第2話:幼馴染フラグを破壊せよ《断章2》
咲良が恋愛指導部の存在を知ったのは友人からのアドバイスだった。
『恋の悩みを相談してくれる先輩たちがいるって噂だよ』
この学園には恋愛相談に乗ってくれる学園公認の組織が存在する。
入学式の時に説明は受けたものの、縁がないと忘れていた。
「学校公認の恋愛相談室って珍しいよね?聞いたこともないし」
半信半疑で恋愛指導部の予約をして、翌日の放課後、その部屋を訪れた。
部屋の前には昨日はなかった張り紙がされている。
『――恋愛指導部、黒魔術を始めました』
「く、黒魔術はじめました?」
扉の前に張り付けられた紙にはそう書かれていたの。
「黒魔術って怪しいアレだよね、大丈夫なのかな?」
咲良は扉を恐る恐るノックすると、「どうぞ」と女の子の声がする。
「……失礼します。あれ?」
室内に入ると辺りは黒い暗幕が張られている。
目の前の椅子に座った黒いフードを被った女の子がいた。
「あ、あの、ここって恋愛指導部ですよね?黒魔術部とかじゃないですよね?」
「正真正銘、恋愛指導部だよ。ようこそ、恋愛指導部へ。さぁ、恋の相談に乗りましょうか。さっそくだけどキミは恋をしているでしょ?」
「分かるんですか?どうして、それを?」
思わずドキッとさせられる。
――ハッ、これが黒魔術の力なの?
恋愛指導部に来て恋愛絡みの用件がない人間が来るはずがない、というのは後で知る。
「ふっ、黒魔術をなめてもらっちゃ困るわ。黒魔術はすべてお見通しなの。任せなさない。どんな悩みも解決する、そんなキミにはこれを飲めば大丈夫よ」
彼女は私に怪しげな透明な液体の入ったコップを差し出す。
無色透明な水の中には小さな泡がプクプクと湧いている。
怪しさ満点の代物だった。
「これは古来より伝わる幻の媚薬水。同じ水を飲んだ相手同士は永遠に結ばれると
言われている。その力は絶大で、若干の副作用はあるけどね」
「両想いってホントですか?」
「本当よ。さぁ、この媚薬水の力を試してみて」
彼女に言われるがままにコップの中の液体に口づける。
喉の奥がピリッとする感じの甘い水は、いわゆる炭酸水に似ていた。
「……シュワッとする甘い味がします。これが媚薬水?」
「あとは同じ水を相手に飲ませれば、貴方の恋はかなうはず。ふふふっ」
「え?あ、あのホントに?冗談じゃないんですよね?」
「信じる者だけが救われる。何でも信じてみる事から始めましょう」
疑惑の目を向ける咲良に、彼女意味深っぽくそう囁いた。
その時だった、部屋の扉が勢いよく開くと、美人な女子生徒が入ってくる。
「くぉらっ、夜空さん!外の張り紙は何!?って、何で真っ暗なのよ。さっさと正体を現しなさい!こんな悪ふざけをしないのっ」
女子生徒は黒いフードを被った女の子に掴みかかると、強引にフードを脱がす。
その下の素顔はかなり可愛い美少女だった。
「やーめーて。だ、だって、京司先輩が黒魔術の効果を見せつけてやりなさいって」
「京司?またアイツの仕業か。京司はどこに?」
「生徒会室だよ?あっ、元はただの炭酸水だから大丈夫だって。ただし、そこに呪術を込めて最高の媚薬水として生まれ変わった代物だけど」
彼女は一冊の本を取り出すと「誰でもできる恋の黒魔術、初心者編」と書かれている。
「……えーと、ただのおまじないの本だよね、それ」
咲良は唖然としながら、安心して残りの炭酸水を飲み干した。
普通のサイダーの味がして美味しかった。
「大体、何で黒魔術なのよ?意味が分からない。とにかく、アイツを連れてくるわ」
女の人はすぐさま、隣の生徒会室から一人の男の人を連れてくる。
引きずられるように強制連行されたのは、イケメンな男子学生だった。
「バカ京司、どうしてアンタはこういう悪ふざけをするの?」
「何を怒ってるんだ、真心ちゃん。恋のおまじない。小学生ぐらいの頃、両想いになりたいからっておまじないをよくしなかった?今回の媚薬水は炭酸水に両想いになれますようにと願い続けた結果、できた幻の代物なんだぞ」
「……どこが黒魔術だ、ただの恋のおまじないに力があると思わないでよね。まったく、よけいなことをしないで、さっさと彼女の相談に乗ってあげなさい。ごめんなさいね、片倉さん。うちのバカが、本当にバカで」
男の人は「想いの力をなめちゃいけないのに」と嘆きながら、
「夜空ちゃんも協力に感謝だ。我らの黒魔術がいつか成功することを夢見て」
「夢を見ずに現実を見なさい。さっさと相談に乗る。仕事をしろ、仕事を!」
怒鳴り続ける黒髪美人は真心と名乗る。
先ほどの怪しい恰好をしていたのは夜空。
そして、恋愛指導部を仕切るのが目の前の男性、京司である。
席に座ると今度は真面目な形で相談をする。
「ちょっとした余興で緊張感は解けたでしょ」
「……悪ふざけにしか見えなかったわよ」
「あはは……あの、今日したいのは恋愛相談なんです。実は私は幼馴染の潤ちゃんが好きなんです。でも、全然、告白できなくて……」
咲良の悩みを彼らはちゃんと聞いてくれた。
幼馴染の関係を続けていても、進展する気配がない。
「潤ちゃんと私の関係はすぐに変えることができそうにないんですきっかけみたいなものがあればいいけど、簡単にいくはずないですよね」
――私がこんなにも苦しみ続けている事を解決する方法なんてあるの?
「うぅ、潤ちゃんって鈍感さんだからなぁ」
「なるほど、気付いてくれないだけじゃなくて、からかわれてしまう、と。その彼、潤という男の子には特定に好きな人は?」
「……多分、いないと思います。そういう話を噂でも聞いてませんから」
「ふむ……。幼馴染の関係において、難しい点がふたつある。ひとつは距離が近くて関係を変えることの難しさ。もうひとつは、幼馴染であることが当たり前だと思っている所だよ。当たり前、単純だけどそれが一番難しい」
当たり前のように彼女達は常に傍にいる。
潤と咲良の関係、当たり前の空気のような存在である。
「当たり前なのが何が悪いわけ?それはいいことでしょ?」
真心が不思議そうに言うが、咲良には難しさを身をもって知っている。
「……俺と真心ちゃんが愛し合う兄妹なのが当たり前のように、人の認識において当たり前ってのは大事なのことなのさ」
「おい、こらっ。誰が愛し合う兄妹よ、気持ち悪い。勝手に捏造しないで」
「つまり、その当たり前ってのを壊してやることが大事なんだよ」
「無視!?……って、いうか、当たり前を壊すって?」
不思議そうな真心先輩、私も「何ですか?」と尋ねると京司先輩は言うんだ。
「幼馴染の関係を壊すのは案外、簡単な方法なんだ。そう、当たり前のように続けてきた関係を壊すだけでいい。シンプルな方法だ」
――幼馴染の関係を壊すって大丈夫なのかな?
この関係が終わってしまうのは咲良としても本意ではない。
心配する咲良に京司は優しい声で「心配しないでいいよ」と言いいながら、
「壊すと言うのは認識の意味でだよ。当たり前の現実が当たり前ではないと改めて認識するためにもね。さて、どうしようかな」
京司は少し悩んだそぶりを見せる。
「簡単な方法なんでしょ?教えてあげればいいじゃない」
「真心ちゃん。確かに簡単なんだけどね。少し悩むところではある」
「先輩、それって手助けしなきゃ無理ってこと?」
勘の鋭い夜空の問いに彼は頷いて答える。
「あまり、本意ではないんだけどね。こういう作戦は……。しょうがないか。咲良さん、今回の相談は少々厄介そうだ。少し、直接介入してもいいかな?」
「別にかまいませんけど、どうするんですか?」
京司は咲良に顔を近づけて小さな声で語る。
「――今日から俺がキミの恋人になるんだよ」
「「え、えっー!?」」
思わず真心と声がハモるくらいびっくりしてしまう。
――京司さんと私が恋人……って、どういうことなの?
……。
今回の相談が終わった後の恋愛指導室では不満そうな真心がいた。
「京司にしては珍しく相手の間に入る気なのね」
「そうなの?この前も先生に直接、アドバイスしてたじゃない」
「夜空ちゃん。あれは直接介入って言うほどじゃない。アドバイスはただの後押しにすぎない。今回は以前よりも、深入りするってことさ。それに今回の作戦の概要はすでに説明済みだろ?真心ちゃんも納得してくれたはずだ」
京司の提示した作戦内容を知った真心の中でくすぶる不満は残り続けている。
成功するのかどうかが怪しすぎるからだ。
「アンタが、ただ単に遊びたいだけってわけじゃないわよね?」
「違うってば。確かにあの子は抱きしめたい可愛さがあるけど、優先するのは彼らの恋の結末だ。悪くない結末に終わるはずだよ」
真心にしてみれば、それが一番、怪しいワケで。
「……本当に大丈夫?下手に介入してこじれたら、責任もてるの?」
「心配せずとも大丈夫。当たり前を壊す、それだけだから。見ていれば、分かるって。人は当たり前の現実を大切にしなさすぎるからさ。それが本当にどれだけ大事なことなのか、嫌というほど思い知ることが大切なんだよ」
「当たり前のこと……ねぇ?」
「同じような明日が必ず来るとは限らない。人はもっと当たり前の事こそ大事にすべきだというのにね。それゆえに、幼馴染フラグは破壊されることになる」
真心は笑みを見せる京司に疑惑の視線を向けたまま、
「アンタのその余裕ある発言が毎回、私を苛立たせるのよっ」
憤る真心に微笑する京司。
その笑みの意味するものとは――?




