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第2話:幼馴染フラグを破壊せよ《断章3》

 前橋潤にとっての咲良は実妹みたいなものだった。

 家が近所で仲良くしている幼なじみ、小柄な女の子で可愛いらしい。

 中学時代に変態教師にストーカー被害を受けて以来、ひとりで出歩くのを極端に避けるようになった事もあり、学校の登下校や休日もよく一緒に過ごす事が多い。

 だが、別にそれは好意からしてる行動ではなく、ただの幼馴染としての行動だ。

 幼馴染以上恋人未満の関係を続けてきた彼らだが、そのバランスは崩れかけている。

 咲良から恋愛感情を向けられているのを潤は感じていた。


――実際に告白されなきゃ、自分自身の気持ちが分からないな。


 咲良には好きな子がいる、と本人から聞かされて以来、彼は自分の気持ちに悩んでいた。


――もしも、アイツに告白されたら何かが変わるんだろうか?


 期待と不安が入り混じる、そして、それが手遅れだとも知らずに。





 放課後、帰る支度をしていると、咲良が潤の席までやってくる。


「あのね、潤ちゃん。今日は用があるから先に帰って」

「……いいのか?ひとりでも、大丈夫なのか?」

「うん、大丈夫だよ。じゃあね」


 そのまま、彼女は教室の外に行ってしまう。


「なんだ、素っ気ないな?」


 こういう事は月に数回あるのだが、珍しい事ではある。


――アイツにも友達付き合いくらいあるだろう。


 と、特に深くは考えないで潤は帰り支度を終えた。


「……おや、今日は咲良ちゃんとは一緒に帰らないのか?」


 友人に声をかけられ、「たまにはそんな日もある」と答えた。


「彼女の友達付き合いを邪魔する気もないさ」

「珍しいな、いつも一緒なのに……ハッ、もしや咲良ちゃんに男が?」

「ないない、ありえない。アイツ、男に苦手意識があるからな」

「それは自分以外のって言う自慢か?いいよな、美少女と幼なじみの奴は余裕があって。でも、もしも咲良ちゃんが他の男になびいたらどうするよ?」


――咲良に恋人ねぇ……想像すらできないんだが。


 中学の事件以来、咲良の男に対する警戒心を見ていると現実味がない。


――だが、もしも彼氏なんてものを他の男に求めたら……。


「咲良が?別に、幼なじみとして、祝福してやるだけさ」

「うわっ、余裕発言すぎ。お前もあんまり余裕かましてると、他の男にホントに咲良ちゃんを持っていかれるぜ?そうなってからじゃ遅いんだぞ?」


 友人の言葉に潤は現実味がなくて笑ってしまう。

 咲良は潤のものではないが、他人に好きにされるのは不愉快ではある。


――こういうのも、ある意味、独占欲っていうのかもな。


「でも、アイツが選んだ男ならアイツの気持ちを優先してやりたいよ」


 最後の最後に決めきれないのは、彼の咲良への気持ちなんだろう。

 曖昧さ、現実味のなさが自らの恋心を自覚するまでにいたっていなかった。


「それより、帰りにどこか行かないか?たまにはお前らと遊んで帰るかな」

「おぅ、いいねぇ。お前はいつも咲良ちゃん優先だからな」


 彼らはそのまま繁華街で遊んで帰ることにした。

 この時の潤はまだ咲良が何をしていたのか知らずにいたのだ。






 翌日になってその事件は起きる。

 咲良は事前に今日も一緒には帰れないと断りを入れてきた。


「……アイツ、部活か何か始める気か?」


 時期的に4月下旬、それぞれの部活も本格的に新入生の勧誘や入部が始まる。

 潤は部活が面倒なので帰宅部と決めているが咲良は何かするのかもしれない。


「これもいい機会かもしれないな。どんな形であれ、自分から外に出るのは……」


 中学の事件はトラウマとなり、咲良に半ば引きこもり的な傷を負わせた。

 外を出歩くことを拒否する、言葉では単純だが、実際はかなりひどい。

 あれから数年、心の変化と余裕ができてきているのなら、それは良い変化だ。

 放課後になり、潤は今日も友人と帰宅する話をしていてると、


「おい、あれって……まさか?」


 クラスメイトの一人が出入り口付近を指差す。

 そこには見慣れない男が一人立っているのに潤は気づく。

 その姿にクラスの女子たちが騒ぎだす。


「ねぇ、あれってもしかして?」

「そうよ、あの人が噂の先輩。……うわぁ、初めて見た」

「きゃー、本当にかっこいい人よね。噂の美形兄妹の兄、天海京司先輩」


――天海京司……誰だ、それ?


 女子がこれだけその登場に騒ぐのだから何かあるのかもしれない。

 友人に尋ねてみると彼らは嫌そうな顔をしながら言う。

 

「知らんのか?あれが噂のこの学園で一番のナンパ男、天海京司だよ。あの先輩だけは気をつけておけ。女絡みの噂が絶えないだけでなく、人の女も平気で奪い取るって話だ。女から人気者っていう半面、男子からはかなり嫌われている」

「なるほど、女子に好かれて男から妬まれるタイプの人間か」


 彼女らが騒ぐように容姿はかなりレベルが高く、カッコイイ奴と潤は思った。

 

「しかし、そんなイケメンがなぜこの1年のクラスに?」

「……おい、もしかして、このクラスにあの先輩の餌食になった女がいるんじゃ?」

「マジかよ、最悪だなぁ。せめて、自分らの狙いをつけている女子じゃない事を祈るぜ」


 男子もざわめくほどの存在、彼はクラスに入ってくると一人の女生徒の元に行く。


――ナンパ野郎と悪評判の先輩が狙いをつけたという女子は誰だ……?


 それは嫌な意味で、潤に衝撃と驚きを与えた。


「待たせてしまったかな、咲良ちゃん?」

「いえ、こちらこそ、わざわざクラスまで迎えに来てもらえて嬉しいですっ」


 その相手こそ、潤の幼馴染である咲良だったのだ。

 咲良は京司先輩に対して、にっこりと笑みを浮かべている。


「……は?」


 潤はと言えばあまりにも突然のことに唖然としてしまう。


「えぇ!?咲良ちゃんかよ!?ていうか、何これ?」

「あの咲良ちゃんと京司先輩が?ちょっと、咲良、どういうこと?」


 クラスメイト全員が驚くのも無理はない。

 咲良は照れを交えながら言うんだ。


「その、えっと、京司先輩とデートの約束をしてるの」


 その発言に教室内は騒然とする。


「マジで?犯罪者だ、あの人。ロリに目をつけるとは……」

「上から下まで容赦がないな」

「……ていうか、咲良ちゃんの好きな奴って、確か?」


 一斉に潤に向けて好奇の視線が向けられる。


「ええいっ、そこで俺を見るなよ、俺も何が何やら分からん」


 状況も分からず、仕方なく、彼は2人に声をかけることにした。


「……咲良、どういうことなんだ?」

「潤ちゃん。あのね、本当は昨日の夜にでも言っておこうと思ったんだけど……」


 彼女が何かを言いかけるのを隣の彼が止める。


「俺が説明するよ。キミの話は聞いてるよ、幼馴染の前橋君。昨日の放課後に彼女に告白されて付き合う事にしたんだ」

「咲良から告白した……え?」


 ずっと、潤は誤解と勘違いをしてきたらしい。


――咲良が好きだと思っていたのは俺じゃなくて、この京司先輩だっていうのか?


 昨日の放課後の件は告白だったようだ。


――しかも、よりにもよってこの人とかよ。


 彼は動揺して理解しようとしてもできずにいる。


「彼女の過去の話も聞いてる。ずいぶんとひどい目にあったそうだね、心配しなくても今日からは俺が登下校の面倒をみるから。キミはもう自由なんだ、前橋君」


――咲良の傍にいるのは俺の役目のはずだった。


 だが、それは幼馴染としてであり、京司が恋人になるというなら自然と役目を受け渡すしかないのも現実ではあるのだが……潤はそれを納得できずにいる。


「前橋君、何か文句でもありそうな顔だね。不満かな?いいよ、少しだけ話をしよう」


 彼は咲良に「ふたりで話し合ってくる」と微笑して言う。

 潤を離れた中庭に連れ出すと、彼はさっきまでの笑みを崩す。


――男の前だとずいぶんと目つきの悪い顔をするようだ、こちらが本当の顔ってか。


 潤は目の前の男に警戒心を抱く。


「前橋君、キミはあの子の幼馴染で特別な感情でも抱いていたのかな?」

「いや、そういう恋愛感情じゃない」

「ならば、この件に関しては納得してもらえるよね?幼馴染には幼馴染としての役目がある、恋人には恋人としての役目がある。キミに恋愛感情がないのなら、咲良さんとは距離を置いてもらいたい。いいね?」

「……アンタには悪い噂を聞くが、本当に咲良と付き合っても大丈夫なのか心配だ」

「おや、噂なんてのは身勝手に作られるものだろ?実際は違う、少なくとも俺は女の子を悲しませたりしないさ。心配せずとも安心してくれていい」


 そんな言い方をされたら彼は何もそれ以上は反対できない。

 恋人ではなく、幼馴染なのだと思い知らされた。


「――男にとって愛は生活の一部だが、女にとって愛はその全部である。byバイロン」


「え?」

「どうやら、彼女はつい最近、失恋したらしい。それで俺と知り合いになって惹かれたそうだ。女の子って気持ちの切り替えが男より全然早いからね。そして、失恋ってのは告白しなくてもするものだよ」


 京司は潤を目を見てそう言った。


――咲良の失恋が俺の事だっていうのか?


 思い当たる節は……ひとつだけある。

 数日前、恋人に関する話題の中で潤は年上美人が好きだと言った。

 だが、別に告白でも何でもなかったはずだ。


――もしかしたら、咲良はあれで……傷ついたというのか?


 あんな些細な事で、こんな事になるとは想像すらしていなかった。

 潤の中に渦巻く悩み、嫌な考えがまとわりついて離れようとしない。


「それじゃ、俺はこれで失礼するよ。キミはもう咲良さんには深入りしないでくれ」


 去り際に京司から軽く肩を叩かれながら、潤はしばらく身動きできずにいた。

 

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