揺らすと、眠そうな声で言う。


「……あと5分だけ、寝させてくれ」

「ダメ。遅刻厳禁、今日は一緒に遊びに連れて行ってくれるって約束じゃない」

「うぅ、そんなに外に出たがるのも珍しいな。ふわぁ」


 あれから咲良の中にほんの少しだけ変化が起きた。

 彼と交際を始めてから自分から外に出たいという気持ちになれた。

 もちろん、ひとりで外を出歩くのはまだ無理なのだが、気持ちに変化が起きたのだ。

 小さな一歩、それでも確かな変化のひとつ。


「潤ちゃん……。ぐすっ、私と遊びに行きたくないんだ?」


 拗ねた口調で言ってみると潤は仕方なく起きた。


「そんな声で言うな。ったく、すぐに着替えるから外で待っておけ」

「はーい♪えへへっ、デートだね。楽しみにしてるから」


 咲良が変わったように潤も、これまで以上に優しくなった。


「あっ、潤ちゃん。言い忘れてた、おはようっ」


 彼に微笑みながら咲良はこの当たり前の日常がかけがえのないものだと実感する。


「おはよう、咲良。……いい一日になりそうだ」


 今日も当たり前で大切な彼らの日常が始まる――。


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